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2・春の遺書

「母様の墓が、この国に?」


「詳しい話はあなたの家でお聞かせしましょう」


「家には上がらせない。私のテリトリーに人間は入れない。何をされるか分からないからな」


「では、この話は終わりでしょうか……残念です。少し……いや、たくさんの見返りがあなたにはありますよ」


「母の墓をこの森に移すことは可能か?」


「交渉次第では可能です。まずは下に降りてきてください。話しましょう。あなたの名前も教えてください。ロペスに机と椅子を出させます。」


「いや、椅子も机も私が出そう。魔法も破ろう」


 母様と会えるのなら話は別だ。人間は嫌いだけど、そんなこと言っている場合じゃない。魔法で杖を出現させ、一振りすれば防音魔法は割れてなくなった。途端、風の音が耳の奥まで流れ込む。赤髪と金髪が驚いた様子でこちらを見る。金髪の自信作を破壊されたからだろう。確かに他の魔法使いよりは緻密に編み込まれていたが、私とは魔法を扱っている年月が違う。むしろ私が負けたら恥ずかしいくらいだ。


「ヘイズ様……!」


「私は無事だ。今から話をするから引き続き二人は周囲を警戒していてくれ」


「魔法生物は襲ってこないわ。偉大なる黒の魔法使いシンザ……この私が近くにいれば」


 私が魔法で出した椅子をヘイズが引いてくれる。私はありがたくそのエスコートに甘えた。


「それはまた興味深い話ですね。お聞かせください」


「気が向いたら話してあげるわ。コホン。まずあなたたちが私に何を要求したいのか教えて頂戴」


 私は杖を放さず椅子に深く座った。ロペスは瞳をすうっと細めてから人当たりのいい笑みを浮かべて言った。


「我が国の魔法研究に参加していただきたいのです。月に一度の参加で構いませんよ。色付きの魔女は研究熱心だと聞きます。あなたの力をお借りしたい」


「墓は、どうなるのかしら」


「そうですね。我々が考えていたものとして、魔法研究のために城に拠っていただいた際にお墓まで案内する予定でした。ですが、移動したいとなると、私が上と交渉しないといけませんから想定していたものよりより良いものをいただかなければ……」


 あごに手を添えて考え込むようなふりをする。これは私の出方をうかがっているのだろう。


「私にできることならいくらでも」


「では、「春の遺書」という本をいただけますか」


「春の遺書?」


 聞いたことがないタイトルだ。私の反応を見て聞き覚えがないのを察したのか悲しそうな顔を浮かべる。


「かの有名な春の魔法使いが書き記した自伝のようなものです。その反応を見るに聞き覚えがないのですね?」


「春の魔法使いと言えば、他の季節の魔法使いを殺したあの魔法使いね。申し訳ないけれど覚えがないわ。もしかしたら書庫にあるかもしれないけれど。あまりにも膨大な本の量だし、一度荒らされてしまって順番もバラバラだから探すのは大変だと思うわ」


 一度知らない魔法使いが書庫を荒らした際に数冊の本が無くなってしまった。幸運にも専門書ではなくて、当時人気で入手困難な小説だった。きっと金に困って盗んだのだろう。あの頃は幻影魔法もそこまで得意ではなかったからこの森にも人が来ていた。母様も大母様も生きていたから安全だったし、何かあっても対処できたからこそだろう。


「では、その書庫に入る権限をいただけませんか。誓って何も盗みませんし、目当ての本が見つかったら早々に消えます」


「もし誓いを破ったら?」


「殺してください。あなたの手で。私の本名を預けてもいいですよ」


 そういったヘイズの顔はどこか満足そうだった。書庫は私の家の隣にある。一見小さく見えるがそれは魔法がかかっているからであり、実際は近間である巨大な作りになっている。それが分からないからそんなことを言えるのだろう。


「気持ち悪いこと言わないで。とりあえず案内はしてあげるけど、たぶん三日もしないうちに諦めると思うわよ。春の遺書があるとも限らないし」


「お母様とおばあ様は本がお好きだったんですか?」


「えぇ、そうね。特に植物の本が多いの。二人は国の植物学者と互角に戦えるくらい研究熱心だったのよ」


「ではあなたも?」


「私はまだまだよ」


 しばらく歩いて、目印の木にたどり着く。ここから魔法を使うと家までの道のりが現れる。シロトリの杖を握りしめて軽く振る。魔法を使う時はイメージが重要だ。想像力さえあれば上級魔法以外は無詠唱でもなんてことない。


「今のは何の魔法なんだ……すか」


 初めて金髪が口を開く。とってつけたような敬語を使っているあたり、敬語を使うのが苦手なんだろう。赤髪に小突かれていた。人間のそばにいる魔法使いは敬語を使う機会なんて早々ないだろう。誰もが魔法使い様、なんて言って崇めるのだから。人間は魔法使いのことが嫌いだけれど、人間の味方をしている魔法使いのことは神様のように扱う。


「魔法の合わせ技だから説明するのは難しいわ」


 しばらく待っていると、木々が自ら動き自然と道のようなものが現れる。


「すごいですねぇ。ロペスもできるかい?」


「俺なんかまだまだ。この魔法、相当丁寧に組み込まれてるし。ここらへん魔法生物ばかりなのに、その生態を生かしてるみたいだ」


「あんたみたいなガキにはまだ早いわね」


「え、あんた何歳なんだ? 見たところ」


「失礼な質問ね。赤髪、貴方は人間よね? おいくつなのかしら」


「俺は人間ですね。今年で28です」


「まぁ、二十倍くらいかしら」


「ご、ごひゃく……」


「こら、そろそろ口を閉じようか。ロペス」


「は、はいっ……ヘイズ様」


「ふんっ、年上なんだから敬いなさいよ小僧ども」


 そもそも二桁の年齢の魔法使いなんて人前に出ることなんてほとんどない。魔法使いとして半人前のまま外に出るなんて、赤子を馬車道のド真ん中に置くことと同じくらい危ないからだ。私も別にそこまで年寄りではない。金髪は身近に魔法使いがいないから分からないのだろう。


 しばらく歩くと家までたどり着いた。久しぶりに地面を長時間歩いたせいで、足が痛い。隣の書庫は不気味な紫色や深い緑色の蔦に囲われていて不気味な有様だ。懐から鍵の束を引っ張り出して、古びた金色のかぎを取り出す。


 鍵穴に刺して捻れば蔦はうねうねと動き出し、ちょうど扉の部分を避けて動き出す。特徴的な木目の扉が現れた。


「クロヤマの木が使われていますね。この木は魔法が馴染みやすいですから魔法仕掛けの家にはうってつけでしょう」


「赤髪は勉強はできているみたいね。とりあえず今日満足するまで探してみてから今後どうするかは決めて。多分すぐに飽きると思うけれど」


 目の前の扉を開ける。杖を一振りすれば明かりが灯り、全体像が見えてきた。

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