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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
52/72

49 北の庄城

もうすぐ20万文字です。文字数意識せず書いているため、長い稿と短い稿に結構差が有ります。長すぎて読みにくいとかがあれば、ご連絡くださいませ。

北の庄城。

急造にしてはなかなかに立派な城を眼前にしている。先祖累代の地ではないにもかかわらず、この築城と東近江路の整備だ。それを北陸攻めと並行してこなした勝家の政治力も並ではないとうかがい知れる。


「越前一円からの指出検地さしだしけんちはかどっているか。利三。」


「は。地域の顔役ももう慣れたもので勝家時代同様のものを指出てきておりまする。この分であればさほど混乱もなく越前の平定は叶いましょうな。」


越前は寺社勢力や旧朝倉家、新参の織田家の利権が錯綜していてきっちり明智色に染めるには長い時間が必要だ。そのため勝家の統治方法を踏襲とうしゅうして当座は地域の顔役の自己申告での貢納とする。地域の顔役は過去の事例を踏襲してそれぞれの利権保持者へ税を分配して納めるわけだ。


「とりあえずはそれでよかろう。いずれは根本的に利権の整理が必要だがな。」


「して、この北の庄城ですが、本当に勝家が会談に応じますや?」


北の庄城を完全に包囲しているが、攻撃せずに会談の申し入れをしている。常識的にはこの状況で会談などありえず松永久秀のように城を枕に切腹ならぬ爆死なのだろうが、それでは秀吉との宿題が果たせない。そこで使者に抜擢した可児吉長には秘策を言い含めてある。


「可児吉長ならば問題ない。剛勇を好む勝家であれば、同じく剛勇無双の可児吉長にこの際会ってみたいと思うはずだ。会いさえすれば秘策が仕込んであるので必ず会談に応じてくる。」


なおも半信半疑の利三。


「まあ、そう慌てるな。それよりこの町を見よ。予想以上に栄えているではないか。」


「誠に。朝倉の一乗谷に閉塞へいそくしていた頃ではこうはなりますまい。やはり小さく縮こまっていては駄目ですな。」


「ああ。東近江路だけでなく、越前各地への街道もかなり整備状況が良いようだ。おそらくは前右府を愚直に真似たのであろうが、なかなかに見事なものよ。」


柴田勝家の功績として東近江路の整備があるが、他にも美濃街道(大野郡経由)の九頭竜川に舟を連ねて渡した舟橋が今に伝えられている。


「儂が長良川の戦いで破れて後、美濃街道を落ちて越前まで出てきたが、あのときは『これでも街道か…』とおもうほどの難路だった。いまでは難ありとはいえ軍勢も通れぬこともない。」


「勝家どのもお味方に取り込まれますか?」


「そこまではな。それにさすがに無理だ。」


というか、勝家が生きていては秀吉との宿題が果たせぬし…


「お、吉長が出てきましたぞ。あの表情なら、会談に持ち込めたようですな。」


そのまま吉長の復命を待つ。正否が表情にでてしまっているが…まあ最初はそんなものだろう。


「柴田勝家殿、会談に応じるとのことです。一時いっときの後、…柴田家の菩提寺西光寺。お市の方も同伴されます。」


「こちらの条件は全て飲んだか。で、向こうの条件は?」


「ありませぬ。」


無条件か。そのまま菩提寺で腹を切る覚悟だな。夫婦揃って。


「わかった。ご苦労だった。利三、すまぬが警備の手配と随行をしてくれ。勝家にその気が無くとも暴走する部下は居るかも知れぬ。それに、わざわざ暴走したくなる状況を作ることも無い。」


「承知。」


西光寺か。元々は一乗谷にあった寺だったな。天台宗でも比叡山とは別系統の真盛宗のほうだ。この時代、現代ではあまり目立たなくなった宗派が地域的に大勢力になっていたことも多くて宗教的には下手すると現代より多様性があるかもしれない。気をつけねば。


「まだ時間があるがゆっくりと行くなら頃合いだろう。吉長も供をせよ。これも経験だ。」


吉長が黙って頷きついてくる。後に福井と呼ばれるようになる北の庄の町をゆったりと進む。


「左代弁様。ならず者や無頼のたぐいが見えず、皆普通に過ごして居ります。敗戦後の町からは人が皆逃げ出して廃墟の様相になるのが普通なのに。」


「恐らく、勝家の占領の時も治安維持が徹底していたのだろう。治める大名が滅んでも代わりにやってくる支配者が治安維持をしてくれるのであれば、庶民にとって誰が支配者でもどうでもよい事だからな。逃げる必要が無いならわざわざ逃げたくもないだろう。」


城下をしばらく進むと西光寺が見えてくる。西光寺は勝家入府後に移築されているのでさほど古いたたずまいではない。山門に御坊が一人、待っている。


「此度はお手間をかける。」


「いえいえ。勝家様はすでにお見えでございます。どうぞこちらへ。」


どうやら会談は本堂で行うようだ。人払いがすでになされているのか他に人の気配はない。

本堂にはすでに白装束で身を固めた人間が二人座っている。勝家とお市か。


「久しゅうござるな。勝家殿。流石の采配で兵力でかなり勝っているのにずいぶん苦しめられましたぞ。」


「明智日向。いや、今は左大弁だったか。圧勝した勝者が言っても嫌味にしか聞こえぬわ。しかし理にかなった砦の配置に人選。稻城や湖上の小舟からの狙撃、類を見ない砦への兵の補充。最後の決め手の鉄砲装備の騎馬隊。正法と奇法の絶妙な転換よの。山岳戦でのこの完敗、平地なら勝負にもならぬだろうな。」


「孫子、いや、李衛公問対りえいこうもんたいでござるか。勝家殿は武勇一筋と思いしが文の裏付けも有ったのですな。この城下を見て薄々感じては居りましたが。」


「ほう?今様いまようかぶれの光秀がそんな古臭い兵書をたしなんでいたとは驚きよ。」


今様かぶれか。学生時代流行り物を一切受け付けず『仙人さん』などと云われていた俺なんだが。


「ははっつ。まあ、鉄砲の改造、新兵器の投入、あと南蛮船にも改良をくわえた軍船も建造中なので今様かぶれといわれても仕方ありませんな。」


「それも度が過ぎておるわ。いや、最近のお主。なにか有ったか。昔から鉄砲など機械類からくりに目がなかったとは言え、軍船の知識などなかったはず。秀吉を丹波まで誘い込むなど以前のお主なら有りえぬ。此度の戦もそもそもが国吉城で最初から嵌められていた。まさか、吉川元春まで担ぎ出して居ったとは。こんな大きな戦略の絵図、前右府様でもされておらぬ。しいて言えばかの武田信玄公か…。」


「…無駄話が過ぎましたな。さてお二人共白装束なれば、ここで腹を召されるお覚悟なりやと。」


「うむ。儂は腹を切るゆえまだ敦賀で頑張っておる佐久間盛政、前田利家などは寛大な処置を頼む。これを。これで無駄に死人をださずに開城する。」


予め書いておいた彼ら宛の書状を差し出してくる。


「敦賀や他のまだ抵抗している城は善処しよう。あと、本能寺の事だが、あれは…」


「よい。大方の事は五郎左(丹羽長秀)から聞かされていたのだ。奴はいずれ帰農するとか云うておったがな。変わったのはお主だけではないということよ。一番変わってしまわれたのが前右府様だったのが残念じゃ。」


「勝家殿…」


「お主なれば、これから信雄様、信孝様と一戦して打ち破るのであろう。打ち破りし後は信孝様にはすて扶持ふちでよい、端城はじろで家名を繋がせてやってほしい。一戦して敗れたならば信孝様なれば二度と反乱などせぬ。そこらのけじめは付くお方だ。」


「元よりその積りだ。」


「なれば思い残すことはない。」


「いや。まだあるぞ。」


「?」


「お市様も共に腹を召されるのはさわりが残る。」


「おお、そうであった。使者からその話があったので会談に応じたのであったわ。お市がなにか?…。ひ日向、いや左大弁。貴様、まさか市を我が物に !」


「ははっ、違う違う。儂は最近側室が急に増えてしまってそれだけでも手に余っておる。障りはお市様のお児達よ。」


「…たしかに孤児となるが、光秀、お主がそれぐらいは善きに計らってくれぬのか?」


「計らう…と言いたいが問題がある。」


「?」


「筑前がお市様に長年懸想けそうしているのは知っておるな。」


「! まさか市を筑前への褒美に !」


「だから…違うのだ。ふう。お市様の事になると勝家殿もただの猪になるのだな。」


「どう言うことだ。まるでわからぬ。」


「わかった。順に話すゆえ、落ち着いて聞くのだ。よいか。此処でお主がお市様共々腹を召すとする。されば筑前の積もりに積もったお市様への懸想はどこに向かう?お市様に尤も似ておる女性に向かうしかあるまい。」


「…一番似ている者…」


「そうだ。茶々殿よ。」


「なっ!」


「よいか、年の差などなんの壁にもならぬぞ。この世で茶々殿が尤も似ているその事実が全てなのだ。筑前の妄執もうしゅうは必ず茶々殿に向かうぞ。」


「…ううむう…」


勝家が脂汗を流している。戦場の猛将もこういう案件では無力だな。お市殿は…ほう?…すでに覚悟があらかた定まって居るか。


「主(勝家)さま…」


「市…よ。」


「市はここで死にました。残った抜け殻を筑前の餌に致したく。それで茶々達を守ってみせまする。」


「お市…それは…」


「お市様。険しい道でござる。筑前はお市様だけでは飽き足らず茶々殿も望みかねませぬ。それを防ぐためには抜け殻が露見せぬように、さながら唐土のほうの如く筑前のちょうを独り占めせねばなりませぬぞ。」


ほう。古代中国の周王朝末期の美女。幽王の寵愛を独占していたが一切笑わなかった。幽王はほうを笑わせるために手を尽くしたが、唯一、無意味な緊急招集の命を出した時に笑ったという。結果、幽王は度々無意味な緊急招集を行い、人々は次第に招集に応じなくなったと云う。


「なるほど。そうですね。わかりました。長政様や勝家様と思い込み秀吉を篭絡ろうらくしてみせましょう。戦国随一の毒婦、二君どころか三君に仕えし妖女と世に名を残さばよろしいのですね。主(勝家)さま。わが児を守るため、なにとぞ市の我儘をおゆるしください。」


「うっ…ぬう…すまぬ。儂の力が至らぬばかりに…。」


「…いえ。兄の因果がめぐってきたのです。市は報いを受けねばなりませぬ。長政様に全てを捧げず兄にも手を差し伸べた報いを。」


信長が最初に朝倉攻めをした時、背後の浅井勢が沸き立ち信長の退路を断った。その知らせを市が信長に送ったという噂があった。結果、信長は九死に一生を得て結局浅井は滅びた。それを云っているのだろう。


「自分なりに悔い改めて主(勝家)様に全てを捧げて参りましたが、間に合わなかったのでございます。」


「…左大弁。貴様がなぜ筑前を取り込めたのかが不思議だった。が、最初からこうなると読んで筑前を納得させたな。」


「そうだ。全て、俺の描いた絵図だ。不満か?」


「………いや。………」


勝家が上をむいている。涙が落ちないように…か。


「よくぞ、そこまで…気が…ついて…く…れ…た。」


やおら片肌を脱ぎ、短刀を腹に突き立てる勝家。


「左大弁! か、かならず、茶々達を守ってくれ…そ…して…さ…猿の…手綱を…」


「…承知…」


吉長に目配せする。頷いた吉長が勝家の後ろに回り…


ドヒュッ………


………



勝家の首は晒されることなく西光寺に葬られ現代に至る。

だがこの世界では史実と異なりお市の方墓所は西光寺に無い。


北之庄城は攻城戦してないので城の縄張りは省略しました。

もっとも、ほとんどその詳細は不明のようですが。

結構有名な城のほうが、詳細不明な事が多いのはどういう訳なんだろう?

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