8 集うものたち
美柑が来た日の翌日から、九郎の家は賑やかになった。美柑に公式に(?)認められた家守りのヤモさんの「友人」たちが、遠慮なく訪れるようになったのだ。
入れ替わり立ち替わり異形のモノたちがやって来て、人も幽霊も物の怪もごった混ぜになってお茶をしたり、ヤモさんと碁を打ちながら世間話をしたり、ボンの遊び相手になったりしていくのだ。
覚王山鬼乃崎邸は、文字通りお化け屋敷となった。
ボンは名前を「古川日路彦」といった。前の所有者だった古川家の「長男」だったらしい。
らしい——というのは、そこらへんの話になるとヤモさんはいつも言葉を濁してしまうからだ。
「長男」という情報は、日路彦がぽつりとつぶやいた言葉からの推測だ。
この家で殺されたらしい、ということもなんとなく分かったが、それ以上は九郎たちには分からなかった。
というより、集まってくる異形たちやヤモさんが、賑やかにやりながらもそれとなくその話題を避けている空気の中で、九郎も美柑も幸子も、その話題に触れるのはなんとなく憚られた。
日路彦の口から語られることも、ない。
ただ、日路彦の胸の赤いシミと左頬の青アザが、この陽気でひょうきんな異形たちが抱え込むようにして守っている「凄惨な記憶」の痕跡であった。
幽霊や妖怪といえば夜のもの、と思われがちだが、どうやらそうでもないらしい。
鬼乃崎邸を訪れる異形たちは、別段、夜でなくても気の向いた時にヤモさんやボンを訪ねてくるようだった。
昼間に訪ねてくる時は、おおむね「人」の姿をしていることが多い。カラスや野鳥、何かの小動物のような格好で来ることもある。
「人」として訪ねてくる時は、あの門を、ギイィィィ・・・、と鳴らして入ってくるから九郎にもわかった。
一種のドアベルのようなものだと思えばいいんだな——、と思い直し、九郎は門のサビ落とし作業をサボることにした。
ギ、ギイィィ・・・・。
「ごめんあそばせ。」
いつも和服姿で上品な言葉使いのお鈴さんは、律儀に必ず門をきちんと閉め直して入ってくる。
そして、玄関の中に入ると安心したようにふわりと二股の尻尾を出すのだ。狐だと言うが、もちろん動物学的なそれではあるまい。
黒いスーツに黒い山高帽、という服装で普段は宝石商をしているという矢田さんは、カラスの姿で直接庭に舞い降りて、すっと人の姿に立ち上がる。
九郎には、これがけっこうクールに見える。実際、矢田さんはイケメンの部類に入るだろうし、スーツ姿もきまっている。
彼はいろんな世間の情報に詳しく、お茶会にやってきては近ごろの妖界の様子や出来事などをヤモさんにあれこれ語ってゆくのだった。
大きな頭で手足が小さいナナシは、化けられないらしく夜にしかやって来ない。
「おこんばんは・・・。」
と挨拶する小さな声は、どこか赤子の泣く声に似ている。
どうやらお目当ては、九郎の母の幸子が焼くクッキーであるらしい。声が小さい割には、よく食べる。
「今日はまた、良いお天気で——。」
雨だろうが曇りだろうが晴れていようが、いつもそういう挨拶をして入ってくるのは源蔵さんだ。
着流しの着物の袂に両手をつっこんで草履ばき、という格好で現れ、玄関でこう挨拶すると、脱いだ草履を自分で丁寧に揃えて上がり込んでくる。
30代くらいのやさ男——という風情だが、もちろん彼も人間ではない。その証拠に、袂の中に両手はないのだ。
玄関で屈んで草履を揃えているところを見ると、何かあるのかもしれないのだが、少なくとも手首から先はちょん切られたように何もない。あるいは見えない。
源蔵さんが入ってくる時には、門を開ける音が聞こえない。
門をふわりと飛び越えてくるのか、あるいは、庭のどこかにつながっているもののけ路から現れるのか、いつも気がつくと玄関で「今日はまた、良いお天気で——。」とやっているのだった。
そうしてお茶を飲みながら、ひとしきり世間話などをして帰ってゆく。
九郎は一度、嵐の日にやってきた源蔵さんに聞いてみたことがある。
「これも源蔵さんには良いお天気なんですか?」
雨が硝子窓に叩きつけ、雷まで鳴っている。源蔵さんの着物もびしょ濡れだ。
「ええ、ええ。妖魔が現れるには、もってこいの日じゃありませんか。」
そう言って、ぶるっ、と一度体を震わすと、髪も着物もさらりと乾いてしまった。
「おうちの中を濡らしちゃあ、いけませんからねぇ。」
と、愛想よく笑う。
九郎もつられて笑いながら
「便利なもんですね。」と屈んで草履を揃えてやった。こちらも、もう濡れてはいない。
「ああ! そんな、若旦那! 若旦那にそんなこと——! 私、自分でやりますのに!」
源蔵さんは慌てて屈んで、袂から手を出した。 いや、出したような感じだった。何しろ、手首から先はないのだ。
「じゃあ、晴れた日は?」
と九郎は話題を変えた。
「晴れた日は、妖魔が現れるにはふさわしそうじゃないですけど?」
源蔵さんは、にこにこ笑って答える。
「晴れた日は、若旦那、気持ちいいじゃありませんか。」
ポジティブな人だ——。 あ、いや、「人」じゃなかったんだっけ——。
もちろん、大学の友人もやって来る。
美柑はわりと頻繁に来る。
「なんかここ、わたし居心地いいわぁ。神主の娘が、こんなんでいいのかな?」
ビビった佐伯はあれ以来訪ねてこないが、廃墟趣味の後藤樹がちょくちょくやって来ては写真を撮っていくようになった。
「おい、鬼乃崎。これ以上修繕すンなよ。」
「おまえね。住んでるのはオレだぞ?」