表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

7 秘密の話

 その日は宿の特等室をフィーネとイーダ、エルゼの三人で使うことになった。中央のリビングルームのソファはふかふかで、ベッドでなくてもここで充分寝られそうだ。お行儀悪くもごろりと横になったフィーネを、イーダもエルゼも一度視線を向けながらも見ない振りをしてくれた。


 今日のことを振り返る。

 赤猪に突き刺さった光。あの時感じた力の根源。あれは…

 身を起こし、まだ部屋にいたクリスに聞いてみた。


「あの赤猪を白くした浄化魔法、あなたがやったの?」

 クリスはフィーネをじっと見た後、

「はい」

と隠すことなく正直に答えた。

「あれは、…光の力よね?」

「あの、…田舎者なんで、かしこまらずにしゃべってもええですか?」

 急に口調が変わって驚いたが、これがクリスの地らしい。無理に王都の言葉で丁寧に話そうとして、話しにくかったのかもしれない。

「もちろん。私だって田舎者よ。今は王都にいるけど、北部の小さな領出身なの」


 一呼吸つくと、クリスは自分の身の上を、故郷の言葉で話し始めた。

「光の力を持ってる子供は聖堂に差し出すよう言われるんですけど、この辺では聖堂に預けへん親も多いんです。うちも親がアンチ聖堂派で、私に光の力があるってわかっても、あんな所に大事な子供を預けられっかゆうて、知らんぷりしてくれてました」


 フィーネの場合は、光の力があるとわかると、親は「決まりだから」と聖堂に送ることをためらわなかった。できの悪い娘を引き取ってもらえ、厄介者払いに丁度良かった位にしか思っていなかっただろう。しかし力を持つ者が全員聖堂に集まっているとは限らない。その中にはこうしてクリスのように自分以上の強い力を持つ者も…。


 しかし、今のクリスからは何の力も感じられない。

「普段は隠してるの?」

「光の力持ってたら、魔物が怖がって逃げるでしょ? ここでは魔物を狩って、核売って、肉食べるんが日常なんです。魔物の素材から薬作って国中に卸してますし、武器や防具も作る。魔物が寄りつかんなったら仲間外れにされてまう。せやからこの力を外に出さんよう、特訓したんです」

 魔物を追い払う必要はない。むしろ光の力はこの地では邪魔。では、自分が聖堂で込め、教会で祈ったあの力は…

「魔物狩りには、邪魔な力だったのね」

 フィーネがしゅんとなったのを見て、クリスは首を横に振った。

「狩り場では魔物を追っかけても、町には魔物除けがいります。教会の周りには町がある。せやから聖女様の祈りはみんなが安心して過ごすためには大事な力やと思てます。魔物を倒せん子供やお年寄りもいますし」

「無駄では、…なかったのね」

 クリスが笑って大きく頷くと、フィーネはようやく笑みを浮かべた。

 ここまで来て、みんなに迷惑をかけてまで教会を巡って込めた祈りは無駄ではなかったのだ。


「あなたほどの力があれば、きっと私以上の聖女に…、いえ、聖人? あれ?」

 目の前の存在をどう表現していいのか悩むフィーネに、クリスは苦笑いを浮かべた。

「いや、女やで、私」

「女?!」

 フィーネの態度から女だと思われていないことは察してはいたが、ここまで鈍いのも珍しい。クリスはわざと肩をすくめて見せた。

「女やなかったら、何で私がずっとあんたの護衛についてんの? …まあ、そんなに色気ある方やないけど…」

 そういえば、ここに来てからずっとクリスがフィーネ達のそばで守りについていた。家の中でも馬車でもずっとついていたのは、同性だったから。そんなことにも全然気付いていなかったフィーネに、同じ部屋にいながらずっと黙っていたイーダも

「ご存じなかったのですか?」

と思わず口を挟んだ。エルゼもあきれ顔だ。

「そうなんだ。…そっか」

「気にせんでええよ、ようあることやから」

 よくあると言われても、二人とも気がついているのに自分だけが気がついていないのはどうにも鈍すぎる。一時はリーンハルトかクリスか、二択だと思っていたことなど口が裂けても言えない。


「聖女は十年に一回聖堂を巡るんやけど、今聖女になってる王妃さんもあんな遠くの教会にまでは足向けてくれはらへんかった。司祭も来てくれへんあんな所まで行ってくれて、みんな喜んでた。祈りもやけど、聖女が来てくれることがみんなの力になるんよ。本当にありがとう」

 クリスの素直な感謝に良心がチクチク痛んでいたたまれなくなり、フィーネは恥ずかしながら本当のことを白状した。

「そ、それね、実は…。あのまま王都に帰って王子と結婚させられるのが嫌で、出会いを求めてもうちょっと粘ってみようかと…」

「ユルゲン殿下との結婚を嫌がるなんて!」

 イーダは「不敬」とでも言わんばかりに責めるような口調で睨みつけ、普段冷静な分フィーネは圧倒されてビクッと身を震わせた。

 クリスもまた、少し睨むような目で問いかけた。

「…もしかして、リーンハルト狙い?」

 フィーネが小さく頷くと、クリスは

「無理やな」

と言って首を横に振り、はぁ、と溜息をついた。

「あの人、魔物倒したくてこの領に来た、いうなら魔物ハンターや。騎士の仕事の方がついでなんやで。ここの騎士団の連中は大半が魔物倒したくて倒したくてしゃーない連中で、魔物が寄って来んなるから光の力持ってる人、毛嫌いすんねん」

「毛嫌い?!」

「せや。私が入団する時も、剣は同期で一番使えたのに『魔物狩りに邪魔』って言われたんよ。まあ、ちゃんと力抑えれるって証明して、誰にも文句言わさへんかったけど、今日みたいに魔物止めなあかん時にはとっさに力出てしまうやん? 光の力使(つこ)たら十数えるうちに核取らんと核が消えてしまうんよ。最初、怒られてなぁ。そんなん知らんやん。助けたったのに怒られるって、何なん? 思うやろ?」


 こくこくこくと大きく頷きながら、気がついた。クリスは王都の言葉を使うのが苦手なだけで、実はおしゃべり好きなんじゃないか、と。

 つられてフィーネも口が軽くなっていく。


「光の力が嫌いじゃあ、聖女なんて絶対嫌だよねぇ。だめかぁ。…でも王子もやだよー。全然私のことなんかビジネス恋愛って感じで、人間として興味持ってないの、丸わかり。しかもあの王妃が義理の母親になるなんて、考えただけでも頭痛いよー。毎日もっと力出せ、もっとできるはず、努力が足りないって責められて、これから先ずっとあんな愚痴聞かされてたら、力なんか出せなくなっちゃう」

「せやなぁ。見ててもあんたの力、結構ムラあるし、心のハッピー度にもろ影響されてるし…。まあようある話やけどな、光の力と心はつながってるって」


 光の力と心がつながっている。言われてみれば、確かに心当たりがあった。

 家にいた頃は全く力が使えなかったのに、北の聖堂ではどんどん力が強くなっていった。褒められれば褒められただけ。褒められ慣れていないから調子に乗ってしまったところもあるけれど、あの時は本当に嬉しくて、嬉しくなればなるほど思いのままに力を出せた。


「…王子と結婚せんですむなら、聖女やめてもええと思てる?」

 突然のクリスの質問に、迷うことなくこくっと頷いたフィーネに、エルゼはあきれ顔で、イーダは思いっきり眉をひそめた。今にも非難の言葉を向けそうになったイーダに向かって、クリスは

「ユルゲン殿下、好きな人ー、手ぇあげてー。はーい!」

と言って手を挙げて返事を促した。イーダは顔を赤くして言葉を詰まらせたが、しばらくして胸の前で小さく右手を挙げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ