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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
60/72

56 木曽三川

いつも誤字のご連絡ありがとうございます。

今、濃尾の河川図を描きかけていますが、訳分からんぐらい複雑で疲労困憊。

そもそも関ケ原時点と水路が違うため資料自体が少ないしぃ…。

中山道も度々移動していて木曽川を超える場所が間違っている図も結構あるし。

戦国時代末期にこれだけ地形が変わっている地域も少ないのではないでしょうか。

ただ、地名がほとんど変わってないのが救いです。

濃尾平野は川が多い。とくに大きな川が濃尾三川とか木曽三川などと呼ばれる揖斐川、長良川、木曽川だ。一番西を流れる揖斐川の西岸に大垣城がある。中央を流れる長良川を西と北の要害に利用したのが岐阜城。その長良川から少し離れて東南を流れる最も太い木曽川。(この時代木曽川の支流が網目のように分かれて伊勢湾へ注いでいる。)いずれも大きな川で渡し場と呼ばれる浅瀬を利用しないと渡河は困難な川だ。

史実でも関ケ原の戦いの前哨戦の岐阜城の戦いで、東軍側が木曽川を超えるに当たり、福島正則らが尾越の渡し、池田輝政らが米野の渡しに分かれている。

(この物語の翌年、木曽川が大氾濫して流路が変わった。現在の境川の場所を流れて墨俣で長良川と合流していた木曽川が、流路を南方に変えたため墨俣は木曽川沿いでは無くなった。)


「左大弁様。大垣城に補給物資が積み上げられているのは理解できますが、揖斐川すら越えずにここで待つのですか?」


疑問を口にするのは宇喜多秀家だ。宇喜多勢は今回一万を動員しているが秀家は率いず、いつも通り宇喜多忠家が率いている。秀家はあくまで俺の側で学ぶ姿勢だ。そして横にはニヤニヤ笑っている黒田官兵衛も付いている。


「まあな。我々本体が前に出ると信濃や甲斐、駿河や伊勢の味方の心がくだろう。なので本体は遅すぎるぐらいが良いのだ。」


「く、くく。秀家殿。左大弁様の説明をあまり真に受けてはいけませぬぞ。嘘ではないが別の狙いが籠められて居るので。」


始まったな。だがこの楽しみを奪うと悪さしたくなる虫が騒ぐからな。官兵衛は側において十分楽しませてやらねばならぬ。


「別の狙い…。そうか、徳川勢を三河からできるだけ遠くまで引っ張り出して補給の負担をかけるのですね?官兵衛様。」


「それが一つですな。」


「まだ有ると…」


「家康は大きく我々に包囲されていますな。秀家殿。こういった場合の対処の方法は?」


「対処するには…あ!、できるだけ本体を中央付近においておいて、最も突出してきた敵の場所に本体をぶつけて出鼻を挫く。逆に言えば、中央付近から家康本体が離れていれば、家康の居ない場所は楽に侵攻できる!そういうことかっ。」


「それに此度の家康は信雄と信孝の二人のお荷物を抱えてござる。この二人から敵の大軍が目の前まで来ていると矢の催促があれば出てこざるを得ない立場。誘われていると感じていても出るしか無いのでございますよ。そうでしょう?左大弁様。」


「ふ、ふ。解説ご苦労。まあ、それでもあの家康の事だ。なかなか木曽川を越えようとするまいな。」


「こちらには投石機の大焙烙があるのも知っておるでしょうしなあ。睨み合いつつ繰り引き同様の動きで三河近くまで我々を引っ張ろうとするでしょうなあ。」


「まあ、誘い出されてやる義理はないがな。で、陣地のほうは進んでいるか。」


「陣地と言ってもこれだけ兵力火力に差がありますでなあ。念のため塹壕は掘らせてありますし、移動式の狙撃櫓は一定間隔で手配しています。あとは兵たちの住居と息抜きの盛り場を作らせていますぞ。」


「うむ。それでよい。その程度であれば、塹壕線を前に延伸するだけでジワジワ前に出ていける。そして前に進出した土地は即座に領国化を進める。一通り領国化が終わってから、また少し前にでる。これを繰り返すだけのわかりやすい戦だ。」


その時秀家の脇に影が生まれる。…左だ。


「徳川勢二万五千、米野の渡しの南岸に集結。」


ほう?二万五千か。ずいぶん無理したな。駿遠三でざっと70万石。普通に動員すれば一万七千から八千がいいとこだ。まあ、こちらがこの大垣方面だけで八万を超える大軍だ。傷ついた信孝勢は1万がやっとだし、信雄は一万五千は動員できようが、弱兵だしな。無理するしか無いか。


「左大弁様。流石、腹黒の家康。我らが岐阜城を囲めば後詰めできる位置に陣取り言い訳は立つようにしてきましたな。その実、信孝を盾につかって少しでも我らを削っておこうというのでしょう。」


「官兵衛の申す通り、そんなところだろう。だが岐阜城は囲まぬがな。」


「岐阜城を放置するのですか?左大弁様。」


「秀家殿。家康を参戦させた時点で信孝殿の役目は終わっているのです。信孝殿も岐阜城ももうどうでもよい。丹羽殿の調略もジワジワ効いてくるでしょう。そういうことですな、左大弁様。」


「信孝殿はお許しになるのですね。やはり。」


「官兵衛の申すとおりよ。そして許すも何も、信孝殿は初めから積極的に我らに敵対はしておらぬ、秀家殿。織田の肩書と部下の突き上げでやむなく参戦してしまった…が実情だろうな。今では丹羽殿やお市様からの情報で現実が見えているはずだ。すでに織田の時代は終わった現実が。そして信孝殿には功もある。」


「?」


「家康を決起させた功は大きい。織田の家名を残す程度に遇するには十分だと思っている。」


本当はすぐにでも降伏したいのかも知れぬが。神輿にかつがれるのも大変だな。話が一区切りついたので 左 が報告を再開する。


「真田殿、北信濃高井郡と小県郡をすでに領国化、上野吾妻郡及び利根郡沼田の領地と接続。そのまま北信濃を席巻する勢い。」


北信濃はもともと真田の出身地だ。武田時代の知己も多く根回しが進んでいたのだろう。真田の槍が甲斐まで届けば愈々(いよいよ)家康の尻に火がつく。


「もうそこまで!真田殿は流石ですね、左大弁様。」


「真田であれば、それぐらいは余裕だろう。他はどうだ?」


「蒲生殿と光慶様の伊勢方面軍本隊は伊賀街道を一気に突破、安濃津城を囲み居り。さらに大和勢を主体とした別動隊が初瀬街道を抜け松ヶ島城を貫き、即座に破却、伊勢南部の平定に移動中。」


「此処までは予定通りだな。信雄はどうしている?」


「信雄殿は早々に供回りのみ引き連れ松ヶ島城を離脱、安濃津を素通りして桑名まで撤退。道中兵を糾合し七千ほどには成っている模様。」


「ならば良い。信雄にはまだまだ家康に泣きついてもらう必要があるのでな。」


最後は駿河方面だが。ここだけは予測がつかない。


「で、駿河はどうだ?」


「家康は蒲原城で北条勢を支え居り。1000丁程度の鉄砲も有る模様。」


ほう?要害の蒲原城に少ない守兵を集中して持てる鉄砲の多くを預けたか。鉄砲は基本的に守備に適した武器で突撃には使いにくい。主力は機を見て一撃離脱の方針だから、鉄砲はあまり必要ではない。それで抜かれた場合に最も被害が大きい駿河戦線に鉄砲を回したわけだ。


「それでは武器の近代化が遅れている北条勢ではなかなか蒲原城は抜けぬな。」


「然り。蒲原城が落ちる気配は無し。」


「ご苦労。」その場で銭束を渡し労に報いる。


「では、我らも前線の様子を見に行くとしよう。」


官兵衛と秀家を伴い塹壕が見渡せる中央の射撃櫓に上がる。櫓の上では此処の現場指揮官である斎藤利三が詰めている。


「進捗具合はどうだ利三。」


「はっ。ご覧の通り、複数の塹壕線が重なるようにしつつ、斜め前に掘り進んで御座る。徳川勢は木曽川を渡る気配が無いので揖斐川、長良川を超えるまではすんなり進みそうですな。」


「長良川の手前でも少数での奇襲はあり得る。慎重に進めよ。で、関ケ原から此処までの領国化の方はどうだ?」


「は。領国化は小西父子にまかせておりますが、本当にあれで良いのですか。各郷村に順次回られておりますが軍勢を伴わず、ただ交渉だけして回っているようですが。」


なびく郷村は無いのか?利三。」


「いえ、3割~4割は我らの支配を受け入れる回答があり、その地域には野盗や盗賊を狩る治安部隊を出しています。伊賀者の助けも借りて徹底的に悪党狩りをしたあとは僅かな治安部隊を駐留させて、自警団が機能するまでは保護しています。しかし、我らに靡いておらぬ郷村は放置状態ですので無法地帯のうえ戦場に近いため物資の流通もままなりませぬ。逃げ出した悪党もこの地域に逃げ込みます。日ごとに荒廃してしまいますぞ。」


「そうだ。それは旧主にその地域を治める力が無いからだ。旧主に義理立てするのを辞めて我らになびけば瞬く間に正常化する。いずれを望むかどうかは彼ら次第だな。」


「はぁ…其れはそうでござるが、軍勢には余裕があるのでサッと武力で制圧すれば良いのでは…。なにも、このような手間をかけずとも…。」


「それでは面従腹背の郷村を抱え込むだけだろう。これから侵攻する尾張美濃は織田家の本貫地で統治期間も長い。三河に至っては田の畦まで松平が染み込んでいる。そこの郷村を心底から領国にするには旧主を見限らせねばならぬだろう?実体験すれば嫌でも旧主を見限るしかあるまい。」


「そうか、大和や河内などコロコロ主が入れ替わった地域は単に軍勢を派遣して治安回復させれば領国化できるが、地縁血縁の濃い濃尾や駿遠三は住民自らに旧主を見限らせねばならない、そういう事なのですね、左大弁様。」


自分も支配者にならねばならない宇喜多秀家は理解が早いようだ。官兵衛は…わざわざ言うまでも無いことをとそしらぬ顔だな。内政にはあまり興味が沸かぬのだろう。利三も不承不承だが理解はしたようだ。


「そう言う事だな。お、いい感じに掘り進んでいるじゃないか、見事だ、利三。」


「お褒めいただき忝なく、左大弁様。やれやれ、ホッとしましたぞ。このような間合いの詰め方をするのは初めてですので。」


「毎度ながら左大弁様には驚かされますなあ。まるで城がジリジリ迫ってくるような物でこの官兵衛にも対処法が思いつきませぬぞ。」


「此度は我々に急ぐ必要が無い故、使える手だ。こうしている間も信濃は真田が暴れまわるし、南伊勢の平定ももうすぐ完了する。駿遠三の沿岸は海軍が暴れまわるしな。お、そう言えば、家康達が鉄甲船を復活させた件はどうなった?」


「ああ。あっさり沈めたとの事でござる。なにせ鉄甲船は遅すぎますでな。砲撃や大鉄砲にはそこそこ耐えていたようで御座るが、臭水入の大焙烙を次々叩き込まれ装甲の内側の木材が燃え砕けてしまい、崩れ落ちたとの事。もう一隻は三箇所にラムを突き刺されバラバラに散ったそうで御座る。」


「やはりそう成ったか。海上要塞に使うには中途半端だったからな。あれを復活させるぐらいであれば、固定式でも沿岸要塞を築いたほうがよほど有効だっただろう。まあ、駿遠三の沿岸全域を要塞化などできぬが。」


「鉄甲船は最早時代遅れなのでしょうか。左大弁様。」


「いや。船に装甲する事自体は悪くない。攻撃力、特に射程だな。それと機動力の釣り合いが悪かっただけだ。もし鉄甲船に明智と同等の砲などが装備されていれば、そこそこ良い勝負になっただろう。」


「なるほど、たしかに鎧だけ頑丈でも意味がないですね…」


秀家も水軍整備を考えているのか、真摯に尋ねてくる。史実ではどちらかというと気合と根性で戦う猛将だったが、この世界ではかなり論理的に育っているようで将来が楽しみだ。


「おや、左大弁様。遠くで徳川方からだれか出てきて挑発して居るようですぞ?」


遠眼鏡でみていた利三が教えてくれる。遠眼鏡でなければ確認できないような遠距離で挑発しても意味がなかろうに…だが…


「ほう、それは面白い娯楽になりそうだな。長陣は娯楽に乏しく兵の緊張が緩みがちだ。どれ、ちょっと前にでて俺たちも相手してやろうではないか。」


「はぁ?わざわざ相手になどなさらずとも…」


「くく、利三殿、面白そうではござらぬか。この官兵衛も相手してみるのも良いと思いますぞ。」


「やれやれ。挑発に出てきたと言っても木曽川は越えてきていますが長良川の向こうですぞ。」


「ならば小紅の渡し付近まででてやれば、向こうも来るだろう。お互い声が聞こえる程度で良い、出るとしよう。」


「危険ではありませぬか?左大弁様。」


「秀家殿。徳川方は最低でも我らを木曽川の米野の渡し付近まで釣り出し、南の尾越の渡を越えた別働隊や北の岐阜城の兵で囲んで乱戦に持ち込みたいのでしょうな。長良川の小紅の渡しで仕掛けては小競り合いにしかならず目的が達せられませぬ。問題ござらぬよ。」


「官兵衛の申すとおりよ。ちと遊んでやろうではないか。」


秀家と官兵衛、利三と護衛の者数名を伴い目立つ旗も掲げて悠々と小紅の渡し左岸近くまで出る。鉄砲射程で圧倒しているので狙撃される心配はない。

程なくして、徳川勢も対岸の渡し付近まで出てくる。双方ともに小勢で本気で戦う意思はない。


「利三、あの旗指し物は誰の物か解るか?」


「あれは確か、大久保忠世ではありますまいか。」


大久保忠世。徳川四天王ではないが、前線指揮官として良く名前が出てくる武将だ。政略とは無縁の槍働き専業脳筋武将と言って良い。まあ、徳川で政略もこなせる武将は石川数正と本多正信ぐらいで他は皆、五十歩百歩の脳筋だが。

利三から現場指揮官に支給しているメガホンを受け取りこちらから声を掛けてみる。


「呼ばれて来てみれば、なんだ、大久保某の”なにがし”であるか。徳川は大久保と本多だらけで見分けがつかぬわ。誰か知らぬが貴様では話にならん。家康に白装束で出てこいと伝えておけ。」


(いや驚きましたな。左大弁様は喧嘩を売る才も秀でてござるな。)

(か、官兵衛様、聞こえますぞ。)

(利三殿、左大弁殿は昔からこうだったのですかな?)

(い、いえ。官兵衛様。わざわざ喧嘩を売りに出る事ははじめてですので、なんとも…)


「な、大久保忠世じゃ。三河界隈では知らぬものなど居らぬわ。」


「辺境の三河の自慢など知ったことではないわ。四の五の言わず、家康を連れて参れ。

そもそも武将のくせにそんな小さい声でよく指揮ができるものよ。」


言い合いしているが相手は地声だけなので声が小さいのだ。


「き、貴様のような声だけでかい馬鹿声など他におらぬわ。」


「三河者はやはり無知な田舎者よ。明智では怒鳴らずとも大きな声になる道具を普通につかって居るが、三河の田舎にはそういう道具がないのじゃろう。貧しいと惨めよのう。」


「ご、ごたごた言わずにとっとと攻めてきたらどうじゃ。三河者の槍が怖いか。」


「ああん?明智は裕福じゃからのう。盛り場も作ってあるので皆交代で綺麗所と遊ぶのに忙しいわ。貧乏者の相手など馬鹿らしくて攻める気にもならんわ。」


「ならば、この槍馳走してくれん!」


おいおい、お前が釣り出されてどうするんだよ…まあいい。行き掛けの駄賃だ。


「利三。数歩出て相手してやる振りだけしてくれ。狙撃兵、よく狙って片足と片腕に打ち込んでやれ。旧式火縄銃の射程外、ライフル入り新型銃の射程のちょい中で射て。」


「左大弁様。それでは我が新型銃の射程が知れてしまいますぞ。」


「そうだ。どうころんでも、自分から突撃しての接近戦は無理だと教えてやる。教えてやらねば多少の犠牲は覚悟してでも…と、突っ込んでくる阿呆が出る。阿呆につきあわされて死ぬのは阿呆ではなく、不十分な防具しか支給されずに徴兵された農民だ。できればただの農民を死なせたくないのでな。」


秀家が頷き官兵衛が(甘いことで)という顔をしている。まあいい。


「斎藤利三!貴様が相手かぁ~」


ターン…タタターン


突っ込んできた大久保忠世以下数名にむけて新型狙撃銃から数発の弾丸が発射される。的の分担がされていないため、2名に打ち漏らしがでるがその他はたちまちその場で倒れ転がっている。自分たちの銃の感覚での射程外ギリギリで反転でも企んでいたのだろうが、無意味だったな…


「2名打ち漏らしました。追い打ちしますか?」


「いや。放置で良い。あの2名には負傷した連中を連れ帰ってもらわねばならぬからな。大久保忠世はどうなった?」


遠眼鏡で見ている利三に詳細を確認させる。


「…右腕の傷は浅そうですな。袖がちぎれておりますが腕への直撃ではなかったようで、普通に腕を部下の首にかけています。が、足の方は直撃のようで佩楯はいだての正面を貫通して玉がめり込んだらしく、片足が使えぬようです。」


「生きているがこの戦ではもう戦えぬな。それで良い。」


「良いのですか?左大弁様。」


「良いのだ。じわじわ包囲の輪を縮める過程でこういう小競り合いが頻発するだろう。その都度指揮官を負傷させても死なせなければ家康の心の何処かに『戦っても戦死することはない…』という根拠のない緩みがどうしても出てくる。慎重な家康でもな。」


「くくく。それで家康に無理な決戦をいて家康だけはきっちり打ち取る…そういう訳でございますな、左大弁様。」


「流石官兵衛。お見通しだな。」


「なんという…これだけの大軍の的が家康殿個人とは…」


「くくく。秀家殿。それは徳川家の弱点が家康だからでござるよ。」


「え?家康殿が弱点?なのですか、官兵衛様。」


「秀家殿。徳川の家臣団は他家と少々異なっておりましてな。松平は今川に飲み込まれ事実上一回滅んでいるのはご存知ですな。」


「はい。」


「で、ちりぢりになりかけた松平の者の心の最後の拠り所が家康殿。」


「そう聞いております。官兵衛様。」


「長年の人質期間を経て三河を取り戻し、遠江駿河と得て、甲斐信濃に手を伸ばしている。家康一代で。」


「その通りかと。」


「その結果、家臣の忠誠心は徳川家でなく家康殿個人に向いてしまっているのでござる。」


「あ!」


「たとえば、宇喜多家であれば、先代直家様、秀家様と家臣の忠誠心が受け継がれ宇喜多のお家にその忠誠心は収束しますな。だが徳川は徳川の姓そのものが家康殿が作られた創作物。今今の物で歴史の重みがござらぬ。徳川の姓よりも家康殿個人のほうに忠誠心が向かうのは当たり前ですな。」


「では、徳川家は家康殿を失えば瓦解するのでしょうか、官兵衛様。」


「多少は徳川に残りましょうが、その衝撃は謙信公を失った長尾家より数段大きいでしょうなあ。」


御館の乱で上杉はその力を半減させた。核になる景勝と景虎が居てもそうだった。後継者が一人の武田家でも親族衆や古参で最後まで勝頼を支えようという者はわずかだった。さらに条件が悪い徳川家では、残るのはせいぜい3割といった処か…。


「左大弁様。家康殿は左大弁様が家康個人を狙っているのは感じ取っているのでしょうか?」


「まず気がつくまい。そもそも、家康殿は敵から常に侮られがちの立場だったからな。今川の走狗であり、織田の手先と思われ家康そのものを的に据える敵など過去になかった。今回が盟主としての初めての大戦だ。そこまでの危機感はあるまい。」


「そうでしょうなぁ。されど家康は妙に鼻が効きますでな。わかっていても突っ込まざるを得ぬ…そういう状況に追い込む必要がありましょうな、左大弁様。」


黙って頷き官兵衛の意見を肯定する。そう。不思議とギリギリで危機を回避してきたのが家康だ。この運の強さはあなどれないと気を引き締めるのだった。







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