36 持ち主
「て・・・天井知らず・・・ってどのくらい?」
美里亜が目をまん丸にして樹に詰め寄った。
「わ・・・、分かんないよ。何百万か、下手すりゃ1千万超えかも・・・。」
美里亜が、それがまるで自分の手に入るお金であるかのような顔をする。
「でも全部、ただのオレの憶測だからな? だいたいオレたちには、プレミアが有るのかないのか、その特長となってるのが何なのかさえ分かってないんだぜ? そのオッサン連れてきて鑑定させた上で値段交渉でもやってみれば、だんだんボロが出てくるかもしれないけど・・・。」
「あの人は、門を通れなかったよ。」
と、これは九郎。
「え? それって感染してたってこと?」
美里亜の表情の変化は忙しい。美柑がそれに答えた。
「その『欲望』が邪気となって入れなかったのかもしれないよ。入れない方がいいんじゃない?」
「でもさ! もし何百万だったら、鬼乃崎クン、この先授業料の心配しなくてよくなるよ。1千万超えだったら、当面生活の心配もないじゃん! わたしたちスタッフの給料だって、上げてもらえるかも——!」
「そういうの、取らぬ狸のナントカって言うんだぜ。美里亜。だいたいまだ高額がつくと決まったわけじゃないし、まずはそのオッサンと駆け引きしてみないことには・・・」
樹がそこまで言ったとき、部屋がすうっと冷えた。
6月だというのに、皆がぶるっと震えた。九郎だけが他のみんなとは違って、静かな表情をしている。
そして、意外な一言を放った。
「売らないよ。」
え? と皆が怪訝な顔を九郎に向けた。
いつの間に現れたのか、九郎の背後にヒロくんが立っていた。何だか泣きそうな目をしている。
「売らないよ。」
と、もう一度九郎ははっきり言い切った。
「だって、あれはオレのものじゃない。」
皆が「えっ?」という顔をしたが、九郎は続けた。
「昨日から思ってたんだよ。親父が金出して買ったとか、オレがそれを相続した、とかそういうことじゃなくて・・・。この家は、ここに有るものは、みんなヒロくんのものなんだと思うんだ。」
「うん。わたしもそう思うわ。」
キッチンにいた幸子が、みんなのお茶を用意しながら会話に加わった。
「この家はずっとヒロくんのもので、私たち母子はここに住まわせてもらってるだけなのよ。・・・そうよね、ヤモさん?」
幸子の用意したカップが、なぜか7つある。
「うほほほ・・・。その通りだぎゃ。」
突然、ヒロくんの背後にヤモさんが、ぼうっと現れた。
「売ると言ったら、追い出そうと思っとったがね——。」
笑ってはいるが、その目はいつもの陽気なヤモさんのそれではない。間違いなく祟りを為すだろう妖魔の目だった。
九郎を除くスタッフ3人が背筋に冷たいものを走らせたその時、背後から冬の陽だまりみたいな声が聞こえた。
「ヤモさんの分もあるわよ、お茶。」




