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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
55/72

52 謀略

連日、誤字のご連絡、ありがとうございます。

単語登録してあっても、どういうわけか誤変換が優先されてでてきちゃいます。そこで気が付かないといけないのだけど、誤変換ででてくる文字も見慣れた文字なのでうっかり見逃してしまうようで。

これからも、見つけられた場合はよろしくおねがいします。

久々に若狭に来ている。

表向きの名目は若年で若狭国主になった丹羽長重、それに病で臥せっている丹羽長秀に会うためだ。


「そのままで。無理をなさる必要はござらぬ。惟住(丹羽長秀)殿。」


「左大弁殿。情けないがこの様でござる。丹羽の行く末、お願いできようか。」


「…父上…」


「長重もよく聞け。儂も滝川殿も明智殿も筑前も、皆知行の召し上げを申し渡され、いまだ織田の敵対勢力の地域を替え地と云われて居った。運良く、滝川殿は転封前に上野が織田の勢力圏に入ったので上野へ行けたが…その出立のときの滝川殿の顔はいまでも忘れられぬ。」


「父上?」


「上野一国と言えば聞こえは良いが、殆どが山の痩せ地の上、連年上杉・北条・武田が奪い合いをして荒廃しきっている土地だ。海もない僻遠の地。一益は体よく畿内周辺から追い払われたのだ。」


「……」


「儂の番がくれば全てを投げ出して隠居するつもりであった。筑前や、左大弁殿のように一矢報いる気概はもうなかったのでな。」


「惟住(丹羽長秀)殿……」


「左大弁殿。前右府様は何故にあのように変わらられてしもうたのか……のう……」


「さて、どうであろうか。変わられる前と後、いずれが本来の信長様であったのか、最早だれにもわかりませぬな。」


「……うむ……我らは働きすぎたのやもしれぬ。光秀殿。」


「成る程。言われてみれば、そのとおりですな。」


「……長重。……評定を開く。主だった家中を集めよ。左大弁殿も同席されたい。」


「承知。されば……ご家中に青木一重なる者が居りましょう。彼の者も同席させていただきたい。…内密に。」


「ほう……青木一重……あの者は確か……そうか……長重。手配いたせ、不自然にならぬようにな。」


青木一重は姉川の戦い、三方ヶ原の戦いなど、徳川の関わるおおきな戦で大功を上げている。今川氏滅亡直後に徳川家に仕官しており、譜代の家臣と言って良い立場だったが、どういう訳か徳川家を出奔、三方ヶ原の戦い直後から丹羽家に仕えている。


「! くっ、そういうことかっ。我が家中にぬけぬけと。されば、直ちに。」


長重の手配りで大広間に主だった丹羽の家臣が集められる。場が落ち着いたところで丹羽長秀、長重、そして俺(光秀)と入場する。


「後ろから3列目。左端が青木一重でござる。左大弁様。」


「わかった。気取られるとまずい。目線を合わさぬように。」


「はっ。」


何事もなかったように上座に座る。最初は長秀が口火を切る。


「皆の者、面を上げてくれ。一時は領地を失い浮草となった丹羽家を見限らず、よく残ってくれた。まずはそれに礼を言う。」


長秀がぐるりと家臣一人一人にアイコンタクトを取る。青木一重も怯むこと無く堂々としている。なかなかに肝の据わった男のようだ。


「此度無事に元の領国に戻れたわけだが、それはこの左大弁光秀殿の計らい有ってこそだ。皆その事十分に心得てもらいたい。」


家臣一同が俺に頭を下げる。俺も答礼する。


「見ての通り、この長秀もそろそろお迎えのようじゃ。今後は長重を盛立て左大弁殿と連携してお家を保ってほしい。」


特に不満の声は上がらない。まあ、そりゃそうだ。明智領にもできた若狭をわざわざ羽柴秀長に治めさせて維持し、そっくり長重に与えたのだ。不満のあろうはずもない。


「よし。ではこれからは先の話になる。長重、後は任せる。」


「はっ。皆の者聞いてほしい。この若輩者が当主だ。皆の支えが無うては丹羽の家は成り立たぬ。至らぬ事も多かろうが皆が儂の守役とおもうて導いてくれ。」


長重が家臣に頭を下げる。慌てて重臣数名が制止する。


「すまぬ。とにかくこれだけは最初に言っておきたかったのだ。取り乱した。では本題にはいる。」


長重もまた、家臣一人一人を見る。青木一重とも無難にアイコンタクトを終わらせる。


「我が丹羽家は言うまでもなく左大弁明智様の与党である。左大弁様は先の戦いで柴田勝家を破られ越前を制圧、次はいよいよ織田の本願地である、伊勢、美濃、そして尾張へ向かわれる事になろう。」


確認のため長重がこちらを見る。鷹揚に頷き先を促す。


「その折には我が丹羽家からも一隊を出したい。」


途端に広間から我こそ…と名乗りが上がる。丹羽勢は比較的地味な印象があるが案外士気も高いようだ。史実でも浅井畷の戦いで人数で劣勢ながら果敢に前田勢(前田利長)と戦っている。前田勢はその結果関ケ原本戦に参加できなかった。この浅井畷の戦い、後世の評価ではどういう訳か丹羽側の敗戦とされている場合が多い。だがこれはおかしい。この戦いは関ケ原本戦に参戦するのが戦略目的である前田勢とその前田勢を関ケ原に参戦させない事が戦略目的である丹羽勢の戦いだ。結果は前田勢は関ケ原に行けず浅井畷の戦いの後加賀に撤退した。戦略目的を達成したのは丹羽勢であって、丹羽勢の紛うことなき勝利だ。


「如何でござろう、左大弁様。我ら丹羽勢も陣借りできましょうや?」


「良き御覚悟にござります。されば、精鋭を募り一隊を仕立ててくだされ。昨今の戦は一昔前と異なり練度が高くなければ悪戯いたずらに損害が増えまする。二千程度の精兵をお願いしたい。」


太閤検地で若狭は8万石。他に琵琶湖周辺にも丹羽の蔵入地がある。本能寺の変以降に丹羽勢は合戦に参加していないため、余力を見込んで妥当な数字を出した。二千あれば丹羽勢だけで一つの戦闘単位を作れる。


「承知しました。皆の者、聞いての通りだ。明日から早速調練を始めるぞ。」


「応~」


「応~」


「腕が鳴るのう~」


場の喧騒がやや落ち着いた頃合いをみて片手を上げて皆の注目を集める。


「左大弁明智光秀である。私からも少し話をしたい。されば、まずは美濃であるが美濃をつつくと不仲とはいえ、同じ織田家の伊勢の援軍(織田信雄)の可能性がでてくる。よって枝作戦で伊賀から伊勢へ別働隊も出すことになるが、此処で問題になるのが、尾張・伊勢の後方に当たる三河の徳川だ。」


いきなり戦略の話になり場がざわつく。まあ、そうだよな。重臣達だけならまだしも中級指揮官まで集めた場で話す内容ではない。だが、構わず進める。


「動きの鈍い徳川だが、隣の美濃・尾張に火が付けば黙って見てはおれまい。」


「左大弁様は、信孝殿や信雄殿に家康が味方すると?」


「うむ。徳川単独ではすでに明智勢と戦うのは難しかろう。北陸の柴田を見殺しにしてまで甲斐・信濃を横領しようとしたが、それもさほど捗っておらぬ。信孝・信雄まで見殺しにすれば徳川も保てぬ…そう考えるだろうな。」


「さ、されどこの三者が同盟などできるものでしょうか?」


疑問を呈してきたのは丹羽の重臣の一人青山宗勝だ。疑問は当然だ。そもそも旗頭を決める事すら難航するだろう。


「疑問は当然だな。だが無理にでもまとめ上げねば徳川に先が無いとなれば、家康が根気よく根回しするだろう。」


「そうですね。あの、家康殿であれば、ネチネチと纏わり付いて纏めてしまいそうな気がします。」


長重が話を引き取る。なかなかに気が利く。この評定の目的を良く理解しているようだ。


「長重殿の申す通りであると、この光秀も考えた。そこで三者が手を結ぶ前に、最も脆弱な伊勢の南半分を切り取ろうと思う。」


丹羽家が参戦するとなれば中山道方面から美濃になる。なぜここで南伊勢方面の話がでてくるのかと皆狐につままれたような顔だ。


「南伊勢を切り取ることで、信雄勢は伊勢に釘付けになる。信孝勢は先の戦いで別働隊を出しておりすでにかなり傷ついている。余裕を持って美濃を席巻できるだろう。」


「成る程。三者が纏まる前に各個に撃破するということですね。左大弁様。」


「その通り。丹羽の方々にもそのつもりで宜しく準備をお願いしたい。」


「皆の者、頼んだぞ!」


「応~~」



「光秀殿。如何でしたでしょう、長重はうまくやっていけそうでしょうや?」


「なんの、長秀殿。長重殿の芝居があれほどとは驚きましたぞ。見事なものだ。」


褒められて長重が横で照れる。だが、まんざらでもないようだ。


「左大弁様。あれだけ煽っておけば青木一重から家康へ密使がでますな。大急ぎで三者を纏める必要と伊勢への援軍の一考が必要などと。」


「うむ。青木一重にはせいぜい働いて貰わねばな。」


「しかし青木が間諜だったとは。家康め、何時から謀反の準備を。もしや左大弁様のご家中にもあのような家康の手先が?」


「儂のところには居らなんだ。どうやら家康には明智は軽く見られていたようじゃ。はは。いや冗談だ。明智は新参ゆえ家康との接点が少ないのでな。家康は信長様がもしもの時を狙って手切れする腹だったのだろう。そこで織田の古参家老を狙った。だが柴田家は浮き沈みが極端だしそもそも織田信行(信長弟)の乱では信長に敵対していた過去がある。林などと同様にいつ何時いきなり詰め腹切らされぬとも限らぬ。羽柴は下賤からの成り上がりで根が浅いから避けられた。一番安定しているという事で丹羽家に送り込んだ…そんなとこかな。」


「なるほど。されど、三者が同盟してしまって本当に良いのでしょうか。各個に破ったほうが楽な気がしますが。」


「長重殿の申される通り、軍事的にはそうでござるよ。だが、先の戦でかなりの損害をだしている信孝勢に明智が有無を言わせず攻めかかれば弱い者いじめと世間の目に映る。信雄勢は織田家の血を引くというだけでそれ以外戦を仕掛ける名分がない。ほっておいても良いのになぜわざわざ…と考える者が必ず出る。」


「攻めかかる大義名分が必要…そういう事ですか。」


「そうだ。家康の場合は家康から恭順の意を出してこられると不味い。政権内部に将来の危険分子を抱え込みたくない。」


「徳川は危険…と。」


「徳川、特に家康だな。小さき頃は人質でいたぶられ、独立しても大勢力のはざまで耐えるだけの日々。その反動か、此度の甲斐信濃での振る舞いは見るに耐えぬものだった。あれが頂点に立つようでは日ノ本は真っ暗よ。」


「自らの優勢を傘に着て非常に強圧的な態度だったと、この長重も聞き及んでいます。そのため反抗的だった真田家を核に信濃の土豪が団結、徳川勢を駆逐したとか。」


「いかにも。あれが家康の本性よ。それに考えても見られよ。あの吝嗇さ。あれは日ノ本全てを身内で支配するまで飽きたらぬ、そういうさがだ。」


「共存共栄はできぬ相手という事ですな。されど左大弁様。三者が結託したのち挙兵されるとかなりの勢力になりますぞ。」


「うむ。そこは考えている。三者が纏まらねば家康以外は挙兵する度胸がない。だが三者が纏まった状態で戦うのは敵勢力もかなり大きい。となれば…」


「! 挙兵までは追い込む。挙兵させるだけさせておいて、その後に信孝、信雄を切り崩して家康から剥がすのでござるか ! それで家名だけは存続できるように僅かな知行だけは与える…」


「よくぞ見て取られた。長秀殿。丹羽のお家は安泰でござるな。」


「…光秀殿。どうだろう、この五郎左、最後の奉公に信孝様に文を書こうかと思うが許してもらえるだろうか。信孝様とは大阪でしばらく共に有ったが性根は決して悪くないお方だ。今はまだ興奮が覚めず視野が狭くなっているが、事実を直視して身をわきまえる事が出来ぬほど愚かではない。織田の家名を残すにしても信雄殿はいかぬ。」


「ふむ…成る程。妾腹ゆえなにかと不遇だった事がここにきて逆に有利に働くか。そうなれば無駄に流れる血も少なくなる。よいでしょう。五郎左殿の策が成れば信孝殿には 三法師様の後見として尾張半国程度で家名を継いでもらいましょう。この後見役の意味もしかとお伝えくだされ。」


まことの忠臣とはこの事か。案外織田家の本当の柱は丹羽長秀だったのかもしれぬ…この案を受ける器量が有るかどうか、信孝殿の正念場だな。











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― 新着の感想 ―
[一言] 米五郎左と信長から重宝されたのが 丹羽長秀ですからね 信頼も厚かったのでしょうね 忠臣の忠臣だったでしょうね
[一言] 「木綿(最近現れた便利な者)藤吉 米(日々欠かせぬ者)五郎左、かかれ柴田に退き佐久間」ですから、長秀は間違いなく有能です。
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