表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

1・黒の魔女と白騎士

 黒い帽子に施された花の刺繍は、私たち黒の魔女の歴史そのものだった。貴重なシロトリの木で作られた杖は誇り高き魔法使いの象徴だ。私は黒の魔法使い。母から譲り受けたこの称号は帽子と並んで大切な遺品だ。私の住んでいる森にはほとんど人間が訪れない。それはそこら中に魔法植物が生えているから。母様と大母様が残した植物と生物のおかげで、並みの魔法使いでも攻略不能な迷いの森が完成した。そのはずなのに、連日私のもとに現れるこの白髪男はいったいどういうつもりなんだろう。


「黒の魔女さん、降りてきてください。話をしましょう」


「断るのは何度目か覚えていないが、繰り返そう。ニンゲン様と話すことなんてないわ。去りなさい」


 今日は三人できたらしい。一人は白髪。私に話しかけてくる図々しい男だ。若葉色の瞳は少したれ目になっていて、妙に色気がある。おそらくこの三人の中で最も身分が高い。ほかの二人はこの白髪の後ろに控えている。紺碧の騎士の仕事着の腕には真っ白な腕章が付いており、上品な金色の糸で刺繍が施してある。本で読んだことがある。あれは色付きの証だ。


「まずは僕が剣を置きます。ほら、見てください。僕は今丸腰ですよ」


「隠し持っているかもしれない。武器や毒を。お前は色付きだろう? どんな手段を使ってくるか分からないな」


「おや、ではここで僕が裸になればいいのでしょうか。おかしな趣味を持っていらっしゃるのですね。それに、貴方も僕と同じ色付きでしょう」


「殺すぞ、火であぶって、その肉を食らってやる」


「魔女に食われるのも悪くないですね。でもその前に少し話をしませんか。あなたにとっても悪い話ではないはずです。下に降りてきてください」


 絵本で読むような悪い魔女の言葉を言ってみるが怯える様子もなく、微笑んでいる。私が白髪男の言葉に初めて反応してから一時間。彼の後ろで控えてる部下はげんなりした顔をしているし、変わらず私は箒に跨って宙に浮いたままだ。この場で彼だけがうっすら笑みを浮かべている。


 そもそも、あの人間が無断で私の森へ入り、幻影魔法がかけられている我が家をどうやったのか見つけ出し、話しかけてきたあの日から早三週間。あの日、白髪男と目が合った瞬間に姿をくらませれば、次第に彼が引き連れてくる部下の人間は減り、今はあきれ顔で後ろにつく2人だって早く帰りたそうな表情を隠していない。


「そこの赤髪は武器を隠し持っている。誠意が感じられないぞ。私の首を切るつもりだろう」


 後ろに控えているうちの一人は赤髪だった。アメジストのような瞳を持っているが、その眼光は鋭く、その瞳は真っすぐ私のことを見ている。顔に大きな傷跡もあり、歴戦の戦士だったのだろう。だからこそ脅威にもなりうる。優れた戦士は魔法使いとも互角に争うからだ。最近は魔法武器なんていう物騒なものも開発されたらしい。人間が魔法使いのような力を使えるようになったのだ。


「いえ、部下にも武器は持ってくるなと、森の前で待機している同僚に預けさせるように言いましたから。そうでしょう? ジス」


「……すみません。ヘイズ様。ですが、貴方様の御身に何かあってはいけないと思い……相手は魔法使いですから」


 私が杖を向けた赤髪が苦し紛れに告白すると、ヘイズと呼ばれた白髪の人間が素早く赤髪の懐へ手を伸ばす。その手には短剣のようなものが握られており、白髪男がそれを乱暴に投げ飛ばすと、近くの木に深く突き刺さった。あれは抜くのにも一苦労だろう。


「いかがでしょうか。もう丸腰ですよ」


「赤髪の隣にいる金髪は魔法使いだろう。私は魔法使いが嫌いではないが、人間とともにいる魔法使いは大嫌いだ」


 最後の一人は金髪だった。空のように透き通った青色の瞳をしているが生意気な表情をしている。一人前になったばかりの親に売り飛ばされた魔法使いだろう。お金のない魔法使いの親は人間に高値で我が子を売り飛ばす。力の弱い魔法使いはそうするしかないのだ。


「ロペスは私の信頼できる部下ですよ。防音魔法を施してもらうために同行させました。この件は内密にと、我が主から強く言いつけられていますので」


「その程度私にもできる。簡潔にも説明してくれないのか。それほど、大きな頼みなのか?」


「ロペス、防音魔法を」


「かしこまりました」


 途端、周りの音が一切消えた。金髪の手には古びた杖が握られている。おそらく、私の先ほどの発言を気遣って白髪のヘイズと私だけが世界から切り離されたのだろう。そのせいか、赤髪が動いた時になっていた金属音が聞こえない。


「改めまして、王国の騎士団から参りました。私のことはヘイズとお呼びください」


「確認するが真名ではないわね」


「ええ、魔法使い殿に本当の名前を知られてはならないと口酸っぱく言われましたから」


「魔法使いに名前を知られれば魂を縛られる。常識はあるみたいだな。ここ数週間、毎日毎日ここに来てるから常識を持ち合わせていないのかと。よほど王国の騎士団は暇なようで」


「私以外にも優秀な騎士がたくさんいますから」


「何をつらつらと。その腕章は偉大な戦果を挙げた色付きの騎士のみが付けることを許されたものだろう。まぁ、人間の間での富や名声は私には通用しないわ。私が対話に応じたのは今日を最後にここに来ないように言うためだから。最後に言いたいことは?」


「あぁ、やっとあなたが声を発したのはそういうわけでしたか。今までは魔法で姿を消して声すら聴けなかったのにどういう心変わりか気になっていましたよ」


「もう数年、人間と会話していないわ。あなたと話すのもこれが最後でしょう」


「光栄ですね。でも、あなたは私ともっと話したくなりますよ。必ずね」


「はやく要件を」


 箒の上から杖を向ける。小さく呪文を唱えれば、杖先に淡い光が集まる。それを見たヘイズは上品とは言えない笑みを浮かべながら口を開いた。



「貴方の母上のお墓へ行きたいと考えたことはありませんか」



 彼の言葉が音として耳に入り込み、その意味を理解した瞬間に杖先に集っていた光が霧散した。光は空気に溶ける。それは、大陸を探し歩いても見つからなかった母様の死体の場所を暗に示していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ