12 ターゲットはオタク
幸子は調理師資格を取るための勉強を始めた。
「2年の実務経験ってのが要るんだね。母さん、2年もどこかの調理場で働いたことあるの?」
九郎がネット検索しながら、話しかけた。
「お父さんと結婚する前は、病院の厨房でパートしてたから、それは十分クリアするのよ。本試験は筆記試験だけだから、けっこう受かる人多いらしいわよ。」
「へえ。・・・で、いつ頃取れそうなの?」
「それが、今年の試験ちょうど終わったばっかりなのよ。後藤クンはできるだけ早くって言ってたけど、年1回だから次の試験は来年10月なのよね。5月頃から準備講習会とかあるらしいから、出てみるけど・・・。」
「じゃあ、1年は食事出せないんだ・・・。」
「うん。ハーブティーのサービスだけね。お客さん少ないだろうし、売り上げも小さいだろうから、わたしもパートに出るわね。今までみたいなわけにはいかないものね——。」
PVの編集の方は順調に進んでいた。
「なるほど。何も写ってない映像の中に、ナナシちゃんたちが写ってるやつを挟んでいくわけか——。」
樹が感心したように呟く。
「たしかに——。写ってるやつだけを並べるよりずっと怖さが増すな。」
「あのさ。オフクロの調理師免許のことだけど・・・」
「ああ、幸子さんから直接聞いたよ。いいんじゃない? 試験的なプレ営業としてもちょうどいいし、最初から一般の人にまでターゲット拡げるんじゃなくて、まずはオタクをターゲットにして広げよう。オレたちみたいな濃ゆいオタクは『出る』となれば食料持ち込みOKの素泊まりの方が有難いもんな——。」
最後の方はプロデューサーの立場を忘れて、思いっきり趣味のオタクに舞い戻っている。
設備的にも、それほど大きな改修をしなくて済むことも分かった。
「んじゃあ、ネットに流すぜ。」
10月も下旬に入った日の午後、大学のアトリエでPVの最終チェックをしながら後藤樹が九郎に話しかけた。
「鬼乃崎クン上手いねー、こういうの——。テレビ局からオファー来そう。」
美柑が、出来上がったPVを見ながら感心している。
「あ・・・、いや・・・なんか・・・。オレ、一応社長らしいし・・・。」
これまでなんとなく自信のなかった九郎は、こんなふうに褒められて内心嬉しかったのだが、慣れないことに遭遇して照れ隠しのつもりなのか、アサッテの方向の会話を返した。
「なになに? 何の話?」
「ほら、前に話した鬼乃崎ンちのペンション開業の話さ。PVと拡散用映像ができたんだ。」
「わ♡ 見せて!」
と、飯島美里亜が覗き込むと、少し下がったところで佐伯真人がへっぴり腰で聞いた。
「オ・・・オレも見ても大丈夫そうか?」
「大丈夫だよぉ。悪いモノは写ってないから。^o^ 」
と、これは神主の娘、塩津美柑。
「うわっ・・・・!」
「映像だけでビビるなよ、佐伯。実際に会ったらナナシちゃんはかわいい子だぞ?」
「これ、お鈴さん? あのお鈴さんがここまで怖くなるの? トリミング凄っ!」
「オレの撮り方も少しは褒めろよ、飯島。」
「妖怪撮ってるんだから、怖く写って当たり前だよ。怖くなく撮る方がむしろムツカシイでしょ。」
最初に行った7人以外にも、その場にいた何人かが集まってきて樹のタブレットを覗き込んだ。
「うわっ! 怖っ!」
「夢に出てきそう・・・。(>_<;)」
PVの方にはキャッチコピーを、拡散用の動画の方には字幕を、それぞれ樹が付けている。
「字幕の方はリアリティあっていいけどさ、PVのコピーはなんかクサくない? もう少し練ってもいいんじゃないの?」
美里亜のツッコミに樹が少しだけ色をなした。
「うっせーな。何も手伝わんかったくせに。もう練ってる時間ねーから、これで流す! もうすぐハロウィンなんだから、この稼ぎ時を逃す手はないからな。」
「商売人みたいなこと言うなぁ。なんでそこまで鬼乃崎クンのために必死になんの?」
「ビジネスだよ。オレの学生プロデューサーとしての初仕事だ。儲けが出たら、オレも美柑もちゃんと分け前もらうことになってんだから——。」
「えっ? そうなの? わ・・・、わたしも今から何か手伝うから、交ぜてもらうわけには・・・?」
がぜん目が輝いた美里亜に、樹がにっと笑ってペロッと舌を出した。
「はぁい、手遅れ♪ チャンスの頭の後ろはハゲてるんだよぉ——。」




