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幽霊屋敷へようこそ  作者: Aju


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37 矢田さん

「オレは・・・」

と九郎がティーカップを持ったまま口を開いた。

「オレたち母子おやこは、ヒロくんのものを売ったりするんじゃなくて、自分の力でこれを活用していかなきゃいけないと思うんだ。」

 だから、『ペンション幸』としてこの家を守り抜きながらやっていく方法を考えたいのだ、と九郎は言う。


「・・・で、オレなりに考えたんだけど、あの家具がそんなプレミアものなら、いっそそれを表に出して『プレミア付きのアンティーク家具のある部屋』ってことで、もう1つ付加価値を増やすというのはどうだろう、樹?」

 ずずっ、とヤモさんが美味そうにお茶をすすっている脇で、九郎が新しい『ペンション幸』の売りを樹に提案した。

「い・・・いいけど・・・。それでどの程度お客が来るかは・・・。それに・・・」

「カメラの向きも、元に戻そうよ。」

 九郎が言うと、樹はちょっと眉を寄せた。

「泥棒に入られるかもしれないぞ?」

「入れないよ。結界があるもの。それにもし入れたとしても、今度は出ていけないさ。」

 そんなふうにこともなげに言う九郎の目が、さっきのヤモさんの目に似ている。


 樹は思わず九郎を見返し、それから思わず幸子さんの方にも目をやった。

 この鬼乃崎母子(おやこ)は本物か?


 幸子さんは、いつもの幸子さんだった。樹がもう一度目線を戻したときには、九郎の目もいつもの九郎の目に戻っていた。

「なに? オレの顔になんかついてる?」




 翌日、あの古物商が再び鬼乃崎邸の門の前に現れた。やはり入れないらしく、門の前で行ったり来たりしながら背伸びして中を覗き込むようなしぐさをしている。

 また空が曇ってきた。


 九郎が、しようがないな、という顔をしながら、門のところまで行って相手をした。喫茶にも入らないなら、邪魔だから帰ってほしい。

「あれ、売り物じゃないんで。」

「い・・・いやいや、ただ見るだけなんで・・・。」

 男は九郎を見ていない。九郎の肩越しに家の中を覗き込もうとするその目には、明らかに欲に取り憑かれた者の色が現れている。


 九郎のすぐ背後うしろで、バサッ、という音がして矢田さんの声が聞こえた。

「入ってもいいですが、出られなくなるかもしれませんよ?」

 え? それ言っちゃっていいの? と思って九郎が振り向くと、矢田さんは昨日のヤモさんと同じような目をしている。

 男は、その矢田さんの言葉で何かの呪縛が解けたようにして門を、ぎいいぃぃ、と押し開けた。


 九郎は少し不安そうに矢田さんをチラ見したが、矢田さんは自信たっぷりに先に歩き出した。

 男はよだれを垂らさんばかりの表情で、やや腰をかがめるようにして矢田さんの後をついてゆく。

 九郎はその後をついて歩きながら、何か不穏なものが家の中に入っていくような一抹の不安を覚えた。


「大丈夫ですよ。ただお見せするだけです。」

 矢田さんは九郎の不安を察したのか、顔だけを九郎の方に向けて帽子をひょいと持ち上げてみせた。ただ、その首だけが、人にしては不自然なほど背中の側にまで回っている。そう。まるで鳥みたいに——。

 男はそういうことにすら気がついていないようだった。



 例のチッペンデールの前に来ると、男はもうなりふりを構わないほど欲望をむき出しにした顔になった。

「こ・・・これは、本物だ! こ・・・この肩のところに装飾がない。欠けてるんじゃない。初めから無いんだ! 間違いない! これは、幻の試作品だ! どうして、これがここに !? 」

 男が家具に掴みかからんばかりの気色を見せると、矢田さんが家具と男の間に体を差し入れた。

「見るだけのはずですよ。」


「100万、いや、150万出してもいい!」

 樹の推理が当たっているなら、そんな値段ではあるまい。男は背中にまで欲望が浮き出ているようだった。

 男は矢田さんの脇に回り込もうとするが、矢田さんがそれを許さない。そんな男の髪の毛を掴んで後ろに引っ張っている太い手がある。その腕の根元の方に、怒った顔のヤモさんの体がうっすらと見えた。

「売るつもりはありません!」

 九郎も男の背後から強い調子で言い切る。


「それほどお好きでしたら、もっといい物をお見せしましょうか?」

 矢田さんは男の欲望をさらに刺激するようなことを言い、九郎を見て帽子を持ち上げると、にったりと笑った。

 矢田さんが廊下へ出て歩き出すと、男も矢田さんの歩く方へふらふらとついてゆく。まるで矢田さんに魅入られてしまったかのようだ。

 これが、妖魔にたぶらかされる、というやつか。


 矢田さんは廊下の突き当たりの扉を開けた。

 あんなところに扉があったっけ?


 扉の先には石畳が続いている。2人がその石畳に足を踏み入れると、扉はひとりでにパタンと閉まった。

 九郎が近づくと、その扉はふうぅ、と消えて、そこはただの漆喰の壁になってしまった。右は3尺の物入れで、左は勝手口へと続く。いつもの家の作りだ。


 ああ、もののけみちか——。


と、九郎はもうこういうことでは驚かない。

 やっぱり、出られなくなったな——。



 しばらくしてから、バサッという音とともに矢田さんは庭に降り立ち、すっと人の姿に立ち上がった。


「あの人、どこへ連れてっちゃったんです? 物の怪になっちゃったんですか?」

 居間に戻ってきた矢田さんに、九郎がちょっと気の毒そうな顔を見せて聞くと、いつもの柔和な顔の矢田さんはまた帽子をひょいと持ち上げた。

「まあ似たようなものかもしれません。でも、本人はけっこう幸せなんじゃないでしょうか。壺中天って知ってます?」


 それから矢田さんは、幸子の用意したミントティーのカップを手に持って、こんなことを言った。

「私はこう見えて、人の案内をするのが本業みたいなものでして———。大昔には、やんごとなきお方の道案内をしたこともあるんですよ。」



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