31 祟り
しかし、動画に人気が出てくるといいことばかりではない。好意的なコメントの他に、明らかに悪意のあるコメントも入るようになった。
見え見えのフェイク動画ですねww
着ぐるみ 草
マスクしてない
・・・・
みたいなものから、ちょっとここに書けないような酷いものも混じっている。
ムキになって反論しているのは、たぶん敷島さんだろう——と九郎にも想像がついた。しかしそれが、かえって動画の周りの空気を荒んだものにしてしまっている。
「なんか・・・こんなんなってくると、ちょっとヘコむな・・・。」
「見なきゃいいんだよ、そんなもん。お客さんは増えてるんだし。」
ちょっと元気のない九郎に、美柑が怒ったような顔で言う。
「お鈴さんやナナシちゃんには、コメントは見せられないな・・・。」
そう呟いた途端、九郎のすぐ背後で声がした。
「何ですの? 米の戸って——。」
うわ! お鈴さん!!
いつの間にそこにいたのか、九郎の肩越しにお鈴さんがタブレットを覗き込んでいた。
「まあ! わたくしの尻尾がニセモノだなんて。酷い誤解ですわ。」
「こ・・・これは!・・・・いるんですよ。NETの世界には・・・。こういうひねくれたヤツが・・・。一定数・・・。」
「わたくしたち、だいたいマスクなんてしなくたって感染なんかしませんのに。しかも、ナナシちゃんのことまでこんなふうに言うなんて!」
お鈴さんはヘコむどころか、ちょっと怒った顔をしている。
「こんなのは、ただの卑怯者だよ。どこの誰かわからないのをいいことに、憂さ晴らししてるような。」
美柑がやっぱり怒り顔で言う。
「そうそう。名前晒すって言われたら、ピタッと黙るようなやつらだよ。気にする必要ないって。」
美里亜はあまり怒った表情も見せず、ケロッとした顔をしている。
「美柑の技術で、そういうのあぶり出せないの?」
「わたしはハッカーじゃないよ。IPアドレスまではすぐわかるけど、そこから先たどるのは難しいんだよね。プロバイダーは滅多なことじゃ個人情報は開示してくれないし——。」
HTMLでサイトを作れるくらいだから美柑はそういうことにもそこそこ詳しいが、ハッカーはまた次元が違う。
樹は——というと、今日はここにはいない。教養課程の補習で捕まっているのだ。『ペンション幸』にかまけすぎて、赤点取ったらしい。
そして・・・。
「薄荷? 愛ぴい・・・? ぷろばい・・・?」
お鈴さんはこの手の話にはついていけない。美柑とは対極にいる。
が、お鈴さんには別のスキルがあった。
「どこにいる何者かは、すぐにわかりますことよ。」
「え・・・?」
「こういう言葉には邪気が注ぎ込まれているんですのよ。邪気があれば、それを注ぎ込んだ者がどこにいる何者か——は、わたくしたち妖魔には筒抜けですわ。『愛ぴい』なんて必要ありませんの。」
そう言うお鈴さんの眼には、かすかに恐ろしげともいえる微笑が浮かんでいる。
この人は・・・・・。
普段、友好的で親切だから忘れていたけど、やっぱり妖魔なんだ・・・。
「わたくし、ちょっと行って祟ってまいりますわ。わたくしのことはともかく、ナナシちゃんに対する言葉は許せませんもの。」
そう言ってお鈴さんは、庭に面した開き窓をさあっと開け放った。
「ちょ・・・お鈴さん・・・? たた・・・?」」
次の瞬間、お鈴さんは二股に尻尾の割れた狐の姿になり、そのまま窓から庭に向かって飛び出した。
「お鈴さん!」
がさっ
という草むらに入る音も聞こえず、お鈴さんの姿は消えた。
窓のすぐ外に、もののけ路の入り口があるのだろうか?
「た・・・祟る・・・って?」
九郎が少しだけ顔を青ざめさせる。
まずくないか? その展開は・・・・。
「大丈夫だがや。」
そんな九郎の心中を見抜いたかのように、ヤモさんがボワっと現れて呑気な声を出した。
「命まではとりゃあせんで——。」




