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3 西の聖堂

 そして一行は最後の旅、西の聖堂がある辺境の地シュルシュトへ向かった。


 旅の間に騎士は十人中六人は入れ替わり、侍女は総変わりしていた。今回の聖女の旅団は「当たり」だと言われながらも、フィーネには当たりの要素は全くない。全員が恋愛がらみで担当を外れたわけではないにしろその率は高く、周囲に恋愛の運気を吸い取られたかのように何もないフィーネにしてみれば少々面白くなかったが、かといって別に気になる人がいるわけでもなく、自分を差し置いてカップルができていっても羨ましくはあったがそれだけだ。

 誰かを想い、想われるのが羨ましい。

 聖女として誰かに必要とされているのは嬉しかった。それでも「フィーネ」を必要だと思われたい。誰かの特別になりたい。それは贅沢なことなのだろうか。



 シュルシュトは国の西端にあり、隣国との国境には恐ろしい魔物が住む渓谷と深い森が広がっている。王都より魔物に遭遇する機会は多く、街の人々は魔物を警戒していた。時折街に魔物が侵入することもあったが、辺境伯家の私設騎士団の守りは堅く、大きな被害はないという。国内最強の評判は伊達ではないようた。


 聖女が間もなく西の聖堂を訪れると伝わる頃には、シュルシュト周辺に魔物はめっきり出現しなくなっていた。魔物が聖女の力を恐れているせいだという噂が流れ、人々から感謝されることもあった。ただ旅をしているだけで特別なことをしているわけでもないのに、感謝を伝えられてもピンとこなかったが、平和に暮らせているなら何よりだ。



「遠いところ、よくぞお越しくださった」

 目的地、シュルシュトに着くと、シュルシュト辺境伯であるベルノルト・シュナイダーは聖女一行を領主の館に招いた。聖女と祈り手はもちろん、同行していた騎士にも侍女達にもゆっくりとくつろげる部屋が用意された。魔物の出現を警戒しながら旅し、道中緊張続きだった騎士達も辺境領の騎士団の存在に久々に張り詰めた気持ちをほぐし、旅の疲れを癒やした。

 翌日には宴が催され、王都ほどではないにしろ豊かな街の贅を尽くした料理に舌鼓を打った。



 到着から三日後、聖女一行は西の聖堂に移動した。聖堂のすぐ裏に寝泊まりできる建物があり、聖女フィーネと祈り手イーダ、エルゼ、それに三人を世話する侍女四人はそこで過ごすことになった。聖堂の施設らしく贅はなかったが、清潔で気取ったところのない部屋は北の聖堂の暮らしを思い出させた。おぼつかない自分を見捨てることなく導いてくれた先輩修道女。わずかな成長でも褒めてくれた周りの人々。北の聖堂の暮らしが自分を変えてくれたのだ。


 聖堂では辺境領騎士団員のクリスが聖女の身辺の警護に就き、建物の警備は王の騎士と辺境領騎士団員が交代で任に就いた。


 王の騎士と、辺境領の騎士は明らかに違っていた。

 王の騎士達は礼服に近い白い制服に白いマントを身につけていた。聖女の威厳を保つべく、旅の間定期的に服は交換され、常に美しく保たれている。それは聖女や祈り手も同じだった。

 それに対して辺境領の騎士達が身につけているのは日常使っている実用的な制服で、礼服でもなく、聖女を迎えるにあたり新調されることもなかった。

 王の騎士の中には「仕方がない」という言葉を使いながら、自分たちの身なりに誇りを持ち、辺境領騎士団員よりも自分たちのほうが格上だと言う態度をにじませる者もいた。それはフィーネがかつて兄弟から向けられていたねちりとした皮肉を思い出させ、不快な気持ちになったが、辺境領騎士団員は時に向けられる上品で遠回しな皮肉な言葉にも挑発されることはなかった。



 王の騎士達は「縁起のいい」聖女の旅団にいることに何かしらの期待はしているようだが、聖女との恋愛だけは絶対禁止を守っている。王命だから当然だ。しかしそうなると、恋の可能性は辺境領の騎士団員に期待するしかない。

 辺境領騎士団で聖女の護衛を担当しているのは副団長リーンハルトと三人の騎士だ。


 聖女付きになったクリスは中では小柄で華奢な感じがするが、フットワークが軽い。顔を合わせる機会は一番多いが、愛想がいいわけではなく、話しかけても必要最低限な事を返すだけで会話は続かない。


 副団長のリーンハルトは目つきは鋭く精悍な顔つきで、大柄でそこにいるだけで威圧感があり、よく鍛えられているのは服の上からでもわかった。体は大きいが動きは機敏で、三人の部下に指図しながら自らもよく動く。警護の担当をしていない団員からもよく声をかけられていて、慕われているようだ。


 フォルカーは痩せてひょろ長く、面倒がりなことを隠さない。無精ひげが生え、制服は着崩し、しばしば聞こえるように不平を漏らす態度をフィーネは好きにはなれなかった。


 ラルフは中肉中背、少し色黒でよく笑顔を見せる。柔和な印象だが、騎士同士の話では最近結婚したようだ。「早よ帰って妻の手料理が食べたい」とのろけられたフォルカーが「アホくさ」とあしらっていた。新婚と聞いてしまっては対象外だ。


 見た目で言えば、この中ではリーンハルトが一番フィーネの好みのタイプだが、自分よりずっと年上に見え、既にお相手がいる可能性もある。リーンハルトだけでなく四人の誰からも自分に興味を持っているようなときめいた視線を向けられることはない。これまでだって聖女の力を求められ、慕われることはあってもモテたことはないのだ。

 フィーネは期待薄だと半ば諦め気味だった。



 フィーネを中心にイーダ、エルゼが左右につき、聖堂で祈りを捧げる。聖堂での祈りはここでも毎日朝夕二回。街の人達は聖堂を訪れて花を供え、祈りを捧げ、聖女が祈る時は妨げにならないよう静かに見守ってくれた。

 フィーネ達が暮らす場所は聖堂の敷地内で、すぐ目の前の街にさえ出歩くことはない。警備も厳しく、街の人との交流の機会は少なかった。それでも祈りの後には聖堂を訪れた人達に話しかけるようにしていた。自分から望み、動かなければ閉じ込められたままだ。

 聖女を慕う人々の生き生きとした目、暖かな言葉に励まされ、フィーネの祈りの力は増していった。聖堂の天井にある宝玉は祈りを受けて輝きを増し、日を追う毎に光の力が満ちていくのがわかり、その光のまばゆさに周囲から感嘆の声が漏れた。


「皆さん、安心してください。この祈りの力がある限り、皆さんは魔物を恐れることなく、平穏に過ごすことができるでしょう」

 フィーネの言葉に、集まっていた人々から拍手が沸き起こった。魔物が空を横切ることもこの地では珍しくないと言うのに、フィーネ達一行はここに来てから一度も魔物を目にしていない。これほどまでに魔物への効果を実感できるにもかかわらず、他の三つの聖堂に比べると人々は冷静に見えた。警備を混乱させるほどに詰め寄ることもなく、順番に礼儀正しく祈りを捧げている。聖女に敬愛は向けるが、妄信的に熱望されることもないのは楽でありながら、少しばかり肩透かしな感じもした。



 毎日淡々と聖女と祈り手のそばで控えているクリスは、愛想笑いもなく、相変わらず口数も少ない。護衛とはそういうものなのかもしれないが、恋愛対象どころか壁に飾っている鎧の置物と変わらないくらいの存在だ。

 そんなクリスにリーンハルトはよく声をかけ、堅くなりがちなクリスを和ませようとしていた。警戒は怠らなくとも、ずっと緊張していたのではいざというとき動けない。はにかむように頷くクリスはその時だけ幼く見えた。

 リーンハルトは目が合えばフィーネにも笑顔を向け、ねぎらいの言葉をかけてくれる。

 そんなに嫌われてはないのでは?

 フィーネは何とかリーンハルトと話をする機会を持てないか画策してみたものの、なかなかそんな機会は得られなかった。


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