55-1 軍議(戦略)
消えたはずの下書きがでてきました。よかった。
(たしかに昨日はなかったはずなんだけど?)
これでそれほど間を空けることなく更新できます。
これからもよろしくおねがいします。
予め襖を取り払い、3部屋を貫通して拡張させておいた坂本城の大広間が武将で埋め尽くされている。織田・徳川連合軍に対する戦略会議がこれから開かれるのだ。壁には近畿から関東までの広域地図が貼られている。各部隊に戦略全体を説明するような戦い方は初めてなので、皆何が始まるのかと興味津々だ。
「皆も知っての通り、ついに織田・徳川が連合して我々に対抗すべく兵を募っている。」
一息入れて広間を見渡す。多くの見知った顔に混ざって初見の者が幾人か居る。
真田、上杉、佐々…。
上杉と佐々は双方戦いで疲れ果てていて停戦の口実がほしい状況だろうと読んで朝廷を動かし停戦を取り持った。佐々も前右府に飛ばされる予定者だったのでお市様の口添えもあり意外にすんなりと事が運んだ。
滅亡に瀕していた上杉は越後の安堵で不満は無いようだ。
双方とも戦後処理の苦しい中、数百とは言え派遣すると言うので真田の与力に付いてもらう事にする。
かねてより水面下で同盟に有った真田は、なんと真田昌幸自ら出てきている。”左”の報告でも真田領では全力動員の構えらしい。真田の家康嫌いはこの世界でも筋金入りだ。不安定な甲斐信濃を睨んでもらわねばならないので真田が軍功を上げるのは大歓迎だ。北信濃から沼田にかけて、それなりの領地を持ってもらわないと他に適任者が居ない。
また、遠路はるばる薩摩からも援軍が出ている。3千とは言え派遣するのは大変だっただろう。率いる将も島津義弘と申し分ない。
そして毛利からも大部隊が派遣されてきている。先の戦いで隠し玉の援軍で来ていた吉川元春と交代で此度は毛利本家から毛利元就八男の毛利元康が15000の軍勢を連れてきている。宇喜多1万、長宗我部も1万5000を出してきているので三家でバランスを取ったのだろう。
意外だったのは北条まで顔を見せていることだ。中央の情勢に疎いので今回も小田原評定だろうと思って期待していなかったのだが。甲斐争奪戦で徳川と怨恨が出来た事と、派遣したジーベックに北条水軍が殲滅された事が決め手になったようだ。即座に方針転換して恭順すると言ってきた。北条は元より天下を望んでおらず、内政も悪くないので相模・武蔵・伊豆の安堵とした。それでは家中を納得させられないと氏政は難色を示したが、相模・武蔵八七万石は将来150万石になるだけのポテンシャルがあり、その手伝いもするという条件で納得させた。あまりに大きな領地は将来粛清の対象になると氏直が氏政を説得したのは驚いたが。どうもこの世界では、若手の成長が加速されている気がする。
「今回皆に集まってもらったのは、此度の戦が過去にない広域の戦場になるためだ。全体の戦の方針が統一されていないと局地戦で勝っていても、それが逆に敗因になる恐れもあるのでこういう集まりの場を設けた。
その前に、貼ってある戦略地図だがこれを書いた時点ではまだ御味方では無かったため色が付いていないが越中の佐々殿、越後の上杉殿、関東の北条殿も我らと連携して貰える事となり、この評定に参加されている。また、遠国ゆえまだ到着されて居ないが薩摩から島津義弘殿が3000の精兵を選りすぐり来援される。」
紹介された各大名と名代が立って軽く挨拶する。
「さて、この場では此度の戦の戦略目標を皆に共有してもらいたい。で、だ。誰か解るものが居るかな?我こそはと思う者は私案を開陳してみよ。たとえ明後日の案でもだれも笑わぬ。ここはいろいろな意見をすり合わせていくための場だからな。よいか、この戦の最終的な目的だ。それが何かを述べてみよ。」
(?織田・徳川を打ち負かす事ではないのか?)
(ばか。それならわざわざ聞いたりするものか。)
(家康の首か?)
(いや、領地召し上げであろう。)
(臣従させて人質をださせれば、よいだけなのか?)
(勝てても戦死者を出すのを嫌うからのう、左大弁様は。)
「ふふ。こそこそ言わずに堂々と言って良いのだぞ。真田殿。知恵者のそなたであれば見えているのではないのかな?」
「されば…。……恐れながら、家康の首ではござらぬか。彼の者は吝嗇に過ぎ、あれが日ノ本の舵取りをなすようでは庶民の息が詰まってしまいまする。指導者としては失格かと。」
広間のあちこちで失笑が漏れ聞こえる。家康のケチっぷりは知る人ぞ知る極端さだ。昌幸の物言いがツボに入ったのだろう。いかさま真田の徳川嫌いは徹底しているな。
「うむ。いかにもその通りよな。だが家康も首に成りたくはなかろう。いろいろ藻掻いてくるぞ。そこをもう少し詰めてみたい。」
(この戦力差でどのように抵抗できようか?)
(全軍を集中して一箇所ずつ転戦してくるのでは?)
(海からの攻撃には抵抗の術があるまいに…)
(いや、鉄甲船を使うらしいぞ、そう簡単には…)
「だいぶ具体的に見えてきているようだな。どうだ、官兵衛。お主が家康なら自分の首をどう繋げる?」
「そうですなあ。これだけの戦力差、まともに戦が出来るのはせいぜい一戦か二戦。局地戦でも戦えば消耗しますのでな。ですので、そこそこの大きな戦、それも短期で決着が付く野戦の機をなんとか生み出し仕掛けるしかありますまい。」
「その野戦に仮に勝てたとして、その後いかが致す?」
「野戦に勝って後、帰順いたします。」
(なんだと、勝ってから降伏するだと!)
(そんなこと家臣が許すわけが…)
(いや、三河者は愚直な犬揃いだ、家康が言うなら飲み込むのではないか?)
「そのとおりだ。つまりは勝ち逃げだな。勝ち逃げすれば後の発言力が大きくなる。戦後処理でもあまり所領を削れぬ。世間での評価もあの劣勢で負けなかった家康と、高い評価になる。家康の狙いは此処に落ち着く。この左大弁光秀もそう思う。」
広間が静まる。家康の狙いがようやく見えてきて皆が勝ち方を考え出している。
「もう皆理解したであろう。此度の戦の戦略目標は家康に勝ち逃げを許さない事だ。」
広間の全員が頷いている。ここまでは上出来だな。
「さて、勝ち逃げさせない戦だが、どう戦う?宇喜多殿なればいかがされる?」
若年の宇喜多秀家を名指ししたので広間の諸将がざわつく。
「…さ、されば……本気で戦わない……事でございましょうか。」
(何?どういうことだ?)
(戦場で本気で戦わぬなどと、馬鹿にしておるのか。)
(いや、適当に”いなせ”という事ではないか?)
(そうはいっても数万が一丸となって突っ込んでくれば本気で相手せねばこちらが潰されるぞ。)
「見事だ。よくぞ気が付かれた秀家殿。要は決戦を求めている家康本隊とまともに戦わねばよいのだ。後ろの図を見てもらいたい。このように家康と織田の領地全体を友軍勢力が大きく包囲している。」
皆が壁の地図に集中する。
「包囲しているとは言え、あまりに大きい戦場だ。個々の戦線では事実上、ただ対峙しているだけだ。包囲している感じはするまい。」
諸将が頷いている。これだけ優勢なのだから圧勝しろと云われても現場はそう簡単ではないと皆思っているのだ。
「だが、全体の戦力差が大きいので家康本隊以外はどこも最低限の兵力で手薄だ。だから家康本隊の居る場所以外では終始小競り合いを仕掛ける。」
「敵を休ませないためでござるか?」
毛利元康が発言する。毛利勢は長年信長相手に耐える戦をしてきた。休み無く攻め続けられる苦しさが一番わかっている。
「それもある。だが疲弊して守りきれなくなった領地を一寸刻みに侵食するのが狙いだ。家康が居ない戦線全部でじわじわ侵食する。ある程度侵食したら砦を造り持久できるように腰を落ち着ける。」
手堅い作戦なのでだれからも異論はでない。
「なるほど。そうやって家康を心理的に追い詰めて無理な決戦を強いるのですな。籠城戦に慣れておらず常に野戦で道を切り開いてきた家康なれば、必ず無理にでも決戦を挑んできますな。」
発言したのは北条氏一門でもわりと珍しい主戦派の北条氏邦だ。主戦派だが籠城戦の有効性も知悉している。家康の野戦主義にも懐疑的なのだろう。
「うむ。だが決戦には応じぬ。」
広間がざわめく。手で制して続きを話す。
「決戦を求める家康には作り込んだ堅陣をひたすら攻め続けてもらう。」
「なるほど…事実上、家康の苦手な城攻めを強いるわけだ。されど、それでは決着がわかりにくいですな。」
はるばる越後から参戦している上杉の名代、直江兼続だな。かれも知将とされているが実績は今ひとつ…だが。まあ、家中を纏めるだけでも一苦労の状況だったから、それなりに能力は高いのだろう。
「決着はつけさせぬ。延々と出血を強いて徳川を衰弱死寸前までに追い込み惨めな降伏をさせる。」
広間に声がない。あまりにも凄惨な光景が目に浮かぶのだろう。かなり怯えているものまで居る。
「左大弁様。今まで左大弁様はいろいろな仕置をなされました。その多くが寧ろ生ぬるいと云われかねない温情ある仕置でした。此度は何故そこまで苛烈な仕置を目指されるのでしょうや?家康とはそれほどに危険な男なのでしょうか。」
質問したのは羽柴秀長だ。自分たち羽柴兄弟が生かされているのに、何故に?というわけだ。
「いま、羽柴殿が不思議に思われた事実が全てでござるよ。おのが野望をひたすら沈め競争相手が死ぬのを待つ。それが家康の手口。その昔は今川義元の死を待ち、ついで織田信長の死を待つ、今はこの左大弁の死を待ってござる。その野望は羽柴殿にすら気づかせぬ慎重さ。そして一朝自らが上位に立てばその仕置の理不尽さ、苛烈さは甲斐信濃に於ける此度のかの者のやり口で見て取れよう。その本性は前右府の末期と同じ、自らの一族の総取りでござる。長年支えてきた家臣にも僅かの封土しかあたえぬ。ならば禄を与えるかと言えば其れもない。いまの徳川家臣達の知行を思い返されてみよ。かの者の本質は吝嗇の皮を被った飽くなき貪欲。日ノ本の舵取りに加わらせてはならぬのだ。」
皆半信半疑、そんなものか…といった風情だ。まあそうだろう、歴史の結果を知っている者は居ないし実体験している者は少ないのだから。真田は終始ニコニコ顔だが。