07 開戦
出ては来たがどういう思惑があるのか、敵は川の半ばで耐えているだけだ。鉄砲射程内ではあるが、しっかり防御されているので与えたダメージは少ないだろう。尤も、塹壕に籠もっている味方は被害皆無だが。
だが竹束も打ち据えられていくうちに破損して用をなさなくなっていく。どうするつもりなのだ?
「羽柴勢、正面から左翼も前進開始。」
ほう?奇策を弄するでもなく普通に前進…とは意外だな。なにか多少なりとも藻掻きそうなものだが。
「羽柴勢、中央と左翼、篠山川を渡河!!射撃戦に入る模様!!」
ん?逆に左翼と中央が突出して本格的に打ち合うだと!?
距離の詰まった右翼方面で射撃戦が本格的に始まっている。鉄砲の煙が濃くなり、パンパンという音とともに、焦げ臭い匂いまで漂いだしている。
羽柴勢も竹束盾を設置して、本格的に応射を始めたので、時折馬防柵が削れて木片が吹き飛んでいる。羽柴勢はそれなりの被害がでているようで悲鳴も上がる。だが塹壕に籠もっている味方の被害は軽微で終始安定した間合いで撃ち続けている。
やはり塹壕は圧倒的だな。第一次大戦で証明されている通りだ。戦車が登場するまでは塹壕線を正面突破するのは倍の兵でも無理だろうな…
そのまま小半時射撃戦が続く。元々鉄砲の名手光秀が鍛え上げている上、塹壕に籠もって安定した射撃が出来る我が方が徐々に圧倒し始める。
「お味方右翼、斎藤勢溝尾勢が、敵方を圧倒しつつ有り!」
すでに誰の目にも右翼の射撃戦の帰趨が見え始めている。だが羽柴勢は何を仕掛けてくるでも無く、ただ平凡に耐え、撃ち返しているだけで鉄砲隊以外はただ這いつくばっているだけだ。
「流石に理解に苦しむな…」
皆も同様に思っていたのだろう、本陣付の下士官達も頷いている。焦れて騎馬や槍足軽が無謀な突撃をしてこないのは流石ではあるが…
「羽柴勢は今目の前で戦っている連中で全てのはずだな?」
誰にというわけではないが、訪ねてみる。
「はっ、物見の報告では眼前の敵以外は見当たらないとのこと。領民の注進も同じです。」
こういう場合の連絡将校だろうか、即座に返答が有る。流石光秀。良い軍勢に仕立て上げてある。
だが、領民の目でも他に敵が居ないのであれば、見落としということもあり得ない。自領で戦う優位はこういう事でもある。こそっと別働隊を造って奇襲…といった事は侵攻先では不可能としたものなのだ。
「ならば絡手からの奇襲の線はないな…」
八上城の大手は篠山盆地に面した現・春日神社あたりと思われるがはっきりとした絡手は不明だ。だが郭の配置から南東の野々垣川沿いの峡谷にむけて絡手があったと考えられる。また、南西側にも小郭がいくつか設けられていて奥谷川側にも第3の通路が有ったはずだ。奥谷川側は特に急峻のためとても大軍が通れるものではなさそうだが。高城山が逆正三角形のような地形なので必然的に3つの登り口があるという訳だ。
小部隊でもそういった裏手に回して城の背後を脅かすことで戦機を掴むのは普通にあり得るが部隊を分散すると撤退に支障を来す。どうせ勝てないなら被害を最小限に抑えるために一塊のままで行動する…そのあたりを考えているのだろうな…だから逃げる時のために兵の足を使わせずに残しておく。騎馬も槍足軽も使わないのは、そう考えれば筋が通るか。
「羽柴勢右翼から中央、黒田勢などに動きがある模様!」
やっと動くか。さて何を仕掛けてくる?