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幽霊屋敷へようこそ  作者: Aju


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43 ヒロくんの居場所

 玄関を入ると、喫茶のお客さんがテーブルに3人ほどいた。お鈴さんがキッチンで手伝っている。

 ダイニングテーブルには一応、アクリル板みたいなものが立ててある。やっぱりそれなりに格好つけておかないと、SNSなどで何を言われるかわからないからだ。

 アクリル板の衝立は、樹と九郎が大学の工房で作った。


「いらっしゃいませ。」

 4人それぞれに挨拶しながら、エプロンを着けるために奥に入る。スタッフのロッカーは、2階の小さな納戸にある。

 男女に分けてはいない。エプロンを着けたり、私物を置いたりするだけだからだ。パソコンの作業もできるようになっている。まあ、『ペンション幸』の事務所のような部屋だ。


「なあ、ヒロくんの体はこの家の中のどこかに埋められてるんだよな?」

 樹がエプロンの紐を結びながら言った。

「そう聞いたけど・・・。」

「塩津はわかんないのか? 霊感あるんだろ?」

「わかんないよ。この家全体が妖しい空気に満ち過ぎてるもん。ニンニクだらけの中で、餃子を1つ探せって言われるようなもんだよ。」

「どういうたとえだよそれ?(笑)」


 美柑には、ちょっと気になる場所があることにはあった。

 でも・・・と美柑は思う。

 ヒロくんが消えてしまったら、それはちょっと寂しい。だから、成仏なんてしてほしくない。そんなふうに思うわたしは間違ってる?


 美柑の家は、神主として邪を払ったり霊を成仏させたりしてきた。父親もけっこう強い霊力があるし、美柑もその血を引いてはいる。

 でも、ここにいるとそういうことだけが「正義」ではないような気がしてくる。

 ヒロくんを大切にしているあやかしたちが集ってできたこの空間は、暖かく、優しく、とても居心地がいいのだ。

 このままでいいじゃないの。「本来あるべき姿」なんて、本当にあるの? そんなの誰かの勝手な思い込みでしょ?



 しかし樹は、そんな美柑の思いには全く気づいていない。

「考えてたんだけどさ——。」

 お客さんがいなくなって暇ができると、またまた後藤樹名探偵が始まった。

「ヤモさんは、おトキさんだった頃からここに住んでいたわけだよな? そのヤモさんが、『床が剥がされた跡のある部屋がない』って言うんだから、部屋の床下に埋められてる可能性は低いよな。」

「うん、うん。」

と美里亜もうなずく。

 たしかに——。言われてみれば、埋めて床板を張り直したんならヤモさんは気づくはずだ。以前とは違う——って。

 九郎もそう思った。


「お風呂は直してトイレも便器を変えたり隣に増設したりしたけど、工事前は以前のままだったって言うし・・・。あとはキッチンセットを取り替えただけだ。キッチンセットの下にも、昔からの床はあった。」

「その床が張り直されてたかどうかまでは、ヤモさんは確認できてないよね?」

 飯島美里亜探偵も参加し始めると、ヤモさんが、ぼわぁっと現れた。

「そこまでは考えたことはなかったぎゃ。でも台所には何か変わったところはなかったと思ったがなも。」

 ヤモさんも最初の頃はヒロくんの「体」を探していたのだ。


「キッチンセットの下の床は継ぎはぎになってたところはなかったの?」

 勢いを得た美里亜の質問に、九郎が思い出しながら答える。

「たしかに・・・。一部腐ってたところはあって、大工さんに直してもらったけど・・・。でも板が継いであるところはなかったと思うな。」

「で・・・でも・・・」

と言いかけて美里亜が論拠を失うと、樹がそれにトドメを刺した。

「キッチンの改装前は覚えてるけど、正面にタイルが貼ってあった。あれ、イタリアンタイルだったから、当時はけっこう高いもんだったはずだ。それがそのままだったなら、キッチンを退けずに箱の中の床板だけ取り払って、穴掘って?

子どものし・・・からだとはいってもそれを埋めて隠すほどの穴を掘るのは、その狭い空間の中では難しいだろう。」


「じゃあ、庭なの? こんな広い庭の中から手がかり探すなんて無理じゃない?」

 美里亜が聞くと、樹はちっちと指を横に振った。

「それはない。ヒロくんはこの家(・・・)から外に出られないんだ。体があるのは、この家の中なのさ。ねえ、ヤモさん。」

 ヤモさんはなんだか要領を得ない曖昧な表情をした。


「みんなさ。」

 樹が右京よろしく後ろ手を組んで、得意そうに話し始めた。

「埋めるというと床下や地面を連想するんだけど、必ずしもそうとは言えないんじゃないかな。」


「オレは、この家の外と中を歩いてみて、あることに気がついたんだよ。」

 そう言って樹は、ゆっくりと歩いて暖炉の前に行った。

「この暖炉の左側には壁に埋め込まれた造り付けの飾り棚がある。———じゃあ、この右側の壁にはなぜ何もない?」


 言われてみれば、右の壁には棚もなく、壁のままだ。

「オレは外も歩いてみたが、この部分だけ外側が凹んでることもなかった。」

 樹は壁を拳でトントン叩いてみせる。

「空洞でもない。ぶ厚い壁だ。・・・・・なぜ?」

 樹はヤモさんを見た。

「ここは元から、こうでしたか?」


 ヤモさんは少し狼狽えたような表情を見せた。

「か・・・壁のことは、よう覚えとらん・・・。」


 ヒロくんが、すうっとヤモさんの背後に半分隠れるように現れて、少し哀しそうな目で上目使いに樹を見上げた。

「そ・・・・」

 何かを言おうとした樹が、その目を見て言葉を呑み込む。


「そうだとして・・・」

 九郎が、この探偵ごっこの中で初めて口をきいた。

「掘り出す必要があるのかな。・・・掘り出して、供養した方がいい?」

 ヒロくんが、びくっとして九郎の方を見る。九郎の目が、ちょっとあやかしのような色を帯びている。

 あ・・・、また、あの目だ——。と樹は思った。


「わたしは・・・」

と美柑が言った。

「ヒロくんに、消えてほしくない・・・。ヒロくんが、供養してほしいんなら・・・わがままは言わないけど・・・。少なくとも、わたしが生きている間は・・・ヒロくんとここで話したりお茶したりしたい・・・。」

 美柑はちょっと泣きそうな目をしている。


 そんな美柑に、ヒロくんがすっと寄っていって、ぺたっ、と抱きついた。その顔が嬉しそうに微笑んでいる。

 ヒロくんの顔から、あのアザが消えていた。



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