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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
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04 野戦陣地

「なるほど…」


「それに信孝が大人しくいつまでも秀吉の下知に従うと思うか?光春。」


織田信孝。信長の三男ということになっている。本当は次男だが母親の身分が低いので三男にされたとも云う。かんの虫が強くいつまでも唯々諾々と秀吉に従っている男ではない。


ひるあんどんの信雄殿なればまだしも…信孝殿では…秀吉といえども難しそうですな。」


「ああ、山崎では決戦前と云うことで丸め込めたであろうが、ダラダラとした追撃、まあ、秀吉から見れば追撃戦だな、その後のダラダラした長期の城攻め…と思っていよう…そんなものに付き合わせて丹波まで信孝を引きずって来れはしまい。兵糧も支給しかねるだろうしな。池田も信孝も山城までは付いてこようが丹波の山中まで来ることはあるまい。」


「なるほど。騎馬隊の嫌がらせに備えるとか理由をつけて、京でのんびりといったところでしょうか。」


「山城、近江といった餌もある事だしな。秀吉の丹波攻めの成功を見届け次第、山城近江の切り取りを始めたいのが本音だろうよ。おっつけ、物見からも連絡が来ようがな。」


「されば、羽柴勢は実質本軍だけの二万程度でしょうか。」


「まあ、そんなものだろう。」


篠山川南岸、八上城を背にして兵たちが作業している馬防柵や塹壕を見ながら光春達と検討する。

騎馬隊を率いて散っていた重臣達も少しずつ戻ってきている。


「殿。篠山街道途上の城からは兵と物資を全部引き上げるとして、山陰道方面の砦や北の周山城などの守兵は如何致しますか?」


戻ってきている利三が指摘する。


「羽柴も決戦前に兵を散らすことはするまい。山陰道と北の守兵はそのままの配置でよかろう。」


常識的な判断なので皆普通に頷いている。だが、


「問題はこの篠山川での決戦ですが、殿、アレは何でござろう。空堀にしては細すぎますし浅すぎますが。」


ついさっき牽制を終え本体に合流した伊勢貞興が、兵たちに掘らせている塹壕を間近で見て来たのだろう、質問してくる。


挿絵(By みてみん)


「あれは塹壕ざんごうと名付けた。あの中に鉄砲隊は身を隠し、銃口だけを地上に覗かせて射撃する。横への加勢も安全に行えるので便利なはずだ。打ち返される恐れもほとんど無くなる上、地面で重い銃身を支えられるので射撃精度も格段に上るだろうな。」


一同からどよめきが起きる。馬防柵はすでに一般的だから言及はないが、塹壕は恐らく初見だろう。従来はせいぜい盛土を作る程度だったが盛土では不十分だ。完全?に身を隠すことが出来る塹壕なら再装填も落ち着いて余裕でできる。また地平面が良い塩梅に照準線になる。多くの銃撃は目標の上を通り過ぎることで外れるのだが、地面そのものを照準線にすることで高低の照準を付けやすくする。


「さすが殿ですな。そのような算段まで考えておられたとは…」


ま、後世の知恵の劣化コピーだけどな…光秀は鉄砲の第一人者だ。その光秀に鍛え上げられている明智勢ゆえ普通に撃ちあっても負けることは考えられない。だが羽柴の後で柴田勢も控えている。被害は極力抑えたい。

図の通り、八上城の北側には川の氾濫原が広がっていて結構ひらけた場所になっている。篠山街道もこの氾濫原沿いに東西に走っている。北から寄せてくる羽柴勢は、まず結構な川幅のある篠山川を超えて塹壕前の馬防柵にとりつくまで、長時間無防備で矢玉にさらされる訳だ。


「ふうむ…。八上城を攻めるには北からしか無いのは当然ですが。これだけ防備を固めると寄せてこないのではありますまいか?」


斎藤利三が予想される懸念を述べる。自分ならどうするか、真面目に考えてくれる側近は貴重だ。


「そこは俺も考えてみたが、羽柴はとりあえず最低一度はそこそこの規模で我らと合戦せねばならぬ。秀吉は独自の判断で毛利戦線を放棄して大返ししてきた。信孝勢も摂津衆も、この光秀憎し、信長公の敵討ち…という建前になっているから糾合できた。にもかかわらず、主君のかたきを目の前にして戦わずに撤退などすれば、織田家丸呑みどころか、織田家における現在の地位も維持できなくなろう。」


「…なるほど。戦後の政略の都合上、なにがなんでも一戦せねばならないと。」


「うむ。だからここで戦うのは不利と解っていても致命傷にならない程度に一当てして撤退、『わが秀吉軍は光秀の本拠、丹波まで押し込んで懲らしめた…』といち早く喧伝してこの場を収めようとするだろうな。」


「そこを我らが追撃して都合の良い言い様ができぬようにすると。」


にこにこ顔で溝尾庄兵衛が話を引き取る。さらに別の男が続く。


「山城でも近江勢が待ち受けておりますれば、秀吉敗戦はくちやかましい京童どもが日ノ本中に広めてくれましょうなあ。これは愉快じゃ。」


四十路のこの男は明智光忠で我が従兄弟に当たる。光春とともに桂で合流した宿老の一人だ。こうしてみると、秀吉方に比べてかなり人材面では勝っている。安心して別働隊を任せられる宿将が豊富なのだ。

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