26 応援
爆発的にバズりはしなかったが、YouTubeチャンネルは九郎が心配したほど閑古鳥でもなかった。
毎日それなりの閲覧数があり、視聴回数は順調に伸びていた。この分なら、こちらはすぐに条件を満たしそうだ。
問題はフォロワー数である。これが、遅々として伸びない。
「たぶん、去年泊まってくれたオタクの人たちが応援も兼ねて訪問してくれてるんだろう。コメントも好意的だし——。」
ユーチューバーチャンネルを目指し始めて2週間ほど経った頃、樹は九郎にそんなふうに言った。
概ね好意的とはいっても、中には「見え見えのフェイク動画ww」というような嫌味なコメントも混ざる。
が、そういうものにはけっこう大勢が「自分は直に見た!」と反論してくれていた。中でも海外の事例まで挙げて猛然と反論していたのは、ハンドルネームではあったが、樹にも九郎にも、あの敷島英司さんだろうと推測がついた。
一度来ただけなのに———。
彼らのそんな応援が、こんな状況だけに九郎には身にしみてありがたかった。
「コンテンツ、頑張らなきゃな。早く稼げるようにしないと———。」
樹と美柑がオンライン会議でいろいろアイデアを出してくれ、それを手持ちの動画や新たに撮影した動画を使って九郎が編集してみる。
基本的にはPVと同じように(え? 今、いた?)と思わせるあたり、ぎりぎりのラインを狙って作る。
見せ過ぎるとかえって嘘くさいし、飽きられてしまう危険性もあると考えたのだ。
ナナシちゃんが廊下の端をすっと曲がって見えなくなる一瞬。黒ずくめの男性(矢田さんだ)がテラスに出ていったと思うと、ばさっとカラスが飛び去ってゆく・・・などなど。できうる限り、怖オシャレに作った。
それらの動画コンテンツはそれなりに視聴回数は稼いだし、コメントの反応も悪くはなかった。
・・・が、フォロワー数はやはりあまり伸びていかない。樹の言うように、固定のコアなファン層だけになってしまっている。
もちろん、フォロワーもじわじわだが伸びてはいるから、やがては規定の数には達するだろうが、たとえそうなったとしても今のままではとてものこと『ペンション幸』の収入源として期待できるような稼ぎにはならないだろう。
「甘かったかなぁ・・・・」
と、オンライン会議で樹がまた少し落ち込み気味の表情を見せた。
「わたしがそこの居間でお掃除しながら『歌ってみた』やってみようか?」
美里亜の提案を樹が即座に却下した。
「やめてくれよ。それ『ペンション幸』と何にも関係ないだろ。」
「なにさ。困ってるようだったから、言ってみただけじゃない。」
美里亜がパソコンの画面の中で、ぷうっとむくれる。
名美生の得意技だったはずのコンテンツは、いまいち一般ウケした広がりを見せない。デザイン科といっても、やっぱりまだ学生なのだ。お金を稼げるプロの道は甘くない。
一方で、意外にも喫茶の方には、ちら、ほら、とお客さんがやってきた。門を通りに来るのだ。
「通れた。」
「はい。ここの結界は邪気を通さないので、通れたということは感染していない可能性が高いです。」
感染していない——と断定はしない。これはみかんと樹が話し合った結果、取り決めた言い回しだった。
最近は美柑がアマビエの護符もどきを持ってたまに来る以外スタッフはオンライン参加なので、出迎えは九郎か幸子が行う。
これが意外にも広がりを見せ始めた。
訪問者が、錆びついた門の写真やアマビエのイラストの描かれた護符の写真、部屋に設置された定点観測のライブカメラの写真などをインスタにUPしてくれるのだ。
お茶飲んでる時に変な目玉がカウンターの隅に現れた、とか、人間じゃない何かが廊下の端をよぎった、とか、一瞬のことなので画像は撮れなかったとしながらも書き込んでくれることでライブカメラの視聴者数も伸びていった。
「ほらねぇ———! やってみるもんでしょ?」
たまたま護符の補充にやってきていた美柑がオンライン会議の樹に思いっきりドヤ顔を見せたことに、九郎は思わず吹き出しそうになった。
護符など郵便で遅ればよさそうなのに、美柑はなぜかわざわざ持って来る。
「ここ、居心地いいんだよね——。しばらくヤモさんたちに会わないと、禁断症状出そうなんだ。」( ̄∇ ̄)
そんな中、九郎たちにとっても嬉しい人が来てくれた。
小松涼太。『ペンション幸』の第1号のお客様である高校生3人組の1人だ。
「僕は、ハロウィンパーティーもカウントダウンも来れませんでしたから。」
ぎいぃぃぃ・・・と門を鳴らしてアプローチに足を踏み入れると、小松涼太は嬉しそうな笑顔を見せた。
「通れた。」
「はい。少なくとも、あなたは感染していませんね。」
答えたのは九郎ではない。九郎の背後の石畳のアプローチの上に、ばさっ、と1羽のカラスが舞い降り、その上にすっと黒い人影が立ち上がって帽子をひょいと持ち上げた。
「あっ!」と目を丸くした涼太の視線の先を九郎も振り返って見た。
「矢田さん!」
えらくまた、堂々と——。と少し驚いた表情の九郎に、矢田さんは口の端だけで微笑んで帽子を頭に戻した。
「ここに初めて来てくれた特別なお客さんですからね。今日は、特別サービスです。」
あ・・・わ・・・わ・・・。
「あ・・・い・・・今・・・・! ・・・から・・・す・・・?」
驚いているようにも喜んでいるようにも見えるよく分からない表情で、言葉になりきらない声を発した涼太に向かって、矢田さんはまた帽子を取って恭しくお辞儀をした。
「はい。カラスの矢田と申します。この姿の時は宝石商もやっております。よろしくお見知りおきを——。」
それから片手で玄関の方を指し示す。
「どうぞ、中でお茶でも。今日は私がご馳走しますから——。」
「え?」
今度は九郎が驚いた。矢田さん、お金払うの? 妖怪スタッフなんじゃあ・・・?
「ご心配なく。宝石商で稼いだちゃんとしたお金ですよ。お鈴さんが作ったやつじゃありませんから。」
そういえば・・・。と九郎は改めて思う。
ここの妖怪たちは、何を求めるわけでもなく無償で手伝ってくれている。初め、それは面白半分なのだろう、と九郎は思っていた。
でも、それならいいかげん飽きてもいい頃だし、第一コロナ騒動が始まってからお客さんが来ない。九郎たちは本当に困っているけど、彼らにしてみれば、ただ面白くなくなっただけではないのか?
なのに、彼らはまるで九郎たちを助けなければいけないみたいに、むしろ一生懸命になってくれている。
なぜ? 彼らはここまで親切に? あまりにも九郎たちに都合の良すぎる流れになっていないか?
なんだかんだ言っても、彼らは妖怪なんだぞ・・・?
ひょっとして・・・。と、ふとした不安が九郎の頭をかすめる。
こういううまい話の先に、次第に妖魔の毒が回ってきて・・・・。というような展開は、ありそうな話なのではないだろうか?
もともと、ここは幽霊屋敷なのだ。
「どうぞ、上がってください。」
そんな不安をふり払うように、九郎は明るい声で小松涼太少年を居間へと誘った。




