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幽霊屋敷へようこそ  作者: Aju


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33 資産家の困窮

 6月に入れば戻ってくるかと思っていた日常は、期待通りには戻ってこなかった。再び感染が拡大し始めたのだ。

 相変わらずペンションのお客さんはゼロで、喫茶だけがかろうじて営業を続けていた。

 そんな『ペション幸』を支えているのは、お鈴さんのレシピ動画とヤモさんのマスク動画だと言ってもよかった。


「マスクの妖怪に会いたい!」

とわざわざこのコロナ禍の中やって来るお客さんもいる。が、やはりさすがに数は少ない。

 そういう人には、ヤモさんはいつきの演出に沿ってもれなくサービスしてくれた。座っているテーブルの前に、あのおちょぼマスク顔で、ふわっ、と突然現れるのだ。


 そのインパクトといったら!


 気が向けば踊っても見せる。

<見た! アベノマスク妖怪!>

というツイートと動画は、「医療崩壊」や「オリンピックは中止か」といったメジャーな話題の中でも、それなりのトレンドにはなった。

 本家の『ペンション幸』の動画にも訪問者数が増え(出歩けないこともあったかもしれないが)、それなりの広告収入も入った。


 ・・・が、九郎の後期授業料に見合うまでになるかどうかは、喫茶やグッズ販売の収入を足しても微妙な情勢だ。しかも、来年になればまた固定資産税もやってくる。古い家が建っているとはいえ、一等地の固定資産税は馬鹿にならない金額なのだ。少なくとも、今の状況の九郎にとっては・・・。


(資産家の息子って、大変だぁ・・・)(T_T);


 国民年金は一旦支払い猶予の手続きをとったが、健康保険料は払わなくてはいけないし、電気代もガス代もいる。もちろん、物の怪でない九郎たちには食費だって・・・。


「なんとなりゃあ、灯りくらいは点けられるでなも。」

 ヤモさんがそう言うと、ヒロくんがにこにこ笑ってそこらへんに人だまをいくつか、ふわふわと浮かせた。

「い・・・いや、それは・・・まだ・・・。もうちょっと困窮してからでいい。」



「庭で畑でもやろうかなぁ・・・。とにかく、食糧に使う現金も減らさなきゃなぁ。」

 九郎がそんなふうにつぶやくと、キッチンにいたお鈴さんが振り向いた。

「現金なら、わたくしが作って差し上げますのに。」

「いや・・・、だから、それ使ったら相手が迷惑するでしょ?」

「だから、宝石を1つ置いていきましょうか、と言ってるじゃありませんか。」

 いつ入ってきたのか、矢田さんがソファに座って帽子を持ち上げている。

「だってそれ、換金できないじゃないですか。盗品でしょ?」

「買い取ってくれる店、紹介しますよ?」

 こ・・・・この人は・・・。

「いや、そういう話には乗りません。そっちの世界には深入りしたくないです。」

 九郎にしては珍しく、きっぱりと言い切った。


「山のものでよければ、わたくしが食べられるものお持ちできますことよ? キノコとか山芋とか大丈夫です?」

「あ・・・、それは、ありがたいかも。」

 九郎は特にアレルギーというようなものはない。こと、こうなってみると、何でも食べられる体質はありがたいことだった。

 お鈴さんは、昔ながらの野菜の種なら入手できるという。それもありがたくいただくことにした。

「よし! 食べる物さえあれば、何とかなるかも。」


「ここは屋敷(家の敷地全体のこと)も広いから、米も作ったらどうです?」

 矢田さんがまた帽子を持ち上げて言う。この人は・・・。また無責任なことを・・・。

「畑だって初めてやるのに、田んぼなんてムリですよ!」

 主食の穀物は、とりあえずお金を出して買うしかない。


「ヒエやアワの種でしたら、わたくし持って来られますことよ。」

「ヒエ・・・や、アワ・・・ですか?」

 九郎は、そういう穀物は社会科の教科書で名前を見たことがあるだけでしかない。米を食べられない貧しい農民が食べていたとか・・・?

「あら、ご飯に混ぜて炊くと美味しゅうございますことよ。畑でできますしね。」

 お鈴さんは、明日にでも野菜の種と一緒に苗を持ってきてくれるという。

「とりあえず今年はアワの苗を・・・。6月では、種で蒔くには少し遅すぎますものね。発芽したばかりの可愛らしいのを持ってまいりますわ。」


 ありがたい。

 本当にありがたい。・・・けど、お鈴さんはどうしてこんなに親切なんだろう? 

 ヒロくんはここのあるじで、ヤモさんはここの家守りだけど、九郎たちはまだここに引っ越してきてから1年にも満たないただの「人間」なのに・・・。



 翌日、約束どおりお鈴さんは野菜の種と芽吹いたばかりらしいアワの苗を10本ほど持って、裏庭のもののけ(みち)から現れた。

「ほら、これがアワの苗ですの。」

「こういうもの、どこから持ってくるんですか?」

「もののけ路をずっと行った先に、年寄りのお百姓さんがいらしてね。その方から分けていただいたんですの。」


 もののけ路をずっと行った先・・・?


「その人・・・、人間なんですか?」

「半分は違いますわね。天保の飢饉の頃こちら側に来て、それ以来ずっとそこでお百姓さんやってらっしゃいますもの。わたくしとは古い知り合いですから、いろいろとご無理を聞いていただけますのよ。」

 お鈴さんはちょっと自慢げにそんなことを言った。

 天保・・・ですか。 お鈴さんっていくつなんだ?


 しかしまあ今は、レディ(?)に対してそういう詮索をするのはやめて・・・。種も手に入れてもらったことだし——。


 よおっし! 畑、作るぞ!


 九郎が腕まくりをしてくわを振り上げ、庭の一角に挑み始めると幸子が奥からテラスに出てきた。

「あら、クーちゃん。そんな時代がかったもの、どこにあったの?」

「納屋にあったんだよ。昭和時代の農機具とか機織はたおり機みたいなものもあったよ。」

「え? 機織り機? わたし、やってみたかったの、それ!」

 幸子が目を輝かす。

「埃だらけだよ。それに使い方わかるの?」

「探せばどこかに教室くらいはあるんじゃない? 名古屋は都会だし、覚王山はおしゃれな街だし——♪」

「このコロナ禍だよ。第一、授業料どっから出るのさ。」

 幸子は、うっ、と言葉に詰まった。

「そうだった・・・。それでクーちゃん、畑作ってるんだもんね。わたしもまず、調理師免許取らなきゃね。真面目に勉強します——。」


 九郎が再び慣れない腰つきで鍬をふるい始めると、幸子がお鈴さんにお礼を言いながら、ふと思い出したように言った。

「それはそうと、クーちゃん。学校の課題の方は大丈夫なの?」


 そうだった———っ!

 課題もあるんだ!



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