53 ジーベック改
「紀伊は温かいですなあ、左大弁様。」
「ほんにのう。何回も来ている利三でもそう思うのだな。秀家殿。備前も良い所だが、これほど暖かくはあるまい。」
「はい、流石に冬に向かうとかなり冷えます。海が眩しいです。」
今日は斎藤利三、宇喜多秀家をお供に雑賀に来ている。ついに改良ジーベックの艤装がほぼ完了したとの連絡があったのだ。
「左大弁様、あれのようですぞ。」
港湾に数隻の細長い大型船が浮いている。ずんぐりした体型の和船と好対照ですぐに目につく。
「大きい。それに、長いです。左大弁様。」
「細長いほど船足が早くなるからな、秀家殿。そのかわり小回りが効かない。」
「それでは戦場で不利になるのでは?」
まあそう思うよな。太平洋戦争前の戦闘機開発でも似た議論があった。旋回性能重視の軽戦闘機派と速度重視の重戦闘機派だ。最終的に重戦闘機が勝利することになり零戦など軽戦闘機は苦しい戦いを強いられる事になる。重戦闘機側は高速重防御に物をいわせて一撃離脱をくりかえすだけでよいのに比して、軽戦闘機が重戦闘機にダメージ与えるには重戦闘機が通り過ぎる一瞬を捉えて当てる名人芸が必要だ。同じ数でやりあえば重戦闘機側が圧勝するのは明白だった。
「従来の戦い方をすれば不利だが、そもそもそんな戦い方はしないからな。あのジーベックの艦首水面下には鉄で装甲された衝角が装備されている。高速で敵艦隊に突っ込みそのまま速度を落とさず敵艦を衝角で引き裂きながら側面の銃砲を手近な敵に打ちまくって通り魔のように突き抜ける。十分に距離を取ってから旋回して再び突撃する。従来のような接舷しての切込みなど一切しないのだ。旧来の水軍など何も出来ずに殲滅されるだろうな。」
水軍の事なので利三は他人事のように ふーん というだけの顔だが、小規模でも水軍を持っている秀家は青い顔だ。資金がかかる水軍が全く無力化されるなど悪夢でしかないだろう。
「左大弁様、ご足労いただきありがとうございます。」
ジーベックの戦い方を話しているうちに土橋重治がやってくる。会心の出来なのだろう、顔つきに自信が滲み出ている。
「重治殿。見事成されましたな。素晴らしい威容ですぞ。」
「はい、いささか自慢できる舟に仕上がったかと。ともかく、一度乗艦されてご覧くだされ。」
重治の案内で一番艦に乗艦する。上から見ると艦尾水面下に透明度の高い海水を通してかすかに黒いスクリューも見える。
スクリューは時代を超越した未来装備だ。これだけでも側面から突き出した多数の櫂で航行するガレオンなど勝負になるまい。
船体中央にひときわ高く大きな四角帆が複数、その前後に一段低い三角帆複数が設けられている。
前甲板には投石器1基が有り、大型炮烙を投擲するために長めの場所を取ってあるようだ。
艦首と艦尾上甲板には大型砲が1門づつ。反動吸収用に、砲台ごとレールに乗せられている。まあ、このレールは俺が元々最初の絵図面にも描いた物だ。気が付けば誰でも造れそうな物ではあるが。このレールも地味にオーバーテクノロジーだな。
中央付近左右両舷に銃架に乗せられた大鉄砲がずらっと並ぶ。銃架は旋回できるように円形台座に乗せられている。銃手は俯角の角度だけ銃の後部を持ち上げれば良い。銃全体の重量は銃架が支えてくれるので一人で扱える訳だ。これは何も言ってないので恐らく塹壕の射撃精度向上の効果を説明した時に気が付いたのだろう。
「ん?これは?」
船体中央付近両舷、大鉄砲の背後に一段高く斜めに口径10cm程度の円筒形の筒が大量に並んでいる。微妙に角度が変えられているようだ。
「気づかれましたか、左大弁様。」
「うーむう。この角度だと…」
利三と秀家はまだ想像出来ないようで困惑している。
「説明するより、一度使ったほうがわかりやすいですな。」
「そうだな。実際に少し航行してみたいし一通り試射してもらえるか。」
船員が集められ我々を乗せて雑賀沖に出る。近海なので帆走はせず、人力による航行だがぐんぐん速度があがり細い船体が凪の鏡のような海を切り裂いて走る。
「こ、これは!」
「すごい、風が、目を開けるのが辛いほどです。」
利三と秀家が速さに驚いている。
「すばらしい速さだ。これでは敵船はなにもできまい。」
「左大弁様、驚くのはこれからですぞ。」
ぐいぐいとジーベックが進む先に小島が見えてくる。射撃演習の標的に使っているのだろう、木組みの櫓がいくつか作られているのが見える。
「主砲発射よ~い。」
重治の号令で艦首の大型砲に砲手がとりついて覆いをはずし、発射準備をする。
「用意よ~し。」
「主砲発射!」
ゴウ~という轟音が轟き砲弾が打ち出される。反動を吸収させるレールを砲が後退してレール留めにあたって止まる。
「最初普通に舟に固定して撃ったのですが、舟の動揺が大きいので図面にも有ったレールで反動を受け止めるようにしました。」
「図面はあれど、良く意味を理解なされましたな。流石、雑賀の棟梁で御座る。」
お陰で舟自体のピッチングは殆ど感じない。これなら砲撃中の操船も問題なかろう。
小島の標的は命中弾を受けて跡形もない。
「…凄い…」
秀家が呆然としている。だがまだ前装砲だ。先は長いが射程と威力は取り敢えず十分だ。
「射程、威力ともに十分な仕上がりだ。見事だ、重治殿。」
「欠点は船ごと動かないと向きが変えられない事ですね。まあ、大型船か陸上の城が目標になるでしょうから、それで今は十分かと。」
一種の自走砲だからな。戦車砲のような砲塔式になるには後装砲の完成が必要で当分無理だ。
「次は先の戦いでも少し使用しました投石機から打ち出す大焙烙です。射程も直接的な破壊力も主砲には劣りますが、代わりに広範囲を焼き尽くせます。また打ち出す方向も多少融通が付きます。」
大焙烙が命中した島の櫓が火だるまになる。
「左大弁様に取り寄せていただいた臭水を精製した油も仕込んでいますので、海水を掛けてもなかなか消えませぬ。織田の鉄甲船がでてきても燃やし尽くすでしょう。」
鉄甲船とはいえ木造船に鉄板をはりつけただけなので隙間から入り込んだ火は本体の木材を燃やす。火矢程度は防げても石油火災は防げない。
続いて島に接近した船が舷側を島に向ける。舷側にずらっと並んだ大鉄砲から連べ打ちに銃撃が始まる。装填の遅さは数でカバーする発想だ。一撃当たるごとに櫓の木材がへし折られ崩れてゆく。通常の軍船程度は余裕で撃退できるだろう。
「海戦では基本的に衝角で仕留める予定ですが、大型船に突っ込んだ場合に引き裂ききれずひっかかるかもしれませんので、接近戦にもそなえて大鉄砲を装備しました。これで対応しておいて味方の他の船の衝角で止めを刺します。」
そしてジーベックは島から離れなにもない場所に移動する。
「最後がこれです。」
多数装備されていた円筒から一斉に焙烙が発射され左右両舷の広範囲に楕円形の炎の帯を形成する。なにかの策にはまり包囲された場合の切り札として造ったようだ。迂闊に接近した敵は一網打尽で殲滅されるだろう。ヘッジホッグのような射程と散布界、多連装ロケット弾のような面制圧効果の装備で原始的だが一種の臼砲だ。
「欠点は再装填にかなりの時間が必要なことですが、多少囲まれても簡単には船に取り付くことは出来ませぬ。」
「素晴らしい。これは重治殿お一人の考案だ。重治砲と呼ぶが良い。」
「有り難く。されど、左大弁様から頂いた莫大な火薬や臭水あればこそです。」
「次の戦いでは海軍に大活躍してもらう予定だ。しっかり準備を頼む。」
「はっ。伊勢湾、三河湾、遠州灘を席巻してみせましょうぞ。」
「うむ。だがその前に、行ってもらいたい場所がある。これを。この船であれば行けるはずだ。」
「! なるほど。石橋を叩いて渡る…ですか。」
「なに、古臭い遠交近攻だ。一応念のためにな。向こうから此処まではなかなか来たくとも来れまい故。ただ敵に回るなら、また其れは其れでかまわん。無理に話を纏める必要はない。明智海軍はいつでも江戸湾も襲える…その事実だけで牽制になる。」
土橋重治が頷く。すでに技術者から戦人の顔に変わっている。
これで東西の準備は成ったな。北は…任せておけばよいか。