4 居るよ
美大、というのは物好きが集まるところらしい。
九郎の新しい住処の話に、大学の友人たちは色めきたった。
「それは! 新しい鬼乃崎ンちに行かないという選択肢はない——!」
「ねぇ! 出るの? 出るの? お化け♪」
「行きたぁい♪ ——つか、行くぞ!」
「今日の帰り、みんなで見に行こうよぉ!」
しまった、言わなきゃよかったかな——。と九郎は少し後悔したが、後の祭りだった。
こいつらなら、こういう反応になることは予測できたよな・・・。
「オレの都合はお構いなしかよ?」
「鬼乃崎の都合より、お化けの都合優先!」
「覚王山、交通の便いいしィ。オサレな店多いしィ——。ちょうど夕暮れ時になるしィ♪」
「マジでヤバいかも知んねーんだぞ?」
「だから、いいんじゃないのぉ。出来合いのお化け屋敷なんかで、クリエイティブな名美生が満足するとでも?」
引っ越し早々、デザイン科30人のうち、4分の1にあたる7人がわいわいついてくるというお祭り事態になった。(九郎も入れれば8人だから、4分の1超か)
地下鉄の覚王山駅を出てから、日泰寺の参道の方へ入る。
「オレんち、こっちだけど?」
曲がり角で立ち止まった九郎に、飯島美里亜がにぱっと笑った。
「わたしら、そこまで常識ないわけじゃないよ。お母さんもいるんでしょ?」
「これだけの人数で押しかけるんだから、手土産くらいは買ってくことにしたんだ。金出し合ってさ。」
「ほら、この先の店の紅茶。美味しいって有名じゃん。」
「クッキーも買おまい。」
「そんな・・・。気ぃ使わなくても——。」
古くからあるその店の商品は、学生が買うにはやや高めの値段だ。
「気にすんなって。オレたちも食べる気なんだで♪」
佐伯真人が親指を立てた。
「鬼乃崎ンちでミニコンパやるみたいなもんだよぉー♪ お酒はさすがに問題ありだと思うけど——。」
「鬼乃崎は『お化け』提供の係な。」
こいつらは——。常識があるんだか、ないんだか・・・。
「うん。何か居る——。」
霊感がある。と自称している塩津美柑が、玄関を入るなり挨拶もそこそこに言った。
「やめろよ・・・。じょ・・・冗談でも・・・」
「なあに? 鬼乃崎くん、怖いの?」
美里亜が面白そうに言うと、母親の幸子もそれに乗った。
「そうなの。一緒に寝てあげようかって言っても断るくせに、夜1人で呪文みたいなのぶつぶつ唱えてるのよ。」
「そ・・・! そんなこと! みんなの前で言うことないだろ?」
美里亜がころころ笑いながら、たたみかけた。
「お母さんと一緒じゃあ、いくらなんでも恥ずかしいよねぇ。なんなら、わたしが泊まってあげようか? それとも美柑の方がいい?」
「あらまあ、九郎も意外とモテるのかしらぁ?」
「ぜ〜んぜん。」
と美里亜と美柑が声をそろえた。
おもちゃにされている。
母親の幸子は、こういう学生っぽいノリが嫌いではない。ややもすれば、歳のわりに学生くささが抜けきらないようなところがあった。
早速、いただいた紅茶を入れてクッキーと家にあった菓子を一緒に皿に盛り、すっかり同期生みたいな雰囲気で溶け込んでいる。
「そうなの。閉めてあったはずのドアがね・・・」
と、この前の話を「いかにも」な感じでしてみせる。
みんなが一斉にドアの方を見たが、何も起こらない。
みんなでわいわいお茶を飲みながら、怪談話やバカ話をして2時間ほどを過ごしたが、その日は特に何かが起こるということはなかった。
「結局、ただの雰囲気だけだったなー。」
「つまんな〜い。期待してたのにぃ。せっかく高い紅茶持ってきてやったんだから、お化け担当、ちゃんと働けよぉ。」
「勝手に押しかけてきたくせに——。」
「おばさん、お邪魔しましたぁー。」
「でも、居るよ。」
帰り際、てんでにテキトーなことを言いながら皆が靴をはいている中、美柑が真顔で言った一言に一瞬全員の声が途切れた。
「居るけど、今のところ害意は感じないなぁ・・・。」