10 ホーンテッド・ペンション
企画会議は賑やかに進行していった。
「何やら面白いことを始めるらしいぞ——」とニオイを嗅ぎつけたヤモさんの友人たちがわらわらと集まってきて、鬼乃崎邸の居間は見る間に化け物の寄合所のようになった。
一応「人」の姿をしているものだけじゃない。頭だけに直接手足が生えてるようなのから、やたらヒョロ長くて輪郭がぼやけてるやつ、目玉に黒い剛毛が生えてそれに直接小さな手足がついてるようなのまでいる。
みんなヤモさんの「友だち」で「気のいいやつ」なんだそうだ。日路彦が嬉しそうに、そいつらと話をしている。
「えーっと、ここまでの話を整理しますよ。」
にわかプロデューサー後藤樹は、そんな化け物たちを相手にタブレットから手を離して両手の人差し指を立てて見せた。
「まず、この企画の良いところは、事前の設備投資がほぼ要らないというところ。旅館業法による若干の設備改修が必要かもしれませんが、このボロ家のままで——あ、ごめんな鬼乃崎——このままの雰囲気でいけるってことです。下手に修理なんかしない方がいい。
で、おばさんにはできるだけ早く調理師資格を・・・・」
「———『おばさん』?」
と幸子が樹を睨んでツッコミを入れた。
「あ・・・いや・・・・・その・・・、 おね・・・? おね・・・?」
樹の目が、九郎とその母親の顔の間を交互に泳ぐ。
「『幸子さん』って呼んで♪ 仲間として認めてくれるなら。」
(オフクロ・・・。なに言ってんだよ・・・。)
「あ、はい。・・・では、さ、幸子さんには可能な限り早く調理師免許を取ってもらうとして、その間に・・・」
「わたしでも料理くらいはできますことよ。こう見えて、かなりレパートリー広いんですのよ。」
狐のお鈴さんが横からチャチャを入れた。
「いや、だから、あなたたちじゃ旅館業の申請が通らないよ。お鈴さんが料理が上手くても、最低限免許を持った調理場の責任者がいないと・・・」
「免許証の偽造くらいは簡単にできますよ。」
と、今度は矢田さん。
「だから——、企画が企画だけに、表の旅館業はきちんと適法にしておきたいんですよ。何もかもが怪しいと、全部がウソに見えてしまう。それじゃむしろ、ビジネスとしては成功しない。」
(へえ。こいつ、ほんとにプロデューサー目指してるだけあって、知識の幅や視野が広いな——。)
九郎は、改めて後藤樹の能力に圧倒されるような思いがした。
樹は現役で入ってきたから、九郎よりも1つ下だ。それなのに、こういう話を持ち出すにあたって、旅館業法だの申請だののことにまで視野を巡らすことができるなんて——。
オレは、この歳まで親父の金でのほほんと生きてきたんだな・・・。と、九郎は少しヘコむような思いを持った。
自分には、ちょっとばかり絵が上手いということ以外なんの取り柄もないじゃないか・・・。人と違う抜きん出たものがなければ、デザインなんて世界ではやっていけないんじゃないか?
「おーい、社長! ちゃんと聞いてるか? あの世に行ってちゃダメだぞ?」
樹の声に、九郎は目の前の現実に返った。幽霊プラス妖怪であふれかえった賑やかな「現実」に——。
「社長・・・?」
「お前が『社長』に決まってんだろ、鬼乃崎。今、PVの説明してるから、お前も何か意見言えよ。」
見ると、樹はスケッチブックを開いてサラサラとPVのシーンの絵コンテを描き出していた。
こいつ・・・。絵も上手いなぁ———。
「PVのタイトルは、ずばり『ホーンテッド・ペンション』!」
「それ、ベタ過ぎない?」
と美柑が意見を入れる。
「もちろん、ペンションの名前じゃないよ。PVを拡散する時のサブタイトル——裏ネームさ。実際のペンション名は、もっと普通にやってる感が出てた方がいいに決まってる。
『いかにも』じゃ、狙ってる客層は来ない。ペンションの名前は、おば・・・幸子さんに考えてもらおうよ。」
「わたし・・・、そういうネーミングセンスは・・・。」
「うちの名前でいいんじゃないの? ペンション鬼乃崎。」
「『鬼』という字が入ってる時点で、どうかなぁ・・・。『鬼乃崎』って苗字、あまり普通じゃないよ。もっと普通感ががあった方が——。」
「幸子さんの1字を取って『幸』ってどう?」
美柑が言うと、幸子はぱあっと顔を輝かせた。
「あ、それ、いいわぁ! 来てくれた人がみんな幸せになれたらいいな——って願いも込めて。」
(お化けの出るペンションでか・・・?)
「ええなも! ええなも!」
ヤモさんが大きな口を開けて嬉しそうに言い、周りの妖たちも手を叩いたり吠えたりして囃し立てた。
こうして上弦の月が西の空に傾きかけた頃、第一回「ホーンテッド・ペンション準備会議(?)」はなんとなくまとまり、具体的開業の準備とPVの撮影に入る運びになっていった。




