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2 幽霊屋敷の住人

 解体もできないのだという。


 以前、解体を請け負った業者が重機を搬送してきたところで、その重機に監督が轢かれて大怪我をしたり、門を壊そうと職人が振り上げたハンマーの頭がすっぽ抜け、別の職人の頭に当たって大怪我をしたり、と工事に着手できない状態が続いたため、引き受ける業者がいなくなったのだという。

 お祓いに呼ばれた神主が、建物の前に来たら真っ青になって逃げ出した——という話も聞いた。


「壊すことも売ることもできないんなら、どうせマンション出なきゃいけないんだし、いっそここに住んじゃおうか?」

「は?」

 母親の幸子がコトもなげに言ったのを、九郎は唖然として聞き返した。

「修繕すれば住めそうだわよ。あんた美大に行ってるんだから、ペンキとか塗るの上手いでしょ?」

「マジで言ってんの? 生気吸い取られるとかして、早死にしたらどーすんだよ?」

「それは、寿命だったということで——。」

 母親はにこにこしている。もともとこういう人だとは分かってはいたが、それでも九郎は呆れざるを得ない。

「ここだったら家賃も要らないし、わたし、結構この建物気に入っちゃった。少し直せばお洒落になるわよ。」

 もう一度建物を眺めてみるが、どう見たって薄気味悪い。少し波打った昔の硝子の入った暗い窓の中から、何かが眺め返しているような気がした。

「あんた、イヤなら他にアパート探せばいいじゃない。でもその家賃はバイトで払ってね。お母さんの稼ぎじゃ、ここの固定資産税払ってくだけで手一杯だもん♪」


 母親はもうすっかりここに住む気でいるらしい。

 たしかに——。ボロ家が建っていて評価額は更地より低いとはいえ、学生身分の九郎のバイト収入と、パートしかやったことのない母親のこの先の収入で、この一等地の固定資産税を払いながら別のアパートの家賃も、というのは無理があった。

 父が生きている間は、父から毎月少なくない生活費が母親の口座に振り込まれていたが、父が死んだ今、それも途絶えることになった。

 九郎にしてみれば生まれて初めて、世間の冷たい風をその身で引き受けなければならなくなったわけだ。

 ただの学生の身に、過分な地価の不動産などは重荷でしかない。


 相続放棄するか? 九郎は一瞬そんなことを思ったが、そもそも鬼乃崎家の誰も受け取ろうとしなかった物件なのだ。

(なるほど。あの生き馬の目を抜くような連中が、全員敬遠するわけだ。)と九郎は思った。

 一応、正妻の菊子を訪ねてはみたが、一旦了承してしまった相続采配をいまさら覆えさせはしない——という強い圧力のある菊子の目力めぢからに九郎は異を唱える気力を失ったまま、しどろもどろで訳の分からないことを言って帰ってきただけになった。


 母親も、すっかりここに住む気でいる。今のマンションも、退去の期日が迫っている。

「ま・・・まあ、何だかんだ言ったってウワサ話だけだしな。」

と、九郎は自分を納得させることにした。


 とりあえず・・・・、掃除しなきゃ・・・。




 その週の日曜日、九郎は母親の幸子とともに掃除用具を車に積んで覚王山にやって来た。

 日泰寺の参道からさほど離れていないこの場所は、結構お洒落な建物が増えてきている場所だが、九郎の受け継いだ洋館だけは奇妙に時間から取り残されたみたいに鬱蒼とした庭木に囲まれて佇んでいる。

(いかにも『幽霊屋敷』だなぁ。)

 九郎は錆びついた門扉の南京錠を外して、それを押し開けた。


 ぎ、ぎぃぃぃ・・・・。 と音を立てて門扉の片方が開いた。

(うわっ)

「なにビビってんのよ。出たのは音だけで、お化けなんかどこにも出てないわよ?」

 母親のこういうところを、豪胆と呼ぶべきかノーテンキと呼ぶべきか、九郎はこの歳になっても迷っている。

「さ・・・錆落としして、ペンキ塗らなきゃ・・・だね。」

 九郎は門扉の錆の酷さに驚いたふうを装ったが、目が泳いでいる。


(ぼ・・・僕らが、これからここの住人になりますからね。・・・よ・・・よろしくね——。)

 九郎は心の中でだけ挨拶をして(誰に?)、草むしたアプローチを通って玄関ドアの前にたどり着いた。

 この短いアプローチを通ってきただけで、ズボンや服の袖口にまで何かの草の種がびっしりくっついた。

「草取りもしなきゃ、だね。」

「とりあえず、玄関までの道は今日やっちゃおう♪」

 母親はなぜか楽しそうにしている。

「土があるって、いいわねぇ——。わたし、子どもの頃からずっとマンション暮らしだったからぁ♪ 草が生えてる家って憧れだったの。」


 九郎はこういう母親の感覚が(その母親に育てられたくせに)よく分からない。

「花壇がある家」とか「庭木のある家」とか言うなら分かるが、「草が生えてる家」って・・・。

 フツーそういう草ボウボウの家なんて、嫌がられると思うんだが———。


 中も、埃だらけ、蜘蛛の巣だらけで「いかにも」という雰囲気だった。

「お掃除やりがいありそうね♪」

 楽しそうに言う母親の声を背中で聞きながら、九郎は(こりゃあ、何日もかかるぞ)とややうんざりしながら思った。

「きれいにしたら、すっごく雰囲気ある家になるわよ。」


 今でも十分、雰囲気あるんですけど———?

(これ、まったく怖くないのかな? オフクロは・・・)



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