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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
49/72

46 大炮烙

「左大弁様、朝でございます。」


秀家殿か。

この戦になってからほとんど秀家殿が起こしに来る。大名の当主を小姓のように扱っていいのかとも思うが本人がお客様扱いを受け入れないので仕方ない。


「今日あたりだったな。」


「はい。光春殿もすでに配置に付かれております。官兵衛様の指示で、念のため東野山砦への増援は宇喜多勢だけでなく、長宗我部勢も投入準備を整えられました。」


「そうだな。二回めが同じ規模の兵力とも思えぬ。山中の砦一つに大兵力を集中するのは難しい。が、兵を入れ替えつつ三方向から長時間しつこく攻めるのであれば、万に届く兵が準備されている可能性もあるな。」


「それでは単純な消耗戦では…」


「正攻法は基本的に消耗戦ですぞ、秀家殿。それでもできるだけ死なない程度に兵力をぶつけ合い相手の体力を削り取る。根負けした側が兵を引くので案外死者は少ない。第四次川中島の合戦のような、大将まで敵陣に乗り込んでの有無を言わせぬ決戦だとそれこそ双方に莫大な死人が出る。消耗戦は有無を言わせぬ手詰てずめの決戦に比べれば、まだしもマシな戦い方なのです。」


「なるほど…確かに川中島の決戦のような戦を幾度もしていては国が滅んでしまいましょう。ご教示ありがとうございます。」


根が猛将の秀家が決戦に心躍らせるのは当然だが、大将は兵をいたわらねばならぬ。決戦などできればせぬが良いと解ってもらえたかな?太平洋戦争でも日本軍が決戦志向を捨てて最初から徹底持久戦にしていれば、結果はどうなっただろうか。ルーズベルトが死亡するまで粘れば結果は変わっていただろうか。


一時いっときが過ぎ、二時にときが過ぎる。


「動きませんな、左大弁様。」


今日あたりが予定日だが敵陣に動きがない。伝五も焦れてきているようだ。


「夜でしょうか。明智勢の鉄砲は有名ですし…」


「秀家殿の言う通り、初動で姿を晒した敵は確実に撃たれるので夜になるかもしれんな。悪いが下がって休ませてもらおう。兵たちも昼間の当直を減らして夜を厚めにしたほうが良かろう。」


伝五が頷き指示を出すのを見届け、物見台を降りる。この身はすでに50半ばだ。無理をするとすぐに集中力が切れそうに成るのは仕方がない。よわい70を越えても最前線に立っていた毛利元就とかはぶっ飛んでいるな。


………

……


「かかれ、かかれー」


「押し返せ-」


「鉄砲、前へ~!」


喚声が聞こえてくる。始まったようだ。


「左大弁様!、敵襲です!」


秀家が飛び込んでくる。


「そのようだな、行くぞ…で、声が近いようだが東野山砦ではなかったのか?」


「は、なんと、敵はこの東近江路の真正面にいきなり夜襲してきました。」


「そうか………。とにかく行くぞ。」


物見櫓に登り伝五に状況を聞く。


「真正面に来たそうだが。」


「左大弁様。抜かりました。いきなり正面を強襲されて稻城いなきが間に合いませんでした。すでにこちらの先鋒と槍合わせになっています。」


「俺の読みそこねだ。盲点だったな。たしかに真正面も戦場で接していた。しかし、それにしても………。稻城ではばまれた場所をもう一度まともに攻めてくるなど、勝家勢ぐらいしか居るまい。」


「はっ。しかも規模がかなり大きいようで、五千以上は来ているようです。もちろん、こちらも万を超える本隊ですので崩れはしませんが、如何にしましょうや。左右の砦から横槍を入れますか?」


「いや。このままで良かろう。本隊の下げていた鉄砲隊を順次前に出し冷静に打ち払え。」


本隊は来るべき追撃戦に備えて鋒矢ほうしの陣形で街道に沿って展開している。鋒矢と言っても大部隊のため、衡軛こうやくの陣を分厚くしたような、ほぼ長方形の陣型だ。だが追撃戦に鉄砲隊は不向きのため、前方には槍隊と騎馬隊が多くなっている。後方の鉄砲隊を前に順次入れ替えて迎撃隊形にせねばならない。


「…そうか。本隊正面が一番鉄砲に撃たれない接点だったのか…」


秀家がつぶやく。この数日のやり取りでこちらの編成の概略を勝家も掴んだのだろう。確かに秀家の言う通りだ。


「左大弁様、東野山砦に狼煙が上がりましたぞ!」


「やはり来たな。各砦には、本隊を気にせず敵襲に対処せよと伝達。正面だけだ、やれるな、伝五。」


「勿論で御座る。すでに利三殿が動いておりましょう。」


ヒュ-----------------


その時、本隊後方から何かが敵陣後方に飛んでいく。あれを使ったか。この戦では出番は無いと思っていたが。程なくして本隊と槍合わせしている敵陣中央から後ろにかけてパッと明るくなり爆発音が聞こえてくる。


「 ! あれは ! 」


「秀家殿。あれはかねて雑賀衆に頼んでおいた、巨大焙烙弾。投石機で打ち出すのでこの戦では出番が無いと思っていたが、敵が大部隊で街道正面に来たので使える場面が出来てしまったな。山岳戦では投石機が近寄れず使えないが、街道であれば平地同様に打ち込める。ちょうどいい具合に敵が大部隊で後方に敵兵が詰まっている。かなりの被害を与えたはずだ。」


「大焙烙………」


「おお、左大弁様。敵陣後方が大混乱に成っていますぞ。」


遠眼鏡で観察していた伝五が報告する。密集部隊、しかも後方部隊で盾も構えていなかっただろう。もろに炸裂弾を食らったのだ。ただで済む道理がない。そうこうするうちにも、二弾三弾と大焙烙が打ち出されていく。


「ん?おや?寄せていた敵の主将になにか有ったようですな。敵の足並みが崩れていますぞ。お味方が一斉に押し出し初めています。」


「追撃は敵がたむろしていた付近までにせよ。ただし、そこまでなら容赦せず急追してよい。負傷兵の回収を許さず捕らえるのだ。」


「承知!」


伝令が前線に飛ぶ。本隊前衛が一気に押し出して寄せていた敵兵を飲み込んでゆく。


「さすが利三、抜かりがないな。」


「はい。伝令が着く前にすでにご指示通りの動きに入っておりました。この伝五も見習わねば。」


「凄い。利三様…」


「利三と光春は我が両腕。くどくど命じなくともあのくらいはやりますぞ。この伝五とていざとなれば劣るものでは御座らぬ。」


「いやいや秀家殿。それは左大弁様が戦場全体の構想を予め解きほぐして説明されておればこそ。そうでなければ利三殿とて一気に越前まで追撃しかねませぬわい。」


「左大弁様の軍容はまさに主従一体。私も見習わねば。」


「なに、我が明智勢は戦続きでござれば。秀家殿も戦場でお味方と共に場数を踏めば、自然とこうなりますぞ。」


秀家は頷く。目は崩壊した敵陣に釘付けだ。


粗方あらかたは押し返したな。掃討戦がはじまったようだ。秀家殿、ちょっと前線をみてきましょうか。」


「良いのですか?」


「うむ。確認したいこともあるので参りましょう。伝五、ここは頼んだぞ。」


伝五が頷く。秀家を伴い利三が居る最前線へと向かう。前線視察にでてきたのは新兵器の大炮烙の結果検証のためだ。状況次第で改良の余地があるかもしれない。


「利三、どうだ?」


「おお、左大弁様。大焙烙は大したものですぞ。大焙烙数発で百五十近くが瀕死、戦闘不能になった者は五百は下りませぬ。中軍から後軍の半数以上は何らかの被害がある様子。」


「今回は初見で不意打ちだったからな。だが防ぐと言っても困難か。」


「は。判っていたとしても兵を散らしたのでは戦えませぬ。平地では効果絶大かと。」


一種の榴弾だからな。現代戦でもまだ使用されている兵器だ。この時代に完全に防御することは無理だろう。

だがこれで平地での決戦は相手が避けるようになる。山岳や密林でのゲリラ戦が多くなるな。となると連発銃がほしいが流石にこの時代では無理か。それ以外となると………


「左大弁様?」


「ん、ああすまぬ。なに、これで真正面から戦ってくる相手が激減するだろう。山岳や密林での戦に適した兵器を考えていた。」


「また新兵器ですか…」


「秀家殿。鉄砲が普及して従来の戦い方の多くが過去のものに成り果てたように、兵器の進歩は戦を根底から覆しますぞ。今のように初見で新兵器を喰らえばどんなに精強な軍でもほぼ壊滅。細かな作戦も用兵も用をなしませぬ。敵側に新兵器があれば倍する兵力があっても惨敗もあり得るのです。兵器開発は無限に続く修羅の道で武人はそこから逃れることはできませぬ。」


「されど、私にはそのような才があるとも思えませぬ…」


「全部自分で考える必要は無いのだ。大炮烙にしても私は案をだしただけ。実際に作りあげたのは雑賀衆なれば。大切なのは常に意識して新しい兵器を求め続ける事ですぞ。」


秀家がかろうじて頷く。


「左大弁様! こちらに。」


利三が叫んでいる。何か見つけたようだ。


「どうした、ん?これは?」


転がっている死体の装備が皆かなり立派だ。どうやら此処にこの部隊を率いていた本営があったようだ。


はいごういえよし殿のようですな。」


死体が焼けただれ、パッと見では誰かわからないがよく見ると拝郷家嘉であるのがわかる。大炮烙の一つが運悪く本営直上で炸裂したのだろう。史実では追撃戦に入った秀吉勢を支える殿軍を指揮して柳ヶ瀬で討ち取られたのだが。


「利三殿…」


「秀家殿、これがこれからの時代の戦になりましょう。音に聞こえた猛将の拝郷家嘉殿でさえなにも分からず、名乗りも上げぬまま雑兵もろとも打倒うちたおされる。武士に誉れなど無く、ただひたすら殺戮の専門家として味方の被害をへらす。されど、本来の武士とはそういうものなのでしょうな。」


「そうだな。利三の申すとおりよ。我々は一つの時代の終わりを見届けているのやもしれぬ。武士の時代の終わりを。これからは武士も公家も一人の行政官として生きる時代が来るのだろう。武官も文官も技官も対等の時代が。」


まあ、俺が其れを加速しているのだけれど。しかし拝郷家嘉討ち死には流石に勝家の予想外だったろう。さらに別方面で事を起こして正面攻撃惨敗の穴埋めをしたいだろうが、もう兵力が足りないはずだ。大詰めも近いな。


「利三、拝郷家嘉を討ち取ったこの戦いはかなり大きな影響がありそうだな。」


「然り。これだけの規模の攻撃陣が一瞬で崩壊となればその影響は計り知れませぬ。よって影響が全戦線に出るまでに手詰めの戦になりましょうな。」


「やはりそう読むか。で、狼煙のあがった東野山砦はどうだ?状況はわかるか?」


「こちらも激戦の最中でしたので。まだ何とも。」


「だろうな。では儂は本陣に戻る。まだ本陣のほうが情報が集まりやすかろう。」


「それが宜しいかと。こちらも元の陣形に戻しておきまするが今夜辺りから明日が勝負ゆえ、突撃準備はしておきましょうぞ。」


「勝家も撤退時にはなにかの備えを造っておろう。利三を失うわけにはいかぬ。突撃とは言え慎重にな。」


言い置いて伝五の待つ本陣へ戻る。東野山砦が目下の焦眉しょうびの急だが、光春のほうも気になる。



最近、喘息気味で、しかもなかなかしつこい。呪われているのだろうか。家康フアンとかに?(笑)

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