9 経済危機
さて、そんな鬼乃崎邸も、ただ賑わっているだけでは済まなくなってきた。
「もっと・・・。もっとクッキーちょうだい・・・。」
消え入りそうな声で催促するナナシに、幸子がすまなさそうに謝った。
「ごめんなさい。小麦粉、切れちゃって——。先週10kgの袋、買っておいたんだけど・・・。」
「ええ? そんなに?」と九郎が驚くと
「だって、ナナシちゃん、よく食べるんだもの。」
「そりゃあ、あかん。」
と、ヤモさんが慌てた様子で言った。
「わしら、母上殿にご馳走になってばかりだったで。皆も、次からは何か食べるものを持ち寄ろまいか。人間界では食べ物を買うにもお金がいるでな——。」
「お供えでいいのかえ?」
「ああ、かまわんだろ。わしらが食べる分にはな——。母上殿への手土産には、ちゃんとしたもんを持ってこなかんぞ。」
すると狐のお鈴さんが脇から
「わたしが作りましょうか? お金。」
と、こともなげに言ったので九郎は思わず聞き返してしまった。
「それ、使ったあと葉っぱになったりしないよね?」
「あら、どうしてわかったの?」
(なるんかい・・・!)
「私が宝石を1つ置いていきましょうか?」
と、今度は矢田さんが鞄の中から大粒のエメラルドを取り出して、テーブルの上に置いた。
「い・・・いや、そんなのもらっても換金の方法わからないし、それに出どころだって疑われるかも——。盗品じゃないかってさ。」
「いやだなぁ(笑)。 盗品に決まってるじゃないですか。」
・・・・・・・
九郎は呆れた。物の怪はやっぱり物の怪だぁ。
「オレ、バイト探してるから。」
「まだ預金通帳にもお金ありますから。ナナシちゃん、明日また小麦粉買ってきておくね。」
「いや、母さん。通帳のお金食いつぶしてったら、そのあとどうすんだよ?」
「わたしだってパート探してるわよ♪」
それまで黙って聞いていた後藤樹が、にわかに口を開いた。
「お化け屋敷やったら? 本物がいるんだし——。あ、いや、『お化けの出るペンション』の方がいいな! わざわざお化けの出るホテルとか探して旅する人たちって、けっこういるんだよ。流行ると思うぜ。」
「いや、おまえはそうだろうけど・・・。」
チッチッチ。と、樹は指を振った。
「オレたちは少数派ではあるけど、異端じゃないんだぜ。今や、心霊スポット巡りは巨大産業に成長しつつあるんだ。この界隈のビジネスについちゃ、オレは一家言あるよ。」
「それは、私も耳にしています。」
矢田さんが真面目な顔で言った。
「わざわざお金を払って物の怪や幽霊に近づく人間たちがいるって——。状況によっちゃあ、けっこう危険なんですけどねぇ。ま、その点、この家は危険はないですけどねぇ。なにしろ集まってるのが私らみたいなものですから——。」
そう言ってから矢田さんは、ハタと手を打った。
「いいんじゃないですか。ビジネスとして成立すると思いますよ。『本物が出ます』うん、需要あると思いますね。これは営業マンとしての勘です!」
「『出なかったら返金します』くらい付けると、インパクトあるかもね♪」
樹もすっかり悪ノリしている。
「ナナシちゃんは透けることができるから、オレが撮った動画でPV作ろうぜ。で、同好の士のSNS通じてオレが拡散してやる。」
「面白そうだなも。わしも消えることができるで、なんなら出演するで?」
と、ヤモさんも乗り気だ。
「おい、樹。ここはオレの家だぞ?」
九郎が呆れ顔で言うが、樹は怯まない。
「わかってるって。だから、おまえが儲けるんじゃないか。 でもって、たくさん儲かったらオレにも企画宣伝担当として分け前よこせよ?」
樹はもうすっかりプロデューサー気取りになっている。
もともと樹はデザイン科の中でも「デザイナーになりたい」というよりは、映画やアニメのプロデュースをやりたい方だった。
どちらかというと「企画」が好きなタイプなのだ。
「いいんじゃない? パートに出るより面白そうだわ。わたしはお食事を作ればいいのかしら♪」
「それはすぐには無理ですよ。調理師免許取らないと、食事の提供はできないはずです。とりあえずは、宿泊とお茶くらいで——。少しずつ業務を拡大しましょう。」
「わかったわ。じゃあ、まずハーブティーで♪ 庭にハーブ植えようかしら。」
母親の幸子まで乗り気になったのを見て、九郎はこのまま樹の企画に巻き込まれることを覚悟した。
オレはどうも自己主張が弱いなぁ・・・、と九郎は思う。この幽霊屋敷を押し付けられたのだって、結局はそれだもんなぁ——。
これまでの人生だって、自分の意志を通したのは美大に進んだことくらいだった。こういう主張の弱さで、デザイナーとかやれるんだろうか?
ギギイィィ・・・という音がしてしばらくすると、玄関で声が聞こえた。
「今日はまた、良いお天気で——。」
「わたしもまた来ちゃった——♪」
源蔵さんと美柑が一緒に玄関に着いたらしい。その声を聞いて、樹が張り切った顔を見せた。
「おお! メンツがそろってきたなぁ♪」