06 対峙
高城山の麓の光秀本陣は篠山川の氾濫原に布陣している部隊より高い位置にあるのでかなり見通しが良い。
明智勢の布陣が完了して一時もせずに羽柴勢の姿が見え始める。
ずるずると引くに引けず此処まで引き込まれてしまい、戦の先が見える黒田当たりは忸怩たる思いをしているだろう。秀吉も不味いことになったと思っているかもしれないが…
「羽柴勢、篠山川北を無防備で西進中!!」
伝令が大声で伝えてくる。大方、先手の部隊長あたりにチャンスだから伝えてこいとか言われているのかもな。わざと側面を晒して誘い込もうと云うのだろうが、そんな見え透いた手に乗る前線指揮官は明智勢には居ない。大方の友軍部隊は落ち着いたものだ…
「羽柴勢、縦列行軍から左一斉展開、横陣を形成中!!」
こちらが動かないので仕方なく、普通に横陣を造って向き合うようだな。篠山川を挟んでの対峙だ。ほかに組みようがなかろう。
「羽柴勢、篠山川の北、鉄砲射程外で停止。横陣完成の模様!!」
さて、ここからは我慢比べだが、まあ、こちらは待つだけだ。どうしても形だけでも戦ったという事実が必要なのは羽柴勢だからな。退屈だがゆるりとしよう。こういう時に射程が長い兵器があると良いのだが、今回は仕方ない。次は少数で良いから投石機でも造っておくか。古典的な兵器だが鉄砲よりは長射程だし弾の補給の心配がない。嫌がらせには十分使えるだろう。
「羽柴勢の陣容判明!!中央後方に本陣。向かって右翼、篠山川上流の山城方面に羽柴秀長、隣に蜂須賀正勝の両隊!!」
離脱する場合の殿に成る持ち場にはやはり秀長を持ってきたか。隣に歴戦の蜂須賀で羽柴勢左翼もなかなかしっかりした陣容だ。
「羽柴勢、向かって左翼、篠山川下流の但馬方面は黒田孝高、隣に山内一豊の両隊!!」
撤退の見極め役はやはり黒田孝高が受け持つか。だが、山内一豊だと?黒田に面倒を見させているのだろうが、それにしても軽かろう。やはり人材不足が否めぬな。宮部継潤を山陰などに遊ばせておくからこうなるのだ。どうせ乾坤一擲の大博打なのだから、使える将帥は根こそぎ連れてくれば良いものを。光秀も舐められたものだな…まあ、俺が今光秀なんだが。
「中央正面は堀尾吉晴と桑山重晴の両隊、その左右に浅野長政、前野長康の両隊の模様!!」
こういう配置か。中央もかなり軽い。こちらから打って出ないと予想しているにしても、羽柴勢はまるで中央から本気で攻めてくる気配がない。
とはいえ、中央が一当てもせずでは会戦の事実も残しにくいから左右に合わせて一度ぐらいは出てくるのだろうが。
さて、この篠山盆地を西に流れる篠山川だがここらは結構な川幅がある。なんでも、25000年前の地殻変動で篠山盆地が湖水になっていたらしい。元湖水だったためか山間部から出て間もないのに結構な川幅であり、広い氾濫原があるという訳だ。日本の平地は元湖水だったとか海だったとかが多い。大阪平野の大部分は2世紀までは海だし、奈良盆地の中央部もでかい池だった。大和川も淀川も昔はもっと大きかったのだろうな。
そのかなり幅のある篠山川を挟んでいるのでなかなか戦端が開かれないが、どうやら時間経過が味方しない事を羽柴勢で一番よく理解しているであろう、黒田がいろいろ画策しているようだ。
竹束を抱えさせた兵を川の半ばまで出してみたり、なにか叫んで挑発したり…まあ、相手する我が方は光春だ。全く無視して静観している。たまに鉄砲で威嚇する程度だ。こういう時外様が居ると釣り出されてしまったりするのだが、幸か不幸か子飼いの兵だけなので、誰も釣り出されない。
「羽柴勢右翼、山内勢に動きあり!!」
ほう…どうやら小手先の挑発は諦めそれなりに仕掛けてくるようだ。黒田、山内に呼応して中央よりの浅野や桑山も出てきたな。一種の斜陣を形成しつつ、ある程度の損害を覚悟して出てきたか。
「そろそろ羽柴勢が焦れて動き出すようだ。追撃の時期は本陣から一斉に知らせるのでそれまでは陣形を堅守して迎撃に専念するように、各隊に伝えよ。」