3 気配
なんと言えばいいのだろう。
鬼の気配? 妖の気配? 何か・・・そう、人ならぬものが棲んでいるような気配が、この家にはあった。
ひと通りの掃除が済んで(窓枠のペンキや門扉の錆はまだそのままだったが)、九郎たちが住み慣れたマンションから引っ越してきた時、引っ越し業者のアルバイト学生が、門より中に絶対に入りたがらなかった(トラックから荷物を下ろす役にこだわっていた)のが少し気になった。
ご近所に引っ越しの挨拶に伺った時に、皆、笑顔の中に奇妙な表情を浮かべていたのも、少し気になった。
風もないのに、庭の木の葉がざわざわと揺れたのも少し気になった。
夕方、あたりの風景が少しずつ魔物たちの棲む世界の色に染まり始める頃、九郎はぶるっと体を震わせてから、ちょっと早めに居間の明かりを点けた。
真鍮製のプレートについた古い形のスイッチは、バチン、とひときわ大きな音を立てたような気がした。
天井から下がった泡入りガラスの照明が、きらきらと輝くような光を居間の中に振りまいた。
その光が、かえって部屋の隅の方に小さな闇だまりを作った。それがもやもやと動いているような気がして、九郎は目をこすった。
「全部白熱電球なんだな。」
「ステキじゃない? 今どき手に入らないでしょ。いい感じ♪」
きれいだな——とは思ったけれど、九郎はわざと少しふてくされてみせる。
「省エネとは言えないな——。」
「あら、契約電力は30Aだったから、建物全体としては省エネでしょ? 電子レンジは使えないわね。」
エアコンとか、どうするんだろう? と、九郎は思った。見たところ、そういうものは付いていなさそうだった。
今は11月だから、これから先しばらくは暖をとる方法くらいはなんとかなるだろう。一応、暖炉も付いている。
「暖炉、使えるのかな?」
問題は、夏だ。
最近は40度を超えることがある名古屋の夏を、エアコン無しでやり過ごせるとは思えなかった。
(まあ、契約電力を上げればいいだけか。)
そんなことを思っていた時、部屋の明かりが、ふっ、と瞬いた。
「え? ・・・・何?」
それだけではあった。・・・が。
九郎が不安を自分自身に隠すようにあたりを見回す。と、居間から廊下へのドアが少しだけ開いている。
あれ? さっき、たしか閉めたはず・・・。と、ドアノブのあたりをぼんやり眺めた九郎の背筋に突然、冷たい汗がどっと吹き出した。
ドアの隙間から——!
こちらを覗いている何かの目が見えたのだ。
「おかっ!・・・お母さん! あれ! あれ!」
九郎が真っ青な顔をして指差すドアの方を、母親の幸子がひょいと見る。九郎がもう一度見ると、そこには何もなく、ただドアが少し開いているだけだった。
「あら、開いちゃってるわね。金具がゆるいのかしら?」
立ち上がってドアの方に行き、ドアを少し開けて廊下を覗いてからパタンとドアを閉めた。
「ちゃんと掛かるわよ。あんた、きちんと閉めてなかったんでしょ?」
九郎はまだ、青い顔をしている。舌が痺れたようになって上手く回らない。
「め・・・め・・・め・・・・めぇ・・・!」
幸子は笑い出した。
「なぁに、クーちゃん。怖いなら一緒に寝てあげようか? 昔みたいに。」
母親がちょっと嬉しそうに言う。
その顔を見ているうちに、九郎もだんだん自分が騒いでいることが馬鹿馬鹿しいような気もしてきた。
「や・・・やめてくれよ。気持ちわるい——。」
お化けとどっちが「気持ちわるい」だろうか?
と一瞬思ったが、19歳の息子が夜中に40過ぎの母親の胸にしがみつく図を想像して、(それは、かなりキモチワルイ・・・)と思い直し、念仏を唱えてでも1人で耐えようと覚悟を決めた。
破邪の呪文ってどう言うんだったっけ——?
臨・兵・闘・者・皆・陣・・・・?