6 聞く人
「塩津ってさ、見えるの?」
帰りの電車の中で、1人、2人と帰る方向の違う人が減ってゆき、同じ鶴舞線に乗る真人と美里亜と美柑の3人だけになった時、真人がおずおずと美柑に聞いた。
「普通の人とおんなじ。佐伯クンや鬼乃崎クンが見えるモノなら同じように見えると思うよ。わたしは聞く方専門なんだ。気配とか、泣き声とか、つぶやきとか——。」
「あ・・・あそこでも・・・、何か、聞こえてたの?」
今度は美里亜がこわごわと聞く。
「今日は、気配だけ。息を殺して、こちらを窺ってる気配——。他にも、何か人ではないモノが出入りしている気配の痕跡・・・かな。とりあえず今日のところは、害のある感じはしなかったよ。」
電車が浅間町を過ぎると座席が空いたので、3人で座った。
「でももう、今日みたいに面白半分でこういうモノに近づくのはやめた方がいいと思うよ。耐性のない人や、防御技術を持たない人には危険なこともあるから——。近づくときは、ふざけたりせず、細心の注意を払って真剣に——ね。
佐伯くんなんかは耐性弱そうだから、なるべく近づかない方がいいと思う。美里亜は耐性ありそうだけど、わたしみたいな『技術』は持ってないでしょ?」
「技術・・・って?」
「わたしンち、一応神主の家系なんだ。実際に上手く使えるかどうかはわからないけど、ひと通りの『祓い』の技術や『護符術』なんかは習ってるんだよ。それなりの『血』も引いてるようだし——。」
庄内通の駅で美里亜は降りる。あとは真人と美柑の2人。名鉄線に乗り換えて、真人の最寄り駅は江南、美柑はその先の犬山まで行く。
「わたしは駅から近いからいいけど、佐伯クンは怖かったら美柑に家まで送ってもらったらいいよ。」
美里亜の軽口に真人が顔を紅くした。
「なっ!・・・なにバカなこと!」
「でもって、美柑が変な人に襲われたりしないように、サグビー部の佐伯クンが駅まで送るの。」
「無限に終わらないよ、それ——。」
あはは、と3人で笑ったが、美柑以外はどこか怖さを紛れさせようとしているにおいがある。
「何もついてきてないから大丈夫だよ。あんまりそういうこと考え過ぎてると、途中でヘンなもの拾うぞ。」
美柑が軽く笑って忠告した。この話題に関しては、美柑は「専門家」と言える。
「課題のことでも考えてた方がいいよ。」
「ああっ!」
美里亜は突然、現実に引き戻された。
「い・・・急いで帰らなきゃ! 明日提出のエスキース何もやってない。」
美里亜が真っ白なスケッチブックを頭に浮かべながら電車を降りていった後、真人と美柑の2人はしばらく無言になった。
江南の駅が近づいた頃、真人がモジモジし始めた。
「あ・・・あの・・・」
「送ってあげるよ。カバンに護符持ってるし——。帰りの駅までの方はいいから。」
「で・・・でも、女性の一人歩きは・・・。」
ビビってるくせに、真人は変に見栄を張った。
「震えながら言うことじゃないよ、佐伯クン。心配しなくても、そっち用の護符も持ってるから。」
美柑が安心させるように笑う。
「そっち用の護符って・・・?」
「唐辛子スプレー。」
美柑が再び鬼乃崎邸を訪れたのは、2日後だった。そう、ボロボロになってはいても、この家は「宅」と言うよりは「邸」と言った方が似合った。
庭の草はかなり抜かれて、さっぱりした感じになってはいたが、庭木の方は手付かずで、おどろな感じがまだ残っていた。
なにぶん「猫の額」というようなものとはわけの違う広さなので、手が回らないらしい。
業者を頼もうとしたら全部断られたとかで、お母さんの幸子が1人でやっているらしいのだ。
「大変そうですね。」
「ううん。楽しいからいいのよ♪」
「夢だったんだって。こういう暮らし——。」
「九郎クンは手伝わないの?」
「オフクロの楽しみを奪わないようにしてるんだ。」
テキトーなことを・・・(^^;)。と思いながら、美柑は本題を口にした。
「中、入っていい?」
「もちろん!」
「じゃ、手を洗ってお茶入れるわね。この前いただいたお茶、美味しいわぁ。」
幸子は草むしりの手を止めて立ち上がり、背中を伸ばした。そこにだけ、特別に陽が射しているような明るさがあった。
(ああ、この人がいる限り鬼乃崎クンは大丈夫なんだろうな)
美柑はなんとなくそんなふうに思って、無邪気とも言えるような部分を残したこの中年の女性を眩しげに眺めた。
居間のソファに腰を下ろして九郎が美柑から護符の話を聞いていると、母親の幸子がキッチンからお菓子とティーポットとカップを乗せた盆を持って入ってきた。
なぜかカップが4つある。
「なんで4つ——?」
「あら? どうしたんだろ、わたし?」
「あ、いい傾向ね。どうしたの? 明るいと入ってこれない?」
美柑が廊下のドアの方に向かって言ったので、九郎も幸子も一斉にそっちの方を見た。
ドアが少しだけ開いていて・・・・。
その隙間に、あの目が見えた。