62-1 肉薄
投稿開始からちょうど一ヶ月になりました。
すごく多くの方に御覧いただけるようになって感無量です。が、ここにきて下書きをかなり大幅に書き換えているので、投稿に間隔が開くかもです。必ず完結まで書きますので、多少更新間隔が開くかもしれませんが、よろしくおねがいします。
*いつもながら、誤字のご連絡ありがとうございます。
これからもよろしくおねがいします。
「左大弁様。とうとう動き出しますぞ。」
「…心なしか、徳川勢が少なく思えるな。」
「そうですか?…そう云われて見ると、そのようにも思えますが…定かには…」
木曽川河畔近くまで進出している射撃櫓からの眺めだ。正確に数えることは出来ない。熟練の利三であっても5000や8000は経験でわかるが30000前後まで増えるとかなり曖昧になるのは仕方ない。そもそも、そのような大軍を相手にすること自体が滅多に無いのだ。
「なかなか強靭ですな。左大弁様。」
「あれだけ撃たれながら倒れる者がほとんど居らぬ。官兵衛はどう見る?」
「最前列付近の者の足取りが重いですな。おそらく、特誂の分厚い甲冑を着込んでいるのでは。」
「…確かに。真正面から当てても跳弾になっていますぞ。」
遠眼鏡で利三が確認できたようだ。なるほどな。鉄砲などの改良は無理でも、甲冑や盾なら短期間で強化できる。動きは鈍重になるが…。
「正面から撃っても効果が殆ど無いか…。よし、利三。一番近い敵を撃たず、少し離れた敵を撃たせてくれ。」
「は?わざわざ遠くの敵を?」
「敵の鎧が正面に厚く造られているなら、斜めや横からの弾なら貫通するかもしれぬ。」
「! なるほど、直ちに。」
利三の指示で角度のついた射撃に切り替わる。
「ほぉ…、多少貫通弾がでているようですが、致命傷には至らぬようです。」
「そうか、ならばよい。このまま接近してくればより角度のついた射撃に自然となる。致命傷を与えうる距離で貫通弾が出始めれば動きも止まるだろう。」
「左様ですな。左大弁様。それにあの重さでは相当接近するまでは突撃できませんでしょう。落ち着いてたっぷり銃弾をお見舞い致しましょう。」
官兵衛も勝負はまだ先と考えて居るようだ。
「あのゆっくりとした動きなら長時間射撃に晒されるので結果的にはかなりの敵兵が倒れる事になろう。それより、大焙烙も用意してあるな。」
「勿論いつでも射てますぞ。」
「うむ。機を見て敵勢の後ろ半分を殲滅するぞ。大焙烙を打ち込めば敵は普通の突撃に切り替えてくるからそれからが勝負だ。」
「ふうむ…なるほど考えたな…」
「どうした、官兵衛。」
「見て下され、敵の前列以外の後ろを。かなり兵と兵の間を広く取っておりますぞ。」
官兵衛から遠眼鏡を受け取り直接確認する。
「確かに。密集しているのは重装甲らしい前列の部隊だけだな。後ろの部隊はかなり広く散開している。」
「あれでは大焙烙を打ち込んでも着弾前に大方は避難してしまいますな。」
投石器の弾道が高目の山なりなので、着弾点は予測できる。一目散に離れれば無傷で逃げられるのだ。
「なるほどな。槍合わせに入った部隊だけが密集するという訳か。だが、それでは勢いは付かぬな。」
「それでも大焙烙を食らうよりはマシですな。槍合わせが始まった付近に大焙烙は撃てませぬ。」
「では、敵のすぐ手前の輪中に稲城を並べよ。あの鈍重さだ。目の前に稲城をならべられても急にはなにも出来ぬ。着火して稻城が燃えていては、いくら装甲が厚かろうが近寄れまい。射撃方向は稲城正面を撃たず、角度のついた離れた場所の稲城を撃たせろ。」
利三からの指示が前線に飛び稲城が並べられ、直ちに着火され炎の壁が生まれる。これで徳川勢の足がとまるはず…だったが、
「さ、左大弁様!稲城があらぬ方向に排除されて行きますぞ!」
どういうことだ?…あれは…
「利三。お主なら見えるのではないか?何かで引っ張っている感じだが。」
「あれは…針金?ですかな。大きな鍵爪のついた針金のようなものを振り回して、投げ釣りの要領で後ろの兵が稲城に引っ掛けていますな。それを左右の端に引きずって排除しているようですぞ。」
「なるほどな。稲城対策もして来たか。」
「やはり初見でない戦術には一応対応してあるようですな。徳川殿の参謀もなかなかに有能ですな。」
官兵衛が感心している。さて、どうしたものか。このまま接近してきても普通に槍合わせするだけだが…ここで早速出すか?まだ早い感じだが…
「おや?稲城は取り除かれておるのに…敵が止まりましたぞ?」
利三の報告で思考が中断される。
「確かに止まっている。如何に見る?官兵衛。」
「…一応の目的は果たした…という当たりでしょうかの。それなりに銃撃に耐えられる事と、稻城の無力化が確認出来た。そこそこ肉薄出来て突撃開始の可能な距離まで間合いを詰められた…と。」
「ふむ。だがわざわざ止まった事の説明にはなっておらぬぞ。」
「それは、やはり待ち…という事でしょうかな。」
「?待ち?で御座るか?」
利三が話についていけていないので、説明しておく。
「官兵衛も儂も、すでに家康が別働隊を分派していると睨んでいる。我が主力の左右両方にだ。それらの何れか、あるいは両方が我が主力を横撃するのに合わせて正面も突撃する…そのための待ちという訳だ。」
「なんと、すでに分派していると。…そうか、それで左大弁様は目の前の兵が少ないのでは?とお尋ねに…。」
「まあな。だが判別出来ぬのは致し方ない事だ。歴戦の利三といえども数万同士の大会戦などそうそう経験する事ではない。賤ヶ岳では山岳戦だったため、部分部分ごとの衝突で平原の大戦では無かったしな。」
「では、左右張り出しの勢にあらためて警戒を指示いたしますか?」
「それには及ぶまい。」
宇喜多勢や蒲生賦秀を得た光慶が、そうそう安々と突破されるとも思えぬ。それよりも…
”左”
音もなく背後に気配がかすかにする。そのままだれにも聞き取れぬ呟きで左に指示を与える。
かすかに承諾の反応を残して”左”が消えた。
利三や官兵衛にはすまぬが、まず味方から欺かねばな。あの狸を嵌めるためだ。許せ。