11 PV製作
「それじゃあ、このまま撮影に入りますよ。」
「これから?」
「そうさ。せっかくみんな集まってるんだし、上手い具合に夜だし、この機会を逃す手はないだろ。美柑は大丈夫?」
「へーき。こんな面白い場面に立ち会わなくてどうする? 終電過ぎたら鬼乃崎くんに送ってもらうから大丈夫! ベンツ、1回乗りたかったんだよね♪」
「ああ、あれは売ったよ。今は軽自動車。」
「なんで !? 」( ゜д゜)
「だいたい、あれは親父が買ってくれたもので——『これで女でも引っ掛けろ』とか言って——オレの趣味じゃないんだよ。生活費の足しにもなるし。それに、バイト先にベンツとか乗ってくわけにいかないだろ? 何言われるか・・・。」
「せっかく引っ掛かってあげたのに———。」(T_T)
・・・・・・
「もののけ路という手もありますよ。私がご案内かたがたお送りしましょう。」
矢田さんが黒い帽子を少しだけ持ち上げて言うと、美柑が即座に返した。
「矢田さんよりは鬼乃崎くんの方が、ずっと安全な気がするわぁ。」
こういう会話で「安全」と言われる男って、どうなんだろう・・・?
「その前に、皆さんお食事にしませんこと? おなかすいてるんじゃありません? 特に人間の方たちは——。」
狐のお鈴さんが言うと、幸子が慌てて立ち上がろうとした。
「あらまあ、すみません。すっかり気が利かなくて・・・。」
「あ、どうぞ、女将さんは座っててくださいな。今日はわたしがあり合わせで何か作りますから——。冷蔵庫の中の物、使ってもかまいませんかしら?」
「ええ、それはもちろん。でも、いいんですか?」
「おまかせくださいな。」
お鈴さんはそう言って台所へ行くと、ふわり、と二股の尻尾を広げた。
程なく、トントントンという音やジュウジュウいう音が聞こえてきて、いい匂いが漂ってきた。
「うふふ。据え膳なんて何年ぶりかしら♪」
幸子が両手を口元で合わせながら、嬉しそうに言う。
九郎が体を傾げて台所の方を覗くと、どこから取り出したのか、お鈴さんが割烹着を着て手際よく動いているのが見えた。
2本の尻尾でも鍋や箸を持ち、手が4本あるみたいにして料理を作っている。
「うほほ。便利なもんだね。」
と剛毛の生えた目ん玉が、お鈴さんの肩に乗って感心している。
「あいつは、あれで体の全部なの?」
と、九郎はたまたま隣にいたヤモさんに聞いた。目玉だけがどこかから分離してやって来ているのかとも思ったのだ。
「ああ、あいつは恵無というやつでな。あれで全部だがや。目玉だけだでな。見るだけで、他には何の役にも立たん。」
「そうなんだ・・・。」
「あんたらは、ええ人だなも。」
「え・・・?」
ヤモさんは大きな口をさらに横に広げて笑った。
「物の怪なんちゅうもんは、役に立たんのが普通なんだわ。あんたら母子は、変な格好でも役に立たんもんでも、見下げたりせんもんなも——。
んだで、こんだけ気のいい連中が集まってくるんだで。」
あ、ひょっとしてオレと母さんもお化けを呼び込んでるのか? とも九郎は思ったが、ほめられたような気もするので、まあ気にしないでおくことにした。
お鈴さんの料理は、どれも美味しかった。一流の料理人が作った——というような感じではなく、どこか懐かしいような感じのする庶民的な味で、そのくせ、どんな高級料理店でも味わえないだろうと思わせるような深い満足感があった。
「こりゃあ・・・! いけますよ! 流行ると思うなぁ、このペンション。」
樹が箸を宙に舞わせながら、グルメ評論家みたいな口調で嬉しそうに言う。
「今度、一緒にキッチンに立って教えてもらわなきゃ。」
幸子が座っていたことを後悔したように言うと、お鈴さんは「ふふふ。」とはにかんだように笑った。
実際、九郎も母親の幸子も父に連れられて「超」のつく高級料理店に何度も行った経験を持っているから、舌だけはそれなりに肥えている。
その舌が、お鈴さんの料理に感動したんだから、これはホンモノだと言っていい。たしかに、樹の言うようにこの料理だけでペンションは流行るかもしれない。
食事が終わって、樹の構想を軸に撮影が始まった。
「オレの絵コンテに拘らず、臨機応変にいきますよ。」
変に機材を使うより、スマホで撮った方がかえってリアリティが出る。という樹の意見もあって、この場での一発本番撮影である。
「写りたい人!」
と樹がスマホをかかげると、異形たちがわらわらと樹の前に集まった。
そんな中で日路彦は、にじにじと後退って皆の陰に隠れようとしている。それを見つけて樹が明るい声で呼びかけた。
「ヒロくん——(笑)。 だめだよ。君はメインキャストなんだから。」
「え・・・、でも、・・・ぼく・・・・」
「そんなにバッチリは写さないよ。みんなも聞いて! はっきり写るより『あれ? 今、何か・・・居た?』みたいな感じの方がリアリティもあるし、恐怖感も増すんだ。
だから、スマホのカメラはみんなの姿を真正面で捉えないし、端っこに、ちら、と写る感じで動かしてゆくから、みんなもちょっと写ったらすぐ隠れるとか消えるとかしてね。写るのは1人ずつだよ。
とにかくどんな映像でもいいからどんどん撮りまくって、後で編集する形でやりますからよろしく——。」
手際がいい。お化けたちがやる気になってるタイミングで最も生産性の上がるやり方をするなら、これしかないだろう。・・・と感心しながら、九郎はまた自分が少しヘコんでいることにうっすら気づいている。
ヤモさんは「見下げない」って言ってたけど、・・・たぶん、そうじゃなくて、心のどこかで「順位」だけはつけてると思う。
ただ、自分がその中の下位にいるから、たいていの人(物の怪も含むのか)を見上げてしまってるだけなんじゃないかな・・・。
「・・・で、編集は鬼乃崎。おまえに任すからな。頼むぜ——。」
「え? オレ?」
「このメンツの中で——っつか、デザイン科全部の中で、鬼乃崎以外誰が適任だってんだよ? 夏休み前の映像のグループ課題、お前の編集能力ずば抜けてたじゃん。
ただ鳥が飛んでるだけの映像を集めただけなのに、すげー訴求力だって、教授も感心してたじゃんよ。」




