15 手品か それとも
「手品でも同じことはできるけどね。」
天井の隅に付いた蜘蛛の巣を見ながら、敷島英司は言った。
「僕も宿帳に記入する前に、目の端であの女将がいたところをチラ見したんだけどね。確かにほとんど一瞬で消えてたな。」
言いながら、リュックからカメラなどの機材を取り出して組み立てる。
「たしかに。手品でもできるけど、だとしたら相当なマジシャンだよ、この演出やったのは——。ギャラ高いと思うなぁ。ちょっと宿泊料金からは考えにくいから、ホンモノの可能性高いよ? ホンモノなら、いきなりだね♪」
金森香純がワクワクを抑えられない表情で言う。
そこにティーポットとカップを乗せたお盆を持って、『幸』のロゴの入ったエプロンを着けた男の子が入ってきた。
高校生のアルバイトだろうか。小柄で、若い男性というよりは「男の子」と言った方が適切な感じのする童顔の少年(?)だ。
「カップの中に入っているのは、庭で採れたレモンミントです。ポットの紅茶はアールグレイです。お好きに注いでお召し上がりください。」
さっぱりしたデザインのボーンチャイナのカップの中に、若緑色の葉っぱが1枚ずつ入れてある。
「ここの子?」
敷島が少し猫なで声にしてたずねる。
「いえ、僕は大学の同期です。今日は大学の方は休みなんで、手伝いに。」
(あ、大学生なんだ——。あぶない、あぶない。余計なことまで言わなくてよかった。)
「すごい機材ですね。赤外線センサーまでありますね。けっこう、あちこち行かれてるんですか? バーン・ブレイ・マンションとか、ローリング・ヒルズ・アサイラムとか・・・。」
「ほ、詳しいね。ひょっとして同好の士かな?」
「ええ、少しだけ。僕は後藤と言います。」
「僕も金森も有名どころはたいてい行ってるよ。ま、そうは言っても、なかなかそうタイミングよく出くわすわけではないんだけどね。」
敷島の声調子が変わった。樹を一人前のオタクと認めたようである。
「半分くらいは、経営側が客を満足させるためにやってる演出か手品さ。僕なんかは、それを暴くのも趣味のうちなんだ。
日本にも幽霊が出るというウワサのあるホテルはあるけど、それを堂々と売りにしたペンションは初めてだな。」
敷島は少し脅しをかけるような上目づかいで樹を見た。
「玄関に出迎えてた和服の人は、女将さん?」
金森がボイスレコーダーの電池残量を確認しながら、ちょっと話題の方向を変えるように聞いた。
また敷島の悪い癖が出た、と思ったのだ。
「あ、さっそく現れましたか。」
後藤と名乗ったスタッフは気にする様子もなく、そんなことをさらりと言った。
「女将さんは、これと同じエプロンを着けた人ですよ。スタッフはみんなこのエプロンを着けていますから。もし、和服の女性が居たんなら、それは尾裂き狐ですよ。時々、現れるんです。」
「え・・・?」
「大丈夫。ここはホンモノですから。たっぷり出会えますよ。」
スタッフの青年は屈託のない笑顔でそれだけを言うと、「ごゆっくりどうぞ。」と言って部屋を退出していった。
「あいつ・・・は、人間・・・だったよね?」
閉められたドアから目を離して2人が顔を見合わせた時、金森がぽつりと言った。
「演出だろう。本当にホンモノなら、サイコーだけど——。ん? どうした?」
金森が敷島の肩越しに、何かを凝視している。
「あんな置物、あったっけ?」
ローチェストの上に剛毛の生えた目玉のようなものが乗っている。
「え、何が?」と敷島が振り返るより速く、その目玉はゴキブリみたいにサッとチェストの陰に隠れてしまった。
「なんか、変なモノ居たよ・・・。」
金森が半笑いの表情でそう言った時、ドアがノックされた。
「ひっ・・・」
「ビビるなよ。それを求めて来てるんだろ? 僕たち——。どうぞぉ。」
入って来たのは今度は若い女性だった。エプロンを着けている。
「神主見習いの塩津です。よろしくお願いします。」
ペコリとお辞儀をすると、何やら紙のようなものを小さな盆に乗せて差し出した。
「護身用の護符です。一応、念のため。難しい使い方はありません。持っているだけで大丈夫ですから♪」
白い和紙を三つ折りにして、何やら紋様が描いてある。
「何事もなければ、宿泊記念としてお持ち帰りください。^_^」
「な・・・、なかなか凝った演出だな。」
塩津と名乗ったスタッフが出ていったあと、敷島が少し負け惜しみのような声音で言った。
「素直に楽しもうよ、敷島ァ。ここは本物っぽいよ?」
金森がチェストの裏を覗きながら言う。
「仕掛け、なさそうだよ。」
「デートじゃなくて、完璧にそっち系のオタク仲間って感じだったぞ。かなり本格的な機材まで用意してたぜ。」
キッチンに戻ってくるなり、樹が言った。
「メジャーな心霊スポットは全部廻ってるようだった。」
「おいらの見たところでは、あれは恋人同士じゃなくて趣味仲間だね。」
どこからやって来たのか、樹の肩に剛毛の生えた目玉がひょいと現れてそんなことを言った。
「ほらな。見ることにかけては人後に落ちない恵無さんもこう言ってるんだ。男女を見たらすぐにカップルだとか思うのは、ジェンダーに対する固定観念に囚われてるんだよ。オタクであることにジェンダーは関係ないのさ。」
樹は勝ち誇ったように、何やらよく分からない「論」を吐いた。樹の肩に乗った目玉が、細い針金みたいな腕を組んで、うん、うん、とうなずいている。
「後藤クン——。」
護符を渡して戻ってきた美柑が、樹の肩の目玉を見て大真面目に言った。
「それ、似合う。」




