62-4 到達
ちょくちょく感想をいただき士気があがります。大事なポイントのご指摘をいただいている事もあり、感想にはすべて返信しているのですが、自分が書いた感想の返信を見たことがなく、返信がみられているのかどうかも不明です。戴いた感想は有難く読ませていただいていますので、これからもよろしくおねがいします。
「おお、あれは…」
どうやったのかは不明だが、誰の目にも徳川勢の士気が上がっているのが見て取れる。
「ほう、家康殿の統率力も侮れぬな。」
「さ、左大弁様。あれはむしろ異常ですぞ。圧倒的兵力差、火力差が誰の目にも明らかにもかかわらず、あの闘気は…」
「なるほど、あれが家康殿の切り札ですかの。左大弁様。」
「知将とは言い難い御仁だが、猛将の資質は十分と云う事か。だが最早そういった時代では無い事を教えてやろう。10年20年前までならあれで通用したのだろうがな、生きる時代を間違えたな…」
「…時代?…」
同じ猛将に属する真田信繁が呟いている。彼も追い詰められれば理よりも気に頼る癖がある。それではダメなのだ。この戦いを見て修正してくれればと思う。
「殿…」
「”左”か。東も来たか?」
「はっ。榊原康政率いる約七千五百、板橋を渡河、前渡付近で警戒中の光慶様の軍勢一万五千と衝突。」
前渡は板橋の西、木曽川本流が北に曲がる付近だ。
「なに!こちらにも七千五百と!」
「官兵衛。どうも家康とは噛み合わぬようだの。」
「いや、面目ない。どうも根本的になにか異なっておるのか…」
「なに、家康殿の自信を取り違えただけの事、官兵衛の間違いでは無い。そろそろ始まるぞ。」
徳川勢前列の重装兵が前屈みになって重い足取りで前進を始めている。
「来たぞ、塹壕の銃手はただちに退避!左右に下がれ。正面槍隊敵勢と接触次第叩け!」
利三の指示が飛ぶ。この時代の槍兵は三間半(約6.4m)の長槍だ。突く動作はめったに行わず基本的に上下方向に振って上から叩く動作になる。
通常であれば見る見る間合いが詰まり槍合わせが始まる距離を、歩くような速さで接近してくる。
あまりの遅さに退避した銃手が左右備えに展開を完了して撃ち始めている。
「それなりに貫通しておる様子ですが、やはり致命傷にはなかなか成らぬ感じですな。」
官兵衛の云う通り、脇腹にめり込む弾に時折足並みが乱れるが、すぐに立ち直っている。そしてついに槍隊同士の叩き合いが始まる。
ボン…ボボボン…ボン…
砲と云うには気の抜けた炸裂音多数と白煙があがる。そして拳よりすこし大きい塊が味方の槍隊の上空高くを飛び越えすぐ前の徳川勢槍隊のあちこちに着弾、同時に付近の徳川兵がなぎ倒される。中には具足が燃えている兵も居る。
「!あ、あれはっ!」
「…重治弾改…新型南蛮船の重治砲を陸戦用に改造して太田殿に訓練してもらっていた。漸く実用の目途がついたので此度の切り札に致したのだ。」
重治弾改は艦載用の重治砲のシステムを歩兵携行可能なサイズまで小型化した簡易迫撃砲。小型とは云え重治砲の砲弾同様に臭水(原油)を精製した揮発油が仕込んである焙烙だ。頭上直近で炸裂するため重装歩兵でも耐えらるような代物ではない。火縄などの準備に手間がかかる上、事前に着弾観測しておく必要があるし一度に投射出来るのは一組の砲兵に一個づつだが、白兵戦の最中に味方の兵を越えて投射されるので最前線の敵兵にとっては極悪極まる必殺兵器だ。
「し、しかし、見て下され、その重治砲で空いた大穴がすぐに後続の兵で補填されて行きますぞ!」
「重治弾改だ利三。だが確かに見事な統率だ。おそらく予め何らかの攻撃で隊列に穴が開いた場合の指示が出ているのだろう。」
「くっ、せっかくの新兵器も空振りかっ!」
「利三。そんな事が有ると思うか?」
隊列を再構築した徳川勢が再び槍合わせを始め2振りもした頃…
ボン…ボボボン…ボン…
「え?」
再び徳川勢を重治弾改が打ちのめす。
「利三、ここは船上ではないぞ。重治弾改は鉄砲同様にその場で再装填し、発射できる。筒も太いが短いし、地面に上向きで固定されているので鉄砲より再装填が楽なぐらいだ。それに試射を終えている場所に打ち上げるだけで、いちいち狙いも付けないでよいのだぞ。」
「左大弁様、利三様。また槍兵が補填されていきますぞ!」
真田信繁の指摘で皆の目が戦場へ戻る。目の前の事象に右往左往せず指示された通りに作戦を遂行する徳川勢の動きは基本的に正しい行動だが、この場合は………
「ん?左大弁様。あれはっ!」
目の前の惨状に声も無く、目が死んでいた官兵衛が東の空に上がる狼煙を見つける。
「狼煙…のようです。左大弁様。」
どうやらこの場で一番冷静なのは真田信繁のようだ。流石というべきか。
「ま、まさか、光慶様が抜かれたのか!」
「馬鹿なっ。倍の一万五千、しかも蒲生賦秀殿が先鋒だ、ありえぬっ!」
「ご注進!」
黄母衣衆が一人、飛び込んで来る。
「…酒井忠次が率いし東三河勢、およそ五千、尾越を越え南東木曽川沿いに来襲するも、待ち構えし宇喜多勢一万により壊滅。酒井忠次は宇喜多が臣、馬場重介殿が長射程銃の至近距離からの直撃で即死。東三河勢は百以下まで撃ち減らされしが、なおもこの本陣目指して走りおります!」
「右は防ぎ切ったか!」
「宇喜多の馬場重介殿かっ!秀家殿が新型銃部隊の長として目をかけていた豪傑ですぞっ!」
「とにかく、右は押さえましたな、左は如何いたしましょうや!」
利三と官兵衛が口角泡を飛ばしている。…ほぅ、信繁は早、気が付いたか。信繁は武田の力が如何程か知っておるからな。
信繁と目が会いなにか言いたそうだが僅かに首を振り黙らせておく。
そうこうする間も最前線では徳川の槍兵が次々と重治弾改の前に死体の山を造っている。
「官兵衛様、利三様。まだ本陣備えは小揺るぎもしておりませぬ。今は目の前が肝要かと。」
おっ、儂の意を汲み二人を誘導したか。落ち着きを無くせば官兵衛とて手玉にとられるか。知将ほど一旦崩れると脆いのやもしれぬ。酒井忠次をうっかり打ち取ってしまったのは仕方ない。手加減して戦うのは殲滅するより難しいからな。それでも百ほどは走らせたなら上出来だ。狼煙まで上げさせたのは…蒲生賦秀の計らいだろうが、流石に出来すぎだが。
おっと、いかんな。顔にでてしまいそうだ。儂もあの死体の量産現場を睨むとしよう。