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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
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64 徳川仕置

いつも誤字や、うっかり間違いのご連絡ありがとうございます。

これからもよろしくおねがいします。

徳川勢が布陣していた木曽川支流南岸に明智の陣幕が張られている。取り敢えず本営詰めの幕僚だけは集まっているが広域に散っている武将達が集まるまで待たねばならない。


「いやはや、大変な(いくさ)でしたな、左大弁様…」


「官兵衛。(いくさ)もだが後始末がこれから大変だ。米野の南の輪中に積み上がった死体だけでも二千に達する。」


「まともに動けない重傷者はその倍は居りますし。三河、遠江は最低三年は年貢免除が必要でしょうなぁ…」


「だが、面白い事も見れた。のう、信繁殿。」


「は。官兵衛様でも慌てなさる事もあると、安心いたしました。」


「もう、言わんで下され。儂は所詮(しょせん)参謀じゃ。武将ほどの胆力などござらん。重治弾改の死人の山で半ば硬直していた所に左大弁様のあの仕込みじゃ。まさか、左大弁様が我が本営全体を(たばか)る事で家康に最後の一押しに踏み出させる策を巡らされていたとはのぅ…。利三殿もまんまと嵌められましたな。」


「なんの、この利三は左大弁様の忠実な武将ですからな。左大弁様の狙い通りに踊って居れば良いのでござる。しかし、信繁殿は気が付いておられたようだが、何処から?」


「この信繁だけでなく、父も兄も武田の戦闘力は肌で知っておりますので。徳川殿が武田の戦闘力を模倣されたのであれば、蒲生賦秀様が先鋒を務める光慶様の陣を、たかだか半数の兵で抜くことは困難。まして狼煙(のろし)など。賦秀様と光慶様がわざと手を緩めている以外有り得ませぬ。」


「うむ。狼煙まで許したのは(いささ)かあざとかったのう。野戦に自信過剰の家康殿が真に受けてくれたので良かったわい。」


「…あそこか。なるほど…言われてみれば……」


話しているうちに武将達も粗方集まってきたようだ。形だけの槍合わせをしていた光春も織田信孝を伴い此の地に接近中と連絡も来ている。


「主だった者は大方集結し終えたようだな。」


「はっ。光春殿以外は集まり終えたようです。」


「では始めるか。通せ。」


討ち取った名のある首と捕虜が連れてこられる。


「順に、榊原康政殿、井伊直政殿、鳥居元忠殿、平岩親吉殿、そして徳川家康殿でござる。」


ふむ。榊原康政は重症のようだが気丈に振舞っているな。石川数正と秀忠や秀康(史実での結城秀康)は留守居だったようで参戦しておらぬな。


「首でござるが、あまりにも多いため酒井忠次殿、本多忠勝殿の二つに今は止め置きました。」


「うむ。それで良い。」


暫しの沈黙が場を支配する。諸将の目は酒井忠次、本多忠勝の首に集中している。


「二名ともぶつがんであるか…」


「いかにも。己が役目を果たし終え本懐を遂げた見事な吉相ですな。」


官兵衛の言う通り猛将とは思えぬ穏やかな死に顔だ。


「首は松平の菩提寺で葬ってやるが良い。誰か、使者となり岡崎城へ届けてやってくれ。」


「…では拙者が後ほどに。」


「吉長(可児吉長)が行ってくれるか。ならば心配ない…」


こういう場合の使者は痛くない腹まで探られがちな謀将よりも一本気の猛将のほうが適任だ。諸将も納得顔だ。


「さてと。では徳川の仕置を申し渡す。」


耳目が一斉に捕虜に向けられる。大方の徳川の武将は黙って瞑目(めいもく)しているが、家康だけは今だに目を怒らせている。

まあ、そうだろう。生きている限り家康は決して野望を捨てはしない。


「徳川家康!」


呼ばれた家康が一際背筋を伸ばし、さらに眼光鋭く睨んでくる。


「家康は切腹!」


徳川家臣が一斉にざわつきだすが直ちに警備兵に押さえこまれる。


「…三河守(家康)。言う事があれば聞こう。」


「…左大弁…いや、光秀。どうやって化けた…」


「ほう、化けたとな。」


「盲目的に朝廷を崇拝し都合よく操られた上、筑前にも(たばか)られていたはずのお前が…。使い捨て同然の駒であるはずのお前がどうやって化けたのだ!」


「ほう?三河守は本能寺のいきさつを居ながらにして知っていた訳か。」


「舐めるな!お主の人と成り、どう見ても天下人の器ではなかったわ。それが、山崎丹波の合戦以降、前右府すら凌駕する速さと機略。挙句の果てに儂(家康)の動きを見通すかのような真田を使っての工作。貴様、別人であろうが!」


ふむ、流石によく見ているな。


「人は成長していくものだ。朝廷の思惑、筑前の謀略、お主家康の秘めたる野望、それらすべてがストンと腑に落ちたのよ。あの山崎を前にしてな。そして…」


間をおいて、家康から目を離し、暫し虚空を見つめる…


「そして天啓が下ったのだ。」


場がざわつく。合理的な光秀が天啓などと言ったのが、あまりにも意外だったのだろう。


「家康が天下人の野望は日ノ本の為に成らず。必ず成敗すべし。…とな。」


「…て、てんけい…天啓だと!ふざけるなっ!そんな物で我が徳川を目の敵にしていたのかっ!」


「別にふざけてなど居らぬよ。」


「………」


「天啓では家康は本能寺の変の仇討ちには来ない。甲斐信濃を横領に動くと有った。」


「………」


「半信半疑であった。が、念のため、真田殿を支援して信濃を抑えてもらったのだが、天啓通りだった。天啓と異なり織田勢に協力して仇討ちに来たなら勝家同様に扱っていたであろうな。」


「………」


「そこで改めて仮面をはずしたお主を見つめ直したのよ。律義(りちぎ)者の仮面をかなぐり捨て盟友の領土を横領に動き天下への野望を(あらわ)にした徳川家康という、人間をの。」


「…儂(家康)そのもの、を?」


「おうよ。戦国大名は皆家臣領民を大切にする。手足となって働く家臣あっての大名だからな。そして家臣すら大切に出来ぬ者が領民のためのまつりごとなどできようはずもない。」


「………」


「そういう視点から徳川家康という男を改めて見直したのよ。」


皆固唾を飲んでやり取りを見守っている。徳川家臣達も今は大人しく聞いていた。


「するとまあ、酷いものよ。」


「なにっ!」


「自らの功のためには家臣を踏み台にすることになんら躊躇せぬ酷薄な人間。それがうぬ、家康よ。」


「そんな事はしておらぬっ!」


「いいや、毎回毎回しておるわ。姉川では朝倉勢の戦意が今少しあれば壊滅していたのは徳川ぞ。勝ちはしたものの徳川勢の被害は甚大だったろうが。金ヶ崎では指名されてもおらぬのに、前右府に取り入るために買わずとも良い殿(しんがり)を買って出た。うぬに対する前右府の心象は上がっただろうが何人死んだ?長男信康の内通疑惑の折はなぜ家康みずから弁明に向かわなんだ?うぬ自らが弁明に(おもむ)けば前右府とてあそこまで極端な沙汰はできまい。うぬは怖かったのであろう。前右府にその場で打首にされる事が。だから死をも恐れぬ酒井忠次を派遣したのだろうが。あのときも酒井忠次を最悪捨て石にしても良いと思っていたのであろう?」


「うぬっ…」


「そして此度もまたしかり。酒井忠次も榊原康政も討ち死にするかも知れぬと判っていて送り出した。正面からひと宛てする機会を得るため、ただそれだけのために捨てたのだ。一万数千の忠義の兵と忠臣をな。」


「他に…手がなかった…だけだ…」


「ぬかせ。あるのは判っていたはずだ。うぬが勝ち目なしと認め家康自らの首一つで講和を模索は出来た。」


「………」


「毛利家同様にまだ徳川家は直接明智と干戈(かんか)を交えておらなんだからな。だがうぬは野望を捨てられなかったのだ。天下人の野望をな。」


「…戦国に生まれ天下を狙って何が悪い。」


「貴様が民を思い、臣下を大切にするならそれも良かろうな。だが、貴様は常に己が第一で臣下も民も二の次よ。そんな暗君が天下人では日ノ本の先は真っ暗よ。三河の現状を見てみろ。隣の尾張の栄え方に比していまだに鎌倉の世からさほど進歩しておらぬ。三河湾の良港も全く活用できておらぬ。東海道で最も発展が遅れているのが三河であろうが。貴様は長年何をしていたのだ?ひたすら倹約を強制し銭を溜め込むだけ。貴様の目は全く領民を見ておらぬわっ!」


徳川家臣団も俯いている。それなりの自覚はあったのだろう。


「徳川三河守は天下人の器に非ず。必ず排除すべし…と名指しで天啓に挙げらるのも当然よの。」


「…貴様に何が解る。」


「…言いたいことも尽きたようだな。榊原康政殿、井伊直政殿、鳥居元忠殿、平岩親吉殿。四名には殉死を許す。」


場に衝撃が走る。だが、この世代の武闘派は一掃しておく必要がある。一掃せねば家を残させる訳に行かぬ。


「…解るな。うぬらが生き残っては徳川の亡霊が燻り続けるのだ。」


「!有難き幸せっ!」


意味に真っ先に気が付いた井伊直政が平伏する。


「ま、万千代!きっさまぁ~!」


家康が裏切られたとばかりに唸り声を上げる。が、


「この期に及んで殿とわれら四名程度では、お家の重さに釣り合いませぬ。が、それで良しとして(いただ)ける左大弁様のご厚情、謹んでお受けいたしまする。」


その言葉で我に返った榊原康政も、あわてて平伏する。


「敗残の愚将なれど、有難くお受けいたしまする!」


二人の様子を呆然と見ていた鳥居元忠、平岩親吉も二人に習って平伏する。


「うむ。よくぞ分別した。徳川家は朝廷との取り決め通り、家康一代にてお家取り潰しとなるが、松平に復しての存続を認めよう。当主は秀忠殿となろう。秀忠殿は民を思う心ある世継と聞き及んでいる。だが三河に残っていては旧弊(きゅうへい)を断ち切る事ができぬ。松平には甲斐一国を考えている。そなた達武勇の将が軒並み消えては領内の仕置に差し障ると心配する向きもあろうが大丈夫だ。於義伊(おぎい)(史実の結城秀康。家康次男)殿は家康には軽んじられておるようだが、隠れなき猛将ぞ。文の秀忠殿に武の於義伊殿。両輪手を携えればなんら心配はない。」


それを聞いた四名の徳川重臣が改めて平伏する。

家康を無視して次々と話をすすめてゆく。家康は家臣にも無視され呆然と大口をあけて佇むだけだ。


「いやあ、遅くなり申した~。」


そのとき大声が聞こえ、織田信孝と明智秀満(光春)が入ってきた。


「おお、よく参られた信孝殿。光春もご苦労だった。」


二人が定められた座についたとき、やっと家康が口を開く。


「の、信孝がなぜその座に、当たり前のように…き、貴様ぁ、(たばか)ったのかぁ~!儂ら徳川をコウの立替(囲碁のコウ立て)に宛てたなぁ~。」


「フン。先に我らをコウの立替にしたのは家康殿であろうが。支援とは名ばかり。常に最前線に我らを立てて自らは後方待機の分際で笑わせるわ。」


「貴様ら織田家のために長年血を流してきたわれらを愚弄するかっ!」


「家康殿が支援してきたのは、父上であり、兄信雄であろうが。此度も勝利の暁には信雄を立てる前提でずっと進めておきながら、長年の恩とは片腹痛い。しかも本能寺以降は織田家の領地を横領しておきながら盗人猛々しいとはこの事よ。儂はな、旧来の織田家などどうでもよいのだ。儂が当主の新しい織田家を作る。名実ともにな。小さくとも真っ当な織田家をな。愚物(信雄のこと)を血統だけで上位に据えるようでは父上の底も見えていたという事よ。」


信孝にあっさりと突き放されて家康がアワアワと口だけ動かしている。徳川四将はため息を尽きながら首を振っている。


「よく分別なされた。信孝殿。信孝殿には約定通り尾張半国と考えてござるが如何かな。」


「尾張半国…それは下半国でござるか?」


「いかにも。」


「くっくっくっ。さすが左大弁殿。この信孝に父上と同じく尾張下半国で一からやり直せというのですな。相わかり申した、父上以上に栄えた尾張織田家にしてみせましょうぞ。」


信孝とはこういう男だったのかと諸将がいささか驚きの目で見ている。史実では兄弟の都合がため、不当に低く信孝の実態が隠蔽されていたのだ。兄信忠を越えさせないため、さらに、兄?信雄をも越えさせぬために。ことごとく軍功を上げる機会を奪われ続けた。必然的に家臣団も育たない。飼い殺しである。其のくびきが初めてはずされた。


「…左大弁殿。儂(信孝)は今、初めて外の空気を吸えた気分ですぞ…。」


「うむ。尾張の民も期待していよう。良い国を造られよ。そうだ、信孝殿に一つ土産をお話致そう。千年ほど前は尾張の殆どの地は海だったのだ。熱田は海に突き出した半島の先端だったし津島は文字通り、島だった。それが千年の間に海が下がり、濃尾三川などが土砂を運び海を埋め立て陸地が増えた。なので尾張は水害に弱い。濃尾三川、とくに木曽川は氾濫に備えねばならぬ。それには数年ごとに流路を人の手でかえてやり、川底に積もった土砂を(さらえ)てやると良い。予備の流路を用意しておくわけだな。そうしておけば大雨のときには両方の流路を使かって排水も出来るし、川底が上がって天井川に成ることも防げる。木曽川は過去に幾度も流路が変わっているので予備の流路の候補地はさほど難しくないだろう。」


「なんと!。左大弁様はなぜ其のようなことを…」


いつの間にか様呼びに変わっている…


「なに、たまたま古文書でみただけだ。尾張の(ほとん)どが海として描かれていたので驚いたからよく覚えている。」


家康が完全に無視され諸方へ目を走らせ救いを求めているが、最早だれからも相手にされていない。

そうこうするうちにも略式ではあるが切腹の場が整えられ、ほう[折しきに台がついたもの。台の3つの面にくりかたがあれば三方(三宝)、4つの面すべてにくりかたが有るとほう]が五個設置される。


「左大弁様。準備できましてございます。」


「では、榊原康政殿、井伊直政殿、鳥居元忠殿、平岩親吉殿。そして徳川家康殿。それぞれ所定の位置へ参られよ。」


四名の徳川重臣は静々と左右2つずつのほうの前で座り気息を整え始める。だが、肝心の中央が空いたままだ。見かねた平岩親吉が立って半ば無理矢理に家康をほうの前に座らせる。

しばらくして重臣四名が各々見事に切腹して果てる。家康は目が泳ぐばかりで何時まで待ってもほうの短刀に手を掛けようとしない。

仕方がないので光春に目配せする。


「三河守殿、介錯仕る…」


さっと家康の後ろに周り、つられて後ろを振り返る家康だが、


ザシュッ………


光春が見事に首の皮一枚残して一刀の下に切り捨てる。


「終わりましたな…」


「利三か。…ああ、そうだな。やっと終わった。戦国が。」





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[良い点] 往生際の悪さも含めて最高の末路でした。 ザマアーーーー!
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