13 オープン!
『ペンション幸』が、ひっそりとオープンしたのは、ハロウィンの5日前だった。
宿泊ができるように2部屋を掃除して(リフォームじゃない)、ベッドを新たにしつらえ、もともと建物の中にあったローチェストなどの家具やスタンドをそれらしく置いただけだ。
建物の外観は最初に九郎が少し修理した以外ほとんど修理もしていないし、枯れたツタも絡めたままになっている。
門扉は錆びついて音の出るままで、『ペンション幸』という看板も擬石の門柱に小さく掲げただけだ。
これらの全てが、そのスジの「専門家」である樹の強い助言に従った結果であった。
「オレが泊まりたくなるペンションでなかったら、同類は惹きつけられないんだ!」
「まだ、部屋、空いてますか?」
樹がネットに『ペンション幸』の情報を流したその日のうちに、いきなりペンション専用の固定電話が鳴った。
美柑が無料アプリでやっつけただけの『ペンション幸』のHPに載せた電話番号だ。
「ネットに流す」と樹が大学のアトリエで言った日、HPを担当していた美柑が焦りながら樹と九郎に言った。
「ごめん。ネット予約のフォーム作るのに手間取ってる。」
「かまわんさ。とりあえず、ド初っぱなは固定電話だけでいいよ。その方がオレたちみたいな濃ゆいオタクには琴線に触れるはずだから——。」
そんな会話の上で、PVと一緒にUPしたHPである。
「いずれSNSの公式アカウントも作るけど、まずはこの状態で反応を探ってみよう。」
そう言って、にわかプロデューサー後藤樹の両眼が光を帯びた。
そうしてネット上にデビューしたその日に、いきなり予約の電話が入ったのだ。初日だから樹も美柑もその場に居た。
樹が、思わずガッツポーズをする。
「ご予約ですか?」
と幸子が明るい声で応対した。
「素泊まりで、食事の持ち込みOKなんですよね?」
「はい。まだお食事の提供の準備ができていませんので・・・。」
ちょっとの沈黙のあと、電話の向こうの声は言った。
「あの・・・、『出る』って書いてあったんですけど・・・・」
「はい。出ますよ♪」
明るい声で言うことかな・・・? と九郎が目をテンにしていると
「いい! 幸子さん、サイコー!」
と、樹が小声で言って、親指を立てた。
翌々日の土曜日に、3人で1泊したい——ということで、話はトントン拍子に進み、最初の予約がカレンダーに書き込まれた。
「すごい! 後藤、おまえスゴ腕だな——。」
九郎は樹のプロデューサーとしての力量を目の当たりにした思いがした。
「い・・・いやぁ、たまたま、自分の趣味だから——。」
と、樹にしては珍しく照れている。
電話が切れて5分もしないうちに、2つ目の電話が入った。こちらも土曜日、2人の予約だ。
「カップルかしら?」
幸子がちょっと悪戯っぽい表情で言うと、樹が即座にそれを否定した。
「男の声だった?」
「ええ。」
「じゃ、ほぼ間違いなく男2人だ。同好の友人同士ですよ。幽霊ペンションの素泊まりをデートコースに入れるヤツは、まずいない。」
この日だけでなんと18件の電話があり、うち2件は土曜日でかぶってしまったため翌週に回っていただかざるを得なかった。
平日も4日間が埋まってしまう、という予想外の好調な出だしになった。
「忙しくなるわぁ! パート探してる場合じゃない——。」
幸子が嬉しい悲鳴をあげる。
18件のうち5件は、30日のハロウィンパーティの参加予約である。
『ホンモノのお化けと過ごす ペンション幸のハロウィンパーティ! 食べ物は持参。お供えがないと祟られるかも?』という樹のキャッチコピーに反応した人たち、ということになる。
「飯島のやつ、クサイとか言ってたけど、この成果を見ろ! ってんだ。」
樹の鼻息が荒い。
「楽しみだなも。」
とヤモさんも嬉しそうにしている。
「張り切っていきますよぉ♪」
と源蔵さんまでがウキウキしている。
「皆さん、やり過ぎないようにね。リハーサルどおり、少しだけ現れてはお客さんが気づいたところで、ふっ、と消える感じでね。その方がバンバンに現れるより恐怖感がありますから——。」
「そういうのは、私なんかは得意です。」
と矢田さんが帽子に手をやる。
「矢田さんや源蔵さんのような人間と見分けがつきにくい人は、姿を現しちゃうのもアリです。特にハロウィンパーティではね。
あれ? この人・・・本当に人間・・・? みたいな感じでね。 ヒロくんはいつもどおり、ドアの隙間からそっと覗いてる——って感じでいいからね。」
「うん。それならボクも得意・・・。」
日路彦も顔をほころばせた。このごろは、このシャイな幽霊少年も、樹たち名美生のメンバーに馴染んできているようだ。




