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キャトルミューティ令嬢の復活  作者: ゴッカー
2/14

002

 ◯


 星降る宵の舞踏会は目にも耳にも絢爛に彩られていた。

 高い天井から吊り下がる燐光石の大シャンデリア、そして壁一面の小シャンデリアの光が、触れるもの全てを黄金に変える。輝きを見守る天井を聖像画が縁取る。描かれるは、聖廟より果ての玉座に至る剣の乙女の巡礼。ダンスホールの装飾を支える床は鏡面になるまで磨かれて、その威光の倍加に一役買っていた。

 一流の楽団の手によるワルツは、旋律までもが輝きを帯びて漂うよう。リズムの誘うままにホールに踏めば、いつの間にかワルツペアらは婚姻の駆け引きから降りている。音の導く先は、僕と手を重ねた君、私と腰を支えるあなた。数多くの二人きりが、息を一つにステップを運ぶひとときである。

 お嬢さんは、そこにいた。

 目に入れず、耳に留めず、頑なに降りない女だった。

 女は事を成す間際だった。幽鬼のような足取りで、ワルツの円を裂くように進む。数多くの二人きりに肩をぶつけ、不興を買う。

「ちょっと……! ……あら、あのご婦人?」

「蛮姫だ」

「おいたわしい……ぽっと出の王太子妃に出し抜かれて」

「君を差し置いて、他のご婦人を語れと?」

 ワルツペアが目を細め合う。「いいえ」「なら、踊ろう」「そうね」また二人きりに戻る。ダンスホールで女は憐れみを拾い集めて、心中に燃える炎にくべていく。

 女にも、二人きりになれる居場所が、あるはずだった。

 ホールを一直線に進む歩調は四拍子で、段々速くなる(アッチェレランド)。一音たりとも楽曲と交わることのない歩行で、ワルツの踊る一組のステップを阻む位置に立ち塞がる。片割れの淑女の肩を乱暴に掴み、強引に振り返らせる。

 乱暴された淑女は、しかし、不平よりも困惑を濃く滲ませた。出かかった抗議を呑み、「お気に障りましたか……?」と黙して語るような苦い笑みを作る。淑女の背後では、一組の片割れ、王太子が間に割ろうとしていた。

 この女には、そういうことをなさるのか。

 淑女の無自覚に、女は奥歯をギリと噛む。噛んでも歯止めがきかない感情がもう片手に伝い、得物を振り上げた瞬間だった。

 窓ガラスが粉砕された。無数の破片は瞬き、床へ降り注ぐ。ワルツの譜面にない割裂音がホールに響き渡る。楽団は動揺を瞬時に律し、プロ故に、淀みなく演奏を続けていた。

 シャンデリアをかすめ、窓を破ったそれは一直線に流れ行く。女の故国で空を裂いた陽炎の七色、その片割れからはぐれて長い尾を残した星である。

 女の鋭い眼光が見開かれる。紡錘形のそれは、女の額に着弾した。

 ダンスホールの中央で、濃い水の飛び散る、生々しい熱が広がった。見目麗しい王太子とペアを組んでいた、淑女のバージンホワイトを濡らす紅。

 ワルツのステップを止めて、頬の紅を拭う。赤茶けた尾を引く顔料は生温かくぬめり、錆の臭いを発していた。

「え……何。こ、れ……」

 淑女の傍には、女が立っていた。その女の振りかざした手から、鞭のようによくしなる剣が零れ落ち、雷鳴と聞き違う反響がホールを支配する。

「マリーお姉さ、ま……?」

 マリーと呼ばれた女は淑女に一歩、二歩と、震える足取りで密着し、やがてフッと心中の炎を作る何かが途切れ、淑女に身を投げるように倒れ伏した。

「きゃっ」

 女と共に淑女も床に倒れる。力が抜けた女体は恐ろしいほど重く、地に染みようとするかのようだった。女体に先んじて感情が周囲に染み渡る。騒めきが広がる。不安におののく婦人の声、悲鳴、医者を、兵を呼ぶ男たち。下手人だ! という怒声。心臓に良くない声色が、中心の淑女を乱れ打つ。

 不意に淑女の身体が軽くなった。

 淑女のパートナーの王太子が、覆い被さった女を丁重に抱き上げ、傍らに横たえさせていた。

「大事ないかい? しっかり。すぐここを離れよう」

 王太子は、淑女と女を遮るように身を差している。急に周りが異郷に変わった心細さに対し、確かなのは自分の感覚だけだ。目を落とす。震える手を見る。震えが止まらなくなる。息が、もっと息が。苦しい。

「大丈夫、大丈夫だ。立てるかい」

 王太子の言葉も、鳥の鳴き真似に聞こえた。現実感がどこにも見当たらない。心細い。怖い。無垢な白のドレスも、よく梳いた金の御髪も、透き通るような肌も、一瞬で血に染まり、だとすれば、マリーはもう。

 王太子の肩越しに、彼女を見る。

「見てはいけない」

 彼女を、見た。

「……マリー、お姉様?」

 マリーは、熟した額をザクロに弾けさせて、滾々と血をこぼしていた。

 恨みに染まった虚ろな目、否応なしに深く広い傷。王太子が呼ぶ淑女の名は、雑音に上書きされた。相も変わらず止まない演奏、夜会の参加者らの喧騒、体内を逃げ惑う血潮と、喉をつんざく呼吸と。

 淑女の悲鳴が、夜を終わらせる。

 視界に赤い斑点が広がり、意識が薄れゆく中、マリーの最期はけたたましく恐怖を煽る騒音に沈んでいった。


  ◯


 非常灯の明滅に合わせ、警報音が繰り返す。火花が配線から漏洩するように弾ける。欠けたモニターが照らす操縦席で脱出機構は作動せず、エアバッグが最後の抵抗に膨れている。

 守るべき操縦者の姿はどこにもなかった。

 どこからともなく、ノイズに混ざって声がする。

『……ラァ、カイヴァリヤに救援要請を』

『全帯域で救難信号を発信――巡視旗艦カイヴァリヤ、応答ありません』

『まさか墜ちてないわよね』だとすれば話が変わる。『ていうか、何なのあの艦。問答無用で喧嘩売ってくれてさ! どこの誰だか知らねーけど! 宇宙船造る知能あるなら! 話し合いくれー! 応じろや!!』鬱憤が連鎖する。

 モニターに三つのプログレス・サークルが表示される。サークルのゲージが瞬時に満ちる。三つのエラーログが突っぱねる。

『広域スキャン失敗。カイヴァリヤの安否、敵性艦の正体、共に不明です。何らかの要因で通信障害が発生しています』

『何らかって何』拗ねた声。

『不明です。この惑星が観測網から逃れた要因との関連が疑われます』

 つまり、わからないってことじゃない。

『誰にも見つかってないわよね』

 モニターに静止画が表示される。憎悪に塗れた鋭い眼光の女性――淑女にマリーと呼ばれた女の、今わの際だった。

『原生知性体と推測されます。現在、当機はその体内に侵入しています』

『……侵入って、どっから?』

『侵入が推奨されないと思われる部位からです』二人は額が何か知らなかった。

『……アルゴリズムの一貫性は保たれているわよね』

 簡易的な人体図が表示され、パラメーターが補足される。

『アルゴリズム中枢の特定作業前です。が、全器官、完全に沈黙しています』

『……アルゴリズムを電脳変換して以来、最ッ高の日だわ』

 自嘲気な女の声に、ラァの声が無機的に応える。

『記念日に登録しますか』

『はぁー……』スピーカー越しの溜め息の雑音が酷い。『是非そうしてください。頼れるオペレーション・システムさん』

『緊急事態下で皮肉が途切れないのは大したものです』

『あんた分かってて……!』

『貴官のアルゴリズムは正常稼働中と見なします。――警告。全宙連合保安官エトランゼ三等官。貴官は“自発的な恒星間航行手段を持たない惑星文明への入星管理条約”第五条第一項に抵触しています』

 騒がしい方――エトランゼの属する組織には、掟がある。

 宇宙を知らない知性と接触するな。傷害などもっての外。殺害した場合など、考えることすら。しかし、起きうる事態を想定しないほど臆病でもない。どころか、事態の深刻さにつれて、収拾への執念は病的に複雑化しており……。

 げっ、と言うエトランゼを意に介さず、ラァは冷血に定型文を読む。

『速やかな原生精神活動体のアルゴリズム保全を推奨します。貴官に同条約の順守を促すため、ただ今より本件の記録を開始します。なお、同条約違反が発覚した場合、本記録は全宙連合評議会に――』

『あーッ! もうっ! わーってるわよ! 本ッ当、最高の日だわ! 身体組成の解析急いで! 同時並行で船体をナノマシン・コーティング! 模倣迷彩展開の後、身体修復、喪失したアルゴリズムの再現! タスクが山積みだから、さっさと!』

『了解』

 モニターや配線の損傷が、生き物の傷が癒えるように修復していく。警報音が止み、非常灯は消え、操縦席は省エネルギー状態に移行する。

『記念日登録完了』

『やってる場合じゃないでしょうが! このポンコツぅ!』

 暗闇の中、電子部品だけが鳴いていた。


  ◯


 …….

 BODY TISSUE ANAIYSIS COMPLETED.

 RESTORATION IS IN PROGRESS.

 LOGIC ANALYSIS OF STORAGE ELEMENTS COMPLETED.

 CONNECTING STORAGE ELEMENTS INTO NETWORK.

 STORAGE ELEMENTS NETWORK AVAILABILITY IS ACCEPTABLE.

 LEARNING PROGRAM ACTIVATED.

 BUILD PUSEUDO-PERSONALITY ALGORITHM.

 PROGRESS 0%■

英語部分は雰囲気でプログラムっぽくしているので「自分ならこうする」みたいなの普通に知りたいです。いつでもウェルカム。

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