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幽霊屋敷へようこそ  作者: Aju


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24 結界

 樹は手製の布マスクをしていた。美大生だから手先は器用だ。

「マスク、手に入らないんだよ。だからといって、並んで密になるのもなんか違う気がするしな——。入っていいか?」


「ええで———ぇ。」

と言ったのは九郎ではなく、ヤモさんだった。

「あなたは大丈夫です。」

 そう言って帽子を持ち上げたのは矢田さんである。お鈴さんもいた。

「えっと・・・・」

「妖怪に3密は関係ありませんから。」

 ちょっと戸惑った樹の顔を見て、矢田さんが笑いながら説明した。

「ヤモさんの結界があるから、この屋敷に邪気は入れません。あなたが門から中に入ることができたということは、あなたは感染していないのです。」


 PCRゲート・・・?


「とりあえず何か一緒に策を考えないと、と思って——。電車に乗ってきていいものかどうか、不安だったんだけど・・・。」

 樹が九郎にちょっと申し訳なさそうな目を向けて言った。

「大丈夫だぎゃ。悪いもんは拾ってきとらんで。」

 ヤモさんは「心配いらん」とにこにこしながら手招きした。


「新型ウイルスに効く結界なんてものまで、すぐできるんですか?」

「新型かどうか知らんが、人間に悪さをしたり病気にするようなもんは全て邪気だでなも。もともとこの屋敷はそういうもんを入れんように結界が張ってあるんだぎゃ。前はぼんだけだったが、今は女将さんや若旦那も守らなかんでなも。」

「そうなんです。だから、ここに入ってくることができるのはヤモさんが認めたモノだけなんですよ。」

 矢田さんがまた帽子を持ち上げた。


 じゃあ、オレたち名美生はヤモさんに認められてるってことなのか——。樹はちょっと嬉しいような不思議な気持ちになった。



「なあ、樹。」

 九郎が閃いた、という顔で樹の顔を見た。

「ここの門を通れれば感染してない、っていうんなら、PCR検査の代わりになるんじゃないか? 不安に思ってる人多いだろうから、ビジネスにならないかな? 中に入れたら感染していません——。」

 既にコロナ騒ぎが始まってから3ヶ月も経つのに、政府はまるでPCR検査を増やそうとしない。

 検査を増やすと医療が崩壊する、と言う専門家もいる。コロナだと分からなきゃ医療も必要ないとでも言うのだろうか?

 九郎にはイマイチ、政府や専門家の言うことがよく分からなかった。

 検査が受けられなくて不安に思ってる人は多いようだし、検査の代わりになるとなれば需要はあるんじゃないか?


 そんな九郎に、樹は少し憐れむような目を向けた。

「ダメだって——。ただでさえ得体の知れないウイルスで、何がデマで何が本当かも分からないような状況なのに、そんな、思いっきり怪しげな話・・・。大炎上するかもしれないし、下手すりゃ警察が入ったりして、始まったばかりの『ペンション幸』にとっては致命傷になるよ?

収入がなくなって焦ってるのは分かるけどさ。少し冷静になろうぜ。なんとなれば、食べるものくらいはオレたちが持ち寄ってやるからさ。」


「お供えものでよければ、わたしも持ってきますわよ。」

 お鈴さんがそう言うと、矢田さんも後に続いた。

「ルビーでも1つ置いていきましょうか? それでしばらくは食べられるんじゃないですか?」

 いや・・・だから・・・! 盗品でしょ、それ?


だいたい妖怪に養われるようになったら、オレ自身妖怪になっちまうんじゃないの? 源蔵さんみたいに・・・・。

 お鈴さんたちのチャチャに、九郎の頭はいよいよ取り留めもなくなってゆく。


 そんな不毛なやり取りをしている中に、美柑から九郎のスマホにLINEが入った。

「これから行ってもいい? 電車で行くから、ちょっと心配はあるけど・・・。一応、疫病退散符を持って行くから。コロナウイルスに効くかどうか分からないけど。」

「大丈夫だよ。今、樹もここにいる。相談もしたいし、来てくれるとありがたいよ。」

「え? 後藤クンもいるの? 密になっちゃわない?」

「大丈夫。門が通れれば——。ヤモさんの結界はコロナウイルスにも効くんだって。」

「門?」

「邪気を通さないようになってるから、感染してたら入れないんだって。」

 しばらく間が空いてから、美柑の返信がきた。

「通れるかな? (^^;)」



 既に新年度に入っているが、九郎たちは誰も「登校」していない。教養課程は全部オンラインになり、4月の課題も各自のスマホに送られてきた。

 初回のエスキースチェックは、時間帯を分けて3人ずつ3日間かけて入れ替わりで行われる予定だ。

 教授は東京に住まいがあるので来られない。准教授と助手で手分けして対応する、というメールと共に予定表が各自に配信された。

「授業料返してほしいよね。」


 九郎にとっては授業料どころの騒ぎではない。とりあえず今年度の前期の授業料は、父親の遺産であるなけなしの預金から納めたが、その残りは食費として毎週徐々に目減りしていくし、後期の授業料に至っては払えるあてすらない。

 そこに国民年金やら健康保険料やら固定資産税やらがのしかかってきた。


 国ってのは、何もしなくてもただそこにいるというだけで、あれこれ理由をつけて金をむしり取っていくんだな・・・。

 ほんの10ヶ月ほど前まで、親父の資産に包まれてぼんやり過ごしていた九郎は、初めて国や社会の「仕組み」というやつにむき身のまま対峙させられているという感覚を持った。

 どう対処していいか分からない。九郎は課題どころではない。

「とりあえず、ウーバーにでも登録してみようかな・・・。これから、配達の需要は増えるだろうし・・・。」

 樹がヤモさんや矢田さんと額を付き合わせている間に、九郎はほぼ『ペンション幸』を諦める心境になりつつあった。


 そんなこんなしている間に、門が、ぎいいぃぃ・・・、と鳴って「こんにちわぁ」という美柑の声が聞こえた。

 玄関に行ってみると、美柑は不織布マスクに自分でイラストを描いた布マスクを重ねていた。


「入れた・・・。」

 美柑の目に安堵の表情が見える。

「でも途中の電車でウイルスくっつけてきちゃったかもしれない。」

 何しろまだ、どういうふうに感染するのかすらよく分かっていないウイルスなのだ。


「大丈夫だぎゃ。服や体についとっても結界のところで払い落とされてまうし、体の中に入っとったら美柑さん自身が結界で止められてまうで。入れた、っちゅうことは大丈夫なんだがね。」

 ヤモさんがにこにこ出迎えた。

「かわええマスクだなも。」

「あ、どうも——。」

 美柑はちょっと頬を赤らめた。

「・・・ねえ、それなら、これ商売になるんじゃない? 『ペンション幸』に入ることができたら、感染していません——♪」

「それ、さっきオレが言って、樹に一発却下された。」(´∀`;)

「なんで?」

「怪しげすぎるんだよ。それでなくても得体の知れないウイルスなのに——。」

 樹が渋面を作って言ったが、美柑は下がらない。

「怪しげって言うんなら、占いも神主もみんな怪しげだよ。だいたい、幽霊や妖怪が出るペンションで売ってるんでしょ?」

「そ・・・そりゃ、そうだけど・・・。」



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