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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
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44 東野砦防衛戦

信濃勢が撤退し今日はここまでと思っていたが、敵はそうでもなかったようだ。


「東野砦が攻撃されている…だと?」


「どうやら昼間の信濃勢のしつこい攻撃はこの夜襲から目を逸らすための陽動を兼ねていたようですな。」


藤田伝五の言う通り、信濃勢が稻城で愚図々々していたのは一定の時間こちらに注意をらせる狙いだったようだ。昼間の間に山中を密かに進み夜を待って砦に取り付いたのだろう。


「なるほどな。で、戦況はどうだ?」


「なに、そう簡単に落ちるような砦ではござらん。後詰に宇喜多勢も居りますれば。」


前線の砦から順番に落して進出してくる正攻法は当然予想出来たので、各砦にはその場合の対処方針を伝えてある。東野砦の場合は後方の宇喜多勢との連携になる。砦の最前線の兵が疲弊しないように早めに交代させるのだ。砦の守兵だけでそれを行うと手持ちの兵が底をついてしまうが、砦内で交代するのではなく、後ろの宇喜多陣まで下がらせる。入れ替わりに宇喜多勢から同数の増援を送り込む。東野砦を攻めていると考えている柴田勢は、実態として東野砦の守兵と宇喜多勢全体を相手に攻め続けねばならない事になる。


「攻めても攻めても、一向に疲れを見せない相手…と気がつくのはいつ頃かな。伝五。」


「そうですなあ、勇猛を以って鳴る柴田の精鋭であれば、いっときときは何も考えず猛攻してくるでしょうなあ。」


「こちらは最長でも半時で交代させるように申してある。砦間の通路も二本造り一方通行にして双方の部隊がすれ違いでぶつかり混乱せぬように配慮した。夜で見えぬのが残念だ。初めての試みなので見てみたかったな。」


挿絵(By みてみん)


「なんの、夜襲で安心しましたぞ。夜襲という事は特段の新しい兵器は無いという事。ここ最近は左大弁様が毎回毎回新しい武器や戦術を繰り出されるので敵にも何か出てくるのではと内心ハラハラで御座る。」


「はっはっつ。あの柴田から新兵器か。其れが出てくるほど柔軟な頭であるなら話し合いの余地も有ったのだろうが…まあ無理というものよ。」


「ですなあ。殿と筑前殿は柴田殿に嫌われておりましたな。よそ者とか下賤の出などと四の五の吹聴されておったし…とてもとても話し合いの出来る相手ではござらん。」


ブオー……ブオー……


東野山砦から法螺貝の音が響き渡る。砦健在の合図だ。至って穏やかな調子なので余裕があるのだろう。


「小西殿はうまくさばいておいでのようですな。いかに宇喜多直家殿の抜擢ばってきとは云え、商家出身でいささか危惧しておりましたが。認識不足のようでした。」


「知らぬのも仕方がないが。今の時代の商家は武家顔負けの武勇を持つ者も多いぞ。なにせ山賊や海賊と一番接する機会が多いのだ。しかも小人数で相手せねばならぬ。堺の大店ででも無い限りはな。」


「なるほど、いわれてみれば。」


「では儂は少し寝ておくとしよう。異変があれば起こせ。伝五も適当に寝ておけよ。」


了解の意味か片手を上げて答えるが、目は闇の中の東野砦をむいたままだ。まあ、そうだろうな。本陣付きの武将が総大将共々寝入るわけにもいかぬか。


………

……


「左大弁様。藤田様がそろそろお呼びするようにと…」


宇喜多秀家か。事実上小姓のように振る舞っている。利三達も目をかけてくれているようで陣内をかなり自由に見て回っているようだ。


「秀家殿、『藤田様』はないだろう。」


「いえ、此処で学んでいる間は藤田様です。」


「そうか。では行くか。」


見張り台に上がっている藤田伝五の横に2人して登る。


「どうだ状況は。」


「は。いやぁ、しぶといですな。こちらが打ち払うだけにしているとは言え、夜通し攻め続けて今もまだ取り付いておりますぞ。」


「夜襲で落とせれば儲けもの、落ちねばそのまま強襲の腹積もりだったか。」


「そのようですな。どうも柴田勢の風土は我々と相当異なるようで。」


無策の無理攻めのようで、攻め切れぬ場合はそれら全ての攻めを新たな別の攻撃の陽動になるように、別の場所を攻める。その段取りを次々と計画する。それが柴田勝家の作戦という事か。しかしそれでは局地的な敗戦を押し付けられる部隊の士気が上がらないと思うが…


「左大弁様は皆に等しく勝たせようと差配されますが、勝家殿は皆の思うように可能な限り自由に攻めさせているのでしょうなあ。」


そうか!

脳筋武闘派揃いの勝家勢の場合、軍議で自分に攻めさせろ…の大合唱になる。その中で比較的無難な策から採用して他の危険性の高く奇襲要素の多い策をできるだけ後ろに回す。そうして配下に不満を残さないように努めたらこうなるのか。こちらから見れば連続陽動に感じるが実態は旺盛な戦意を維持し配下武将の献策を無下(むげ)に断らない姿勢の結果なのだな。


「なるほどな。さすが伝五だ。確かにそう考えれば筋が通る。勝家の統治姿勢そのものが、猛将を育ててきたわけか。たしかに柴田勢が武勇に偏っているのに比して、我が明智勢は知勇均衡の将が多いな。」


「不思議と皆総大将を真似ようとするのでしょうなあ。まあ、勇は頑張り様も有りまするが知はなかなか身につきませぬが。ははっ。」


雑談している間も東野砦方面から喚声が聞こえてきている。一晩中攻め続けてまだやっているとは。攻め手側も交代しているのだろうが、交代要員の絶対数が大差だ。蓄積した疲労は限界も近いだろうに。


ふと脇を見ると近習のように付き従っている秀家がなにか言いたそうだ。


「どうされた、秀家殿。」


「はい。いえ、お話のようなやり方を本当に勝家殿がなされているのかと。それでは個々の戦闘で目論見が外れ負け戦も頻繁に発生してしまいそうで…。」


「そのとおり。半分とまではいかずとも四割ほどは負け戦になろうな。だがそれも勝家殿の想定内という事だろう。結果的に負け戦になろうともとがめず笑い飛ばして次の戦で取り返せ…とでも云うておけばよい。それが常態化しておれば誰も負け戦に萎縮いしゅくすること無く、五分の勝算があれば『ひとつ勝負してみるか…』となろう。其れが猛将揃いという評価につながり、その評判がまた各将を猛将に育てる。」


「…なるほど…そのようなやり方も有ったとは…」


「利点もある。細かな策を弄しないため、策が破れて大敗する事も無い。個々の戦闘は馬鹿正直に力攻めしているのだからな。見破られて困るような策がそもそも無い。負け戦…であろうともそれなりの損害を相手にも与える…普通であれば…だが。」


秀家が考え込んでいる。無策で兵をぶつける事に引っかかりが有るのだろう。


「…殿。お話中ですが、そろそろ攻め手の限界がきますぞ。敵が退却に移った場合はやはり…」


「追撃は無しだ。」


「で御座るか。仕方有りませぬ。」


「まあ、ここは勝家殿の攻め筋を一通り見学させて戴くとしようではないか。何れ対峙するであろう、三河侍も勇猛をうたわれておることだし。」


「家康殿で御座るか。ですが、その三河侍達が小勢の真田殿に信濃で翻弄されておるようですが。」


「あれは真田殿が異常なのだ。戦術家としては現時点で日ノ本一だろう。三河侍でなくとも振り回されるのは仕方あるまい。」


「真田昌幸殿とは、それほどなので?」


「我々が真田殿をひそかに支援し続ける限り、三河勢は底なし沼に嵌ったも同然で信濃の領国化は不可能だろう。いずれ北信濃を真田殿に任せたいと伝えている。真田殿は内政も達者だからな。」


「真田昌幸殿とはそれほどに…」


秀家が驚いている。信濃の少さな領主にすぎない真田を高く評価しているので意外のようだ。


「出来る男で御座るよ。この光秀の見込みでは歴代真田一族の中で随一の飛び抜けた能力で、おそらく武田信玄、もとの真田殿の主君だが…その信玄公を上回る才の持ち主ですぞ。」


これには秀家だけでなく藤田伝五まで驚いている。だが、実際武田信玄は領内統治に結構失敗気味のところもあった。信州がなかなか懐かなかったのも諏訪氏をだまし討ちしたり、佐久郡に苛烈な仕置をしたりした結果だ。甲斐も恒常的な重税で疲弊していたしな。勝頼の代で破綻が顕在化したのだが、実態として信玄の末期には事実上経済破綻しつつあったのだ。


「さて、真田殿の事はさておき、東野砦だ。そろそろ報告が来ているだろう。双方の被害状況はどうだ?」


伝五が使番に目配せする。使番が出て行くまでもなく、すぐに伝令が飛び込んできた。渡された書状を広げる。


「ほぉ~、被害は軽傷者のみのようだ。宇喜多殿の陣で静養中で一両日中に復帰するとある。だが、その数が異常だな。」


伝五に書状を回す。


「どれどれ…なっ!二千の守備兵のうちの千八百が後送されて今は大方が宇喜多の兵に入れ替わっている…ですと!。」


秀家にも書状が回される。


「いったい何故そのような…えっ!、なんと東野砦への攻撃は二方面からあったのですか!。東近江路側からのとくのやまのりひで殿が陽動で主力は砦の真北まで山中を迂回して攻撃してきたはいごういえよし殿…と。倍の兵力をあの険しい山塞さんさいに同時に取り付かせるとは…」


「よく気付かれた、秀家殿。夜襲で全く別方向の二つの部隊をほぼ同時に取り付かせるのは至難の技。普通は到着時間に大きな差が出て各個に撃退されてしまう机上の空論だが其れを実行出来るだけの練度が柴田勢にはあるということだ。まあ、今までに何度も失敗した経験があっての練度だろうが。」


「これでは元々詰めていた砦の守備兵が、あらかた後送される羽目になるのも頷けますな、左大弁様。」


「そのとおりだ。宇喜多勢との円滑な連携を構築していなければ、確実に落とされていただろうな。策と呼べるほどの策のない柴田勢だが、其れを補って余りある練度がある。やはり侮れぬぞ、伝五。」


「数年がかりで上杉の堅城を一つ一つ抜いて追い込んでいった戦歴は伊達では無い…といった所ですなぁ。しかし、我々が考えそうも無い山越えでの攻撃が普通に有るとなると厄介ですぞ。」


「東近江路のさらに東、我々が砦をつらねた向こう側に高時川が流れている。柳ケ瀬の北側で高時川にでて、川沿いの杣道そまみち辿たどり東野山砦の裏に接近したのだろう。なので、どこにでも出没出来るという事ではなかろう。まあ、そこからまた山に分け入って砦に取り付くだけでも困難を極めるが。よほど山中の行軍での位置関係に達者な者を抱えているのだな。」


「さすが柴田勢といったところですなぁ、左大弁様。そうすると、東野砦の次もまだありそうですかな。」


「伝五の言う通り、まだあるだろうな。秀家殿。秀家殿が柴田勝家だったとしたらどうする。皆からいろいろな攻撃を進言されている…として、どの案を採用されるかな?」


「私が勝家殿の立場であれば…ですか。そうですね…東近江路でも逆側、堂木山砦でしょうか。ここであれば東野山砦からの攻撃は余呉川越えになりあまり気にせずともよいし、すでに東野山砦は一戦終えており挟撃きょうげきは無理でしょう。背後を突かれる心配はほとんどありません。ですが、隣の明神山砦からは増援や横槍もあり得るので、この二つの砦を同時に攻めてみて手応えを見てみるのではないでしょうか。と言うか、他に接点が無いのでは。」


常識的な答えだ。だがこれだけなら誰でも答えられる。もうひと押ししてみるか。


「では我が明智勢が動かないのは何故とお考えになりますかな。」


「大軍のお味方が動かれないのは…別方面の軍勢が柴田勢の側背そくはいを突く…のでしょうや?あるいは、左大弁様は水軍に力を入れられていますので、水軍で越前沿岸を襲う…とか。」


「そうですな。で、水軍で越前沿岸を襲われると勝家殿が気が付かれた場合は?」


「早期に決戦せねばなりませぬ。しかし正面は鉄壁なので…あ!」


「そう、山中を深く迂回して余呉湖横にでて南から我が陣の前線の砦を突き上げて突破する…しかありませぬ。」


「まさか、左大弁様はそうさせるためにこのような陣形を造られた?」


「実際には水軍は回しておりませぬよ。されど、こちらが堅守して動きがなければ勝家殿とて当然どういう事かと考えましょう。水軍や、国吉城が気になってくるのは当然。」


「勝家殿は最初から左大弁様にめられていたのですか。」


「秀家殿。双方にそれなりの技量と戦術眼があれば、大戦おおいくさが戦場で決する事は稀になりますぞ。勝負を決めるのは戦う前の戦略でござる。ま、それでも真田殿のような機略縦横の戦術家であれば現場でなんとかしてしまうかもしれませぬが。」


「戦略ですか。孫子の云う。」


「そうそう、孫子にも書いてありますな。勝負は戦う前に決まっていると。さて、勝家殿が我が戦略を上回る戦術の切れを見せてくるかどうか、お手並み拝見致しましょうぞ。」





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