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10 共に祈りを

 翌日、聖女一行はシュルシュトを離れた。


 王都に戻ると一行は王城に向かい、王に旅の報告をした。

 フィーネの光の力が弱まってしまったことは既に伝えられており、王も王妃も残念がってはいた。しかしフィーネの光の力は王妃の満足のいくものではなく、王子との結婚にも消極的だったフィーネにさほど未練はなかったようだ。むしろ王子との結婚が決まる前でよかったと本人を目の前にしてはっきりと言われ、フィーネはあっけにとられたが、無事破談になるよう終始無念さとあきらめをにじませた演技で乗り切った。


 フィーネは聖女の任を解かれ、一ヶ月後、例年通り新たな聖女の判定が行われた。

 聖女の一人が祈りを込めると、フィーネが選ばれた時のように水晶が光輝いた。

 選ばれたのは想定通りイーダだった。一年間祈り手として聖女の巡礼に同行したことでその力が強まったのだと、イーダの努力が高く評価された。王妃様は「努力」がお好きらしい。

 イーダは侯爵の姪にあたるらしく、血筋から見ても王家にふさわしいと王もまた新たな聖女に満足していた。

 王子ユルゲンは新たに選ばれた聖女に安堵の笑みを見せ、集まった人々と共に拍手で聖女を歓迎した。イーダを見守る目には確かに愛がある。

 これで良かったのだとフィーネは思った。


 各地の聖堂の宝玉は光の力が満ちており、聖女の巡礼にはイーダも同行していたことから、聖女イーダ就任の新たな巡礼は行われないことになった。

 エルゼは祈り手役から解放されると大聖堂を離れることを許された。アロイスと王都で暮らす予定だったのだが、アロイスが家の事情で急に家督を継ぐことになり、北域の街に移り住んだ。

「二人ならどこに行っても平気よ」

 笑顔でそう言って旅立ったが、あの時既に三人だったようだと後から聞いた。



 嘘設定ながら、力が弱まったフィーネもまた王都の大聖堂を離れることになった。

 弱いながらも力は残っていることになっているので、とりあえず癒やし系の仕事はできる。力の制御はまだ訓練中で、新たな聖女は決まったとは言え、もしものことを考えると光の力が戻る前に王都を離れた方がいいだろう。

 北の聖堂に戻るか、どこかの教会に行くか。故郷にも教会はあるが、一度聖女に選ばれながら戻ってきたとなると、両親や兄弟達のねちりとした皮肉を聞かされることになるだろう。あんな生活はもう嫌だ。


 大聖堂を去る準備をしていたフィーネのもとに、巡礼の騎士だったスヴェンが訪ねてきた。仕事で大聖堂に来たついでにわざわざ立ち寄ってくれたらしい。もはや聖女でも何でもないのに、フィーネに接する態度には旅の間と変わらない敬意が込められていた。

「せい、…フィーネ様」

「様はいらないですよ。もう聖女じゃないんだから」

 スヴェンはフィーネに深々と頭を下げた。そこに込められていたのは謝罪だ。

「あの時、…私を守るために力を失わせてしまい…、本当に申し訳なく…」

 スヴェンは自分を守ったせいでフィーネが聖女でなくなったと思っているのだろう。あの事件を理由にし、弱まった力は戻らないことになっているが、本当はそうじゃないことをスヴェンには正直に話さなければいけない。スヴェンがずっと負い目を感じていては可哀想だ。

 王に仕える騎士の耳には入れない方がいいと思いはしたが、スヴェンならきっと大丈夫、何故かそう思えた。


「違うんです。あなたのせいじゃないから。…実は聖女をやめたくて、ちょっと嘘をついたんです。力はちょっとづつだけど戻ってるので、気にすることないですよ」

「やめたかった…? 聖女を?」

 意外そうな顔をされて、フィーネも苦笑いした。聖女をやめたがる人がいるなんて思いもしなかったのだろう。

「だって、ユルゲン殿下は私のこと興味ないし、王妃様にもっと力をつけろと追い立てられるのもつらかったし…。だから力が弱まったのを大げさにアピールして、聖女をやめさせてもらえるようにしむけたんです。これからはささやかな光の力の使い手として、教会でお勤めをしていくつもり」


 あれだけの光の力をもち、行く先々で聖女と慕われながらも潔く身を引き、自分の生きる道を決めたフィーネ。スヴェンは、大聖堂で聖女として生きるより人々に近い教会を選んだのが実にフィーネらしいと思った。

「そうか。…合ってると思う。聖女でないなら、…殿下のものでないなら、もう遠慮しなくていいのか」

 スヴェンは自分を勇気付けるようにこくりと頷くと、フィーネの前で片膝を付き、そっと手を差し出した。

「最初の旅からずっとあなたを…、フィーネ、君を見ていた。どうか、私に君のそばにいる栄誉をくれないか。たとえ女神様が他の誰かを聖女に選んでも、私にとっての聖女はフィーネ、君だけだ」


 最初の旅からずっと。


 スヴェンは北の聖堂から西の聖堂まで四度の旅に同行してくれた四人の騎士の一人だった。

 いつも近くにいて、教会に立ち寄る時も不満を漏らさず、街に出た時も取り囲む人々から守ってくれた。西の辺境地の教会巡りにも同行し、安宿に回されても不平も言わず、突進する赤猪から守ってくれて…。そのくせ、旅団の決まりを守り、その想いを表に出すことはなかった。


 ずっとそばにいたのにどうして気がつかなかったんだろう。自分が鈍いから? いや、恋愛禁止の掟を頑なに守る律儀な騎士、その徹底した気のない素振りなど、フィーネに見破れるわけがない。

 だけど、巡り会いはすぐ近くにあったのだ。

 緊張しながらも、口元が笑ってしまう。


「で、では、あの、まずは恋人? くらいから? 徐々に、お互いを知っていくって感じで?」

 フィーネは差し伸べられたスヴェンの手の上に自身の手を置いた。軽く握られた手に不思議な安心感とさわさわとした落ちつかなさを覚えた。抑えきれない力が満ちてくる。

「だめだめ、落ち着いて! ときめかないのよ! 力なーい、力なーい。私は無力な女の子」

 深呼吸しながら、クリスに教えてもらった「力を外に出さない術」を巡らせると、あふれそうな光の力がゆっくりと体の内側に収まっていく。


 自分と手が触れただけでフィーネの周りの空気が変わった。それならば、とスヴェンは握る手の力を少し強め、その手の甲に唇を当てると、フィーネの体の周りから春風のような暖かな空気がほわっと湧き出すのを感じた。

「ひゃっ! …ち、力なーい、力なーい、吸ってー、吐いてー」

 あんなに遠い存在だったフィーネに触れている。自分の一挙一動にフィーネが反応している。スヴェンは嬉しくなって、つないだ手を引き寄せ、フィーネを抱きしめた。

「だめーっ! 幸せパワーがはみ出すぅー!」



 フィーネは王都の片隅にある小さな教会で治癒士として勤め、毎日祈りながら人々の健康相談に応じ、すごくはないがじんわりと効く癒やしの力を発揮した。

 休みを合わせてスヴェンと会い、何度もデートを重ねて、よし! と思ったまさにそのタイミングでプロポーズされ、即決でOKを出した。あまりに即答過ぎて、

「本当にOKなんだよね?」

「結婚の返事であってるよね?」

と確認されたほどだ。


 そして半年後、王城の騎士団を退団し故郷に戻るスヴェンと共に東の地に移った。



 フィーネはその後もクリスやイーダと手紙を交わしていた。

 クリスことクリスティナ・シュナイダーが辺境領騎士団をやめたという知らせが届いたのは、フィーネが結婚してから一年後だった。リーンハルトを射止め、結婚までこぎつけたものの、婿養子になりながら頑なに騎士団副団長を続けるリーンハルトに、クリスティナが家督を継ぐことになったらしい。


  領主になったら団長だろうと騎士団員は部下だから。

  尻に敷いてやる。


と力強い文字で書いてあった。


 イーダからは、ユルゲンが第二王子だったおかげで王妃と聖女を兼業せずに済み、聖女の仕事に打ち込めるとあった。聖女の結婚相手が王太子ではなく第二王子なのは、二足のわらじに散々苦労した王妃なりの配慮だった。クリスの母親の口添えもあり、王妃が聖女の力不足に不満を言うことは減ったようだ。正式に結婚し、王城を出てからはより楽しく暮らせているようだ。


  ユルゲン様が公爵になられたので、

  公爵夫人としての仕事はあるけれど、

  優しい夫と優秀な執事が配慮してくれて助かっているわ。


とさりげなくのろけてあった。

 そして手紙の最後の締めくくりは、


  次の巡礼には祈り手として参加するのを忘れないこと! 


と毎回念を押してくる。


 また巡礼で会おうね。

 手紙を手に、フィーネはそう遠くない未来を思い浮かべ、目を細めた。

 イーダの姑の愚痴も夫とのラブラブぶりも、クリスの気ままな夫とののろけ話も、いっぱい聞かせてもらおう。南の地にいるセーラにも、北に行ったエルゼにも会えるだろうか。

 巡礼が楽しみだ。



 小さな街の教会で奉仕活動をする主婦。ほめ上手な夫は感謝の言葉を惜しまず、時に調子に乗る妻をそっと見守っている。

 一見平凡ながら、実は聖女と西の辺境伯嫡子を友人に持つ元聖女。

 普段は光の力を抑えながらも、祈る時には持つ力を惜しむことなく、そのせいかここ数年東域は豊作が続き、天候は穏やかに巡り、魔物は敬遠し、流行りかけた疫病は静まっていく。


 たとえそれがフィーネの力だと思われなくても、女神が与えてくれた光の力に感謝を忘れず、共に祈りを捧げてくれる人がいればフィーネは幸せなのだ。











お読みいただき、ありがとうございました。


この物語はフィクションです。

いわゆる関西弁に近い言語で書かれた部分がありますが、

実際の特定地域の方言を再現したものではありません。

関西標準語?的なものを想定し、それっぽくした架空世界の「西の言葉」です。

少々気になる点があるかもしれませんが、何卒大目に見てやってください。


なお、タイトルで「聖女」と「辺境騎士」の恋物語だと思った方。

騎士と聞けば男だと思うだろう。

職業で性別が思い浮かぶという、公共的なCMをヒントにこのタイトルをつけました。

タイトルは、ガールズトークを表してるんだよー。

・・・わかるかっ! (と突っ込んでいただければ僥倖)

タイトルに騙された方が一人でもいたら、この名づけは成功。

うひひひひ。



いつもの通り、気の向くまま予告なく修正される場合があります。

ご容赦ください。

誤字ラ出現のご連絡、ありがとうございます。


2024.2 春遠からじ



本編はこれにて終了です。

このあともう一話

連休記念

全然書けてない裏設定を備忘的に書いた、おかんと娘の話。

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