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4 追加の旅

 そして一週間が過ぎた。

 聖堂での祈りを終えると後は王都へ戻るだけだったが、フィーネは領にある小さな教会にも回りたいと申し出た。

 旅の途中で教会を見かけると馬車を止めて祈りを捧げるのはフィーネ達一行の慣習になっていたが、ここシュルシュトでは街道沿いに教会を見かけることはなかった。聞けば、領には聖堂の他に四つの教会があるが、どこも領都から離れていた。うちの一つはずいぶん昔に魔物に襲われて周辺に人が住まなくなり、寂れてしまっているが、他の三つは古いながらも毎日人々が訪れているという。


 聖女の申し出を受け、シュナイダー辺境伯は領内の小さな旅にリーンハルト達を護衛として同行させることにした。聖女が来てから魔物を見かけなくなったとは言え、元々魔物の住処に近い土地だ。王都からの来客であり、王子の婚約者になろうという聖女にもしものことがあってはならない。

 王の騎士は四名が同行し、残る六名は領主の館で聖女が戻ってくるのを待つことになった。帰りの旅に備えた短い休息だ。



 一つ目の教会は小さいながらも賑やかな街の中にあった。普段は見かけない大きな白い馬車と何人もの護衛を連れた一行に、街の人々は興味津々だった。

 部屋数の関係で二つの宿に別れ、上宿に聖女と祈り手の二人、侍女と王の騎士のうち二人、それに辺境領騎士団のクリスが泊まった。残りは少し安めの宿になったが、その夜安宿組は酒を酌み交わし、それなりに楽しんだらしい。その話を聞いてフィーネも安宿が良かったと思ったが、そんなことを言ったら(ばち)が当たってしまう。


 翌日、宿からすぐ近い教会に向かった。フィーネは教会から宿まで歩いて行くことを選んだが、きれいに着飾った王都からの来客が訪れるのはごくまれで、物珍しさに人々が集まってきた。フィーネは集まった人に声をかけ、人々と直に接することができて喜んでいたが、騎士達は警戒を強め、怪しい者が近づくことがないようフィーネと祈り手を取り囲んだ。


 教会に着くと、フィーネと二人の祈り手は聖堂と変わらない作法で祈りを捧げた。

「こんな所まで来てくれはって…」

 聖女の祈りを間近に見て涙する者もいて、興味本位で覘いていた者達も手を組み、聖女と共に祈りを込めた。


 帰りもまた宿まで歩かなくてはいけない。大した距離ではないが教会に王都からの来客がいることは口コミで広がっていて、さらに人が増えていた。辺境領騎士団員のフォルカーが

「まったく、大人しく馬車で移動してくれたらええのに」

とぼやくのを、リーンハルトは肩を叩いて

「まあそう言うな。せっかく祈りに来てくださっているんだ」

となだめながら、集まる人を前に警戒を解くことなく鋭く目を光らせていた。

 警護のためとは言え、普段は接することもない騎士達が自分の体を盾にし、守ってくれている。押されて体が触れることもあったが、フィーネ達が押し潰されないよう跳ね返す力強さに、これまで以上に守られていることを実感していた。



 翌日は混雑を避けるべく、人目に付かない早朝に移動することになった。

 二カ所目の教会がある村は少し距離があり、道があまり良くないこともあって進みは遅く、途中で宿を取った。小さな町には庶民的な宿しかなく、それも全員に部屋は行き渡らなかった。辺境領騎士団員は不足する分はテントを使い、聖女一行が快適に過ごせるよう優先してくれた。それでも粗末な宿にあまりいい顔をしない者がいて、フィーネはそれを残念に思った。野営の準備をしているのを見て、せめて食事は一緒にとフィーネは声をかけたが、宿の食堂は小さく騎士達だけで食事を終えてしまい、フィーネが話をする時間は持てなかった。

 それでもテントに戻る前に

「お気遣いありがとうございます」

と丁寧に礼をするリーンハルトに好感度は上がり、自然と頬が緩んできた。



 昼近くに二カ所目の教会に着くと、すぐにフィーネ一行は祈りを捧げた。宿もない小さな村だったので、食事だけ済ませてそのまま三カ所目の教会を目指して旅を進めることになった。

 田舎の小さな食堂では食材も多くない。露骨に不満そうな顔を見せる者もいた。本当なら整備された街道を通って王都への帰路についているはずだったのを、「聖女様のわがまま」のせいでつまらない旅が増えた、と不平を漏らす声が聞こえてきた。同調する者はいなかったが、制する者もいなかった。


 あのまま王都に戻った方が良かったのだろうか。疲れた顔の一行を見ると、自分の選択が誤っていたのではないかと思えてきた。

「お気分でも…?」

 馬車に同乗しているクリスがフィーネに声をかけた。

「…いえ」

 あまり話さないクリスが話しかけてくるくらいだ。よほど暗い顔をしていたのだろう。イーダもエルゼも直接不満は言わないが、疲れているのはわかる。早く王都に帰りたかっただろうに申し訳ないと思いながら、無理に口元を引き上げて、笑顔を作った。

「残り一カ所でおしまいですね」

「先ほどの教会が、一番遠いので。次の教会は、北の道から、領都に戻る道沿いに、あります。大きな町ですので、宿も、それなりの…」

 クリスもみんなを励まそうと思ったのだろう。いつになく気を遣って話しかけてくれ、エルゼは小さく頷いたが、イーダの表情は堅いままだった。

「わがままを通してしまって、ごめんなさい」

 作り物の笑顔さえほころびそうになったフィーネに、クリスは

「司祭長でも、こんな果ての教会には、祈りに来ることは、ありません。ここの教会は、ついでで行ける場所には、ないので。…素敵なわがままを、ありがとうございます」

 そう告げると、深々と頭を下げた。


 イーダもエルゼも旅の終わりばかりを考えていた自分たちが急に恥ずかしくなり、聖女に向けて丁寧に頭を下げた。しかしそんな清廉な思いはなく、まだ帰りたくなかっただけのフィーネはこんな形で周りの評価が上がるのが心苦しく、

「いえいえ、そんな、…あと一カ所、頑張っていきましょう!」

と、本当は終わってほしくない旅が無事終わることを願うふりをした。


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