25 新しい試み
何にしても社会は止まっている。行政の救済措置から漏れ落ちた九郎たちにとっては、死活問題になるほどに。
樹の提案は、YouTubeでライブによる投げ銭収入を得る方法を試みてみるということだった。
『ペンション幸』の宿泊室に定点カメラを設置し、1日に1回くらいヤモさんやナナシちゃんに、ちら、っと写ってもらおうというものだ。
それが見たくて、何度も訪問したりフォロワーになったりするオタクも結構いるだろう——と樹は言う。ファンを増やせば、投げ銭も増えるはずだ——と。その上で、有料で視聴できるコンテンツの配信も試みると言うのだ。
やがてこの騒動が終わって、ペンションが再開できた時の潜在的「お客様」の開拓にもなる、という目論みもある。
「ペンションのスタートの時に使った動画はまだそのまま残ってる。このアカウントをそのままユーチューバーアカウントに昇格させる。」
「チャンネル登録者と視聴時間の下限があるよ。それ満たしてんの?」
九郎にはよく分からない樹と美柑の会話が、頭の上を越えてポンポン進む。
「視聴回数はあと少し。チャンネル登録の方は、まだ遠いな。」
「それじゃ、すぐ収益になんてならないじゃん。」
「だから——。魅力あるコンテンツを作って、登録者を増やすんだよ。」
樹の眼に底光りが戻ってきた。
「それって、オレたち名美デザイン科の得意分野だろ?」
「なあ、鬼乃崎。おまえの才能の見せ場だぜ。」
「だけど、定点カメラのライブだろ?」
「そっちじゃないよ。制作するコンテンツの方だよ。新鮮なコンテンツをかなりの頻度でUPしていかないと、フォロワー数増えないよ。」
「そ・・・そんなに次々に新しいコンテンツなんて思いつかな・・・・」
「鬼乃崎は編集担当。ネタはオレや塩津に任せろ。おまえはそれを材料に魅力的なコンテンツに仕上げるんだ。人が来るかどうかは、最終的には『見せ方』だからな。妖のみんなにもフルに協力してもらう。 チーム『幸』だ!」
まるでドラマの登場人物みたいに、樹は親指を立ててみせた。
「ユーチューバーデビューかぁ——。」
美柑が少し遠くを見るような目でつぶやいた。
「面白そう! 美里亜は絶対、自分で出たがるな。」
「飯島が何やるんだよ?」
樹が口を尖らすと、美柑が面白そうに返した。
「歌でも踊りでもやるんじゃない? 目立つこと好きだもん、あの子——。」
「あ———。炎上商法やりたいわけじゃないんだけどな。」
樹がわざとらしい困り顔を作って見せ、そのあと3人で噴き出して笑った。今ごろ、くしゃみしてるかもしれない。
「ライブカメラにはスタッフが掃除に入ったりするところも入るからな。そこに出演してもらおうよ、当面は——。」
「PCRゲートもやろうよ。需要あるよ、絶対に。」
美柑が話を蒸し返すと、樹はまた渋面に戻った。
「いや・・・、だから・・・。世の中がこういうことになってる時に、そういうのは・・・危険、というか・・・」
「別に炎上商法やろうというんじゃないよ。心配なら、きっちり断り書き入れておけばいいんだよ。『科学的根拠はありません。PCR検査の代用にはなりません』って——。」
美柑は食い下がる。
強いなぁ——・・・、と九郎はそれをぼんやりした顔で眺めている。
「だいたい、占いが当たらなかったといって消費者庁や公正取引委員会が問題にしたことある? やれることは何でもやってみようよ。わたし、アマビエのイラスト描いた護符もどき作るからさ。門を通りに来てくれた人にそれ買ってもらうの。
あ、それより喫茶も営業して、飲み物注文してくれた人に『お土産』で渡す方がいいかも——。」
「あ、それいい。」
九郎がようやく2人の話の中に入った。
「それ、いいわぁ。お客さん、戻ってくるかも——。」
幸子も賛同すると、樹もやっと希望が見えたような表情になった。
どのみち営業は昼間だけだ。8時以降なんてやるわけじゃないし、お酒も出さない。ダメ元でやってみる価値はある。
面白半分に門を通りに来てくれた人に喫茶まで入ってもらえれば、多少の売り上げ回復にもなるかもしれない。上手くいけば宿泊だって・・・。
「わたしは、ヤモさんの結界を信じる。だから、通れた人は喫茶店に入ってもらっても問題ないと思う。——で、本当に通れない人がいたら、ちゃんと検査を受けるように勧めるの。これある意味、社会貢献にもなると思うよ。尾身さんは信じてくれないだろうけど。(^^;) 」




