39 アイドル?
ライブカメラが突然バズった。
チャンネル登録者数が1晩で万を超えたのだ。
「何が・・・起こったんだ?」
九郎が呆然とつぶやくと、幸子が嬉しそうに言った。
「お客さん、増えるかも ♪ 」
2人がそんな会話を交わしていた朝の時間帯、樹からLINEがきた。
<すごい! 幸子さんパワー!!>
なんだかワケのわからないスタンプもいっぱい送られてきた。
それでも足りなかったのか、樹はその後すぐ九郎のスマホに電話をかけてきた。
「見た? 再生回数!」
声がややうわずっている。
「見たけど・・・。なんで? 急に・・・」
「昨日、オレたちが帰った後、幸子さん、ヒロくんに読み聞かせやっただろ? ライブカメラの前で!」
「え? それがウケたの?」
「その後、にこって笑って幸子さんの顔を見上げたヒロくんが、そのまま幸子さんの腕の中で、すうーっと消えるとこが写ってたんだよ! それをたまたま見てた人がその読み聞かせ部分保存して、拡散したんだ! オレはその拡散動画の方を見た!」
樹は興奮している。
「鬼乃崎! とにかく、その読み聞かせ部分の録画を急いで保存しろ! 上書きされる前に! 配信動画に加えるから!」
九郎もやっと、なぜ樹がこんな時間に慌てて電話してきたのかわかった。九郎も食べかけのトーストを置いて、慌てて自室のパソコンの前に行き、ライブカメラ映像の「その部分」を別のフォルダに保存した。
樹が電話してこなければ、九郎たち母子では決して思いつきもしなかったことだろう。
「保存できたよ。」
九郎がつながったままのスマホに向かって言うと、樹のホッとしたような返事が返ってきた。
「よかったぁー。オレ、また今日そっち行くわ。」
樹は10時には『ペンション幸』にやって来た。喫茶はまだ開店したばかりでお客さんはいない。
「見た? コメントも。」
開口一番、樹が言ったのはそれだった。もちろん、九郎も見ている。美柑や美里亜からもラインが入っていた。
好意的なコメントが圧倒的で、子どもの幽霊がすごくかわいい、という感想も多かった。「フェイクだろう」というようなコメントも少しだがあった。
少し自慢げに「自分は実際に見た」と書き込んでいるのは、たぶんここに来たことのあるお客さんだろう。
「でもやっぱり、フェイクだとか書き込むヤツいるんだな。」
九郎が言うと、樹は
「放っとこう。」
と返した。
「今回は別に荒れてないし、少しは信憑性に疑問符がついてるくらいの方がいい。荒れてきたらまたお鈴さんに頼めばいいし——。」
頼めばいい——って、お鈴さんは樹の思い通りには動かないと思うよ。あの人は自分がやりたいことだけやってるよ。まあ、妖怪たち、みんなそうだけど・・・。
そう口に出かかってから、九郎は(お鈴さんは言われなくても動くだろうな——。)と思った。
それどころか、ヒロくんを誹謗中傷するようなヤツが現れたら、おそらくここの妖怪たちは皆一斉に、よってたかって祟りをなすだろう。下手をすれば命に関わりかねない。
もっとも、あの動画を見てそんな悪意のコメントをしようなどと思うヤツは、よほど捻くれているんだろうから、ひょっとしたらすでに邪悪な何かに取り憑かれているのかもしれない。
動画の効果は『ペンション幸』に「ご利益」をもたらした。
「あの子どもの幽霊に会いたい」と、コロナの中でも訪ねてくるお客さんがけっこう出てきたのだ。
根拠の定かでないPCRゲートも面白がってもらえているようだった。ただ、こちらは今のところ引っかかった人はいない。あの古物商を除けば。
「これホントにコロナをブロックしてるのかな?」
美柑がそんなふうに言うと、
「大丈夫だぎゃ。」とヤモさんが自信たっぷりに答えた。根拠は定かでない。なにしろ妖怪なのだ。
ところで、やってくるお客さんは、なかなかヒロくんには会えなかった。お鈴さんやヤモさんやナナシちゃんには会えるのだが、ヒロくんは恥ずかしがってドアの隙間からそっと覗くくらいなのだ。
その目が見られればラッキー! というような状況だった。
樹は、やがてお客さんたちが諦めて来なくなることを心配した。しかしヒロくんは、樹が口を酸っぱくして説得しても、ふるふると顔を横に振って後じさり、消えてしまうのだ。
樹はヤモさんを口説こうとしたが
「わしゃあ、ボンと家を守っとるだけだで。」と、断られてしまった。
「ヒロくんのブロマイドでも売ろうか?」
という樹のアイデアは、ヒロくんが写真に写ってくれないのであっさり頓挫した。
何か、樹は少し焦っているように見える。
「大丈夫だよ、樹。お客さん、むしろ増えてるし。母さん、早く調理師免許とってくれるといいんだけど。」
「これは・・・」
と樹はちょっと心配そうな顔で言う。
「間違いなくヒロくん効果だと思うんだけど・・・。それだけに、あんまり姿が見えないと、そのうちまたフェイク説が幅を利かしてくるんじゃないかと・・・。」
「大丈夫ですよ。」
と言ったのは、たまたまこの時間帯1人だけの客になっていた小松涼太だった。
涼太はあのあと、ここの常連になってちょくちょく来てくれていた。あの高校生3人組の中では、いちばん頻繁にやってくる。
必然的に妖怪たちとも仲良くなり、今もヒロくんは涼太と同じテーブルの席に座って一緒にお茶を飲んでいた。
これが別のお客さんが入ってきたりすると、ヒロくんはすぐ消えてしまうのだ。
「同好の後藤さんならわかると思うけど・・・」
と涼太は言った。
「簡単に会えるような幽霊だったらつまらないでしょ?」
ああ、そうか。
と樹も九郎も納得した。プレミア付きアイドルになってるのか——。
「そうか・・・。」
と樹が妙な目をした。
「そうか。遊郭と同じ・・・。花魁に会いたきゃ、足しげく通ってお金を落とさないといけない——と。・・・これは、もっと稼げるかもしれないぞ。」
「樹——。あんまり欲かくと、そのうちあの門通れなくなるぞ。」




