30 お鈴さん
「人間のふりしてお料理の作り方を見せればよろしいのね?」
お鈴さんが目を輝かせてそう言うと、樹は指を横にちっちと振った。
「堂々と尻尾出してやってください。いつもみたいに、尻尾でお箸やお玉持ってもいいです。——てか、それでお願いします。普通にお料理動画やっても、みんなが食べたいと思ってるようなものにヒットしないと再生回数伸ばすの難しいですから。
妖怪とお料理レシピ——というこの意外性のある組み合わせなら、絶対バズると思うんで!」
「ばず・・・?」
「あ、えっと・・・。人気が出ると思いますんで——。お鈴さんの料理、美味しいし。」
「味見もできますの? ゆうちゅうぶって・・・。」
久しぶりに全スタッフが『ペンション幸』に集まっている。
「美味しい——っていうのが動画で伝えられるといいんだけどねぇ。」
美柑がそう言うと、美里亜がケロッとした顔で答えた。
「ナナシちゃんに食べてもらえばいいんじゃない? あの子、すっごく美味しそうに食べるもん。」
「モロに出すわけ? ナナシちゃんを?」
「なあに? かわいいじゃない、ナナシちゃん。」
いや・・・、それは・・・・。見慣れてるオレたちだからじゃないのか? なんか、違う方向に行っちゃったりしないか? ・・・動画。
九郎の心配をよそに、樹もその案に賛成した。
「いいと思うな。妖怪動画なんだし。これまでの恐怖路線から発想を転換して、明るく楽しいアットホームな妖怪ペンションで売ってみようぜ!」
アットホームな? 妖怪ペンション・・・?
まあ、それは・・・、たしかに実態に近いかも———。
「わたし、頑張って調理師免許取らなきゃね。」
幸子は5月からのオンライン講習に申し込んでいる。コロナが収まったあと、お鈴さんの料理でお客さんを呼び込むにしても、調理師免許を持った人間がいないと合法的に提供できないのだ。その講習費用や受験費用だって、とりあえず稼がなくてはならない。
「それくらい、わたしが貸してあげるよ。鬼乃崎クン。SDG投資とかってやつ?」
「ESG投資!」
美里亜のいい加減な言葉に、樹がすかさずピシリと訂正を入れた。
「妖怪ペンションに投資するのがESGにあたるのかどうかはビミョーだけどな。」
「そ・・・そこまではいいよ。こうして手伝ってもらってるだけでも、すごく有り難いと思ってるから——。」
九郎は片手を小さく振って遠慮した。そもそもは鬼乃崎家の相続問題であり、幸子と九郎の個人的な問題なのだ。
いくら同じデザイン科の仲間とはいえ、金銭面まで世話になるわけには・・・。
「何言ってんの、鬼乃崎クン? これはボランティアなんかじゃなくて、レッキとしたビジネスなんだからね? 出た利益の配分は期待してるんだし、当然、投資のリターンだって期待してるよ?」
「・・・・・・・・・」
良くも悪くも、これが美里亜だ。美里亜らしい。(^ ^;)
お鈴さんの動画は、期待以上のバズり方を見せた。あっという間に再生回数もフォロワー数も跳ね上がり、基準越えどころか『ペンション幸』のアカウントは「ユーチューバー」としてそれなりの広告収入が得られるようになったのだ。
「すごい!」
「やったね、お鈴さん!」
「コロナになってから初めて利益の配分が——!」
はしゃぐ美里亜の脇で、樹が冷静に配分比率の発表を始めた。
「一応、オレの案を言いますから、意見があったら言ってください。今回プロデューサーはたいした仕事をしていないので、配分比率は10%。アイデアを出した幸子さんには25%。出演者のお鈴さんには・・・」
「あら、わたくしはお金は自分で作れますから、必要ありませんことよ。」
・・・・・・・・・
「・・・いや、それ、葉っぱになっちゃうやつでしょ?」
泊まりの予約はないが、喫茶にやってくるお客さんはぽつぽつと増え始めた。もちろん、動画の影響が大きい。
門を通れれば感染していない可能性が高い、というインチキくさい話もそこそこ知れ渡り、面白半分に試しにくる人がそのまま喫茶のお客さんになってくれるのだ。
5月に入ってからは感染者数も少し落ち着いてきたし、政府が「Go to なんちゃら」と言い出してくれたことも追い風になった。
お鈴さんやナナシちゃんに会いたい、とやって来る人もいた。例の名古屋市内の高校生3人組もまたやってきた。
そういう人たちの前には、お鈴さんもナナシちゃんも堂々と姿を現して接客した。お客さまサービスである。
すでにナナシちゃんを見知っている涼太が他の2人にちょっとセンパイ風を吹かせているのを見て、九郎は内心可笑しがった。
元気になったみたいだな——。
「クッキー、おいしいよ。」
ナナシちゃんは、お茶のおつまみにクッキーを勧めて回る。お客さんがいくつか小皿に取ると、それを食べるまでじーっと見ている。お客さんが1つ口に入れて、「あ、美味し♪」という表情をすると満足して次のテーブルに向かう。
あの子は、きっとこれが「報酬」なんだな——、と九郎は思った。ナナシにとってクッキーの味を褒められることは幸子さんが褒められることと同じで、それはきっとこの人界での仮想の「お母さん」が褒められているような感覚になれる——ということなのかもしれない。
じゃあ、お鈴さんは?
彼女はなんで、こんなにも親切に手伝ってくれるのだろう? お鈴さんにとっての「報酬」は何なんだろう?




