41 側室
誤字のご指摘有りがとうございました。
気を付けているつもりでも、漏れてしまいます。
これからも宜しくお願い致します。
坂本城に戻り久々に寛いでいると斎藤利三と明智光忠の来訪を告げられる。
この組み合わせ、先日の側室の件だな。早くも誰かの目星がついたのか。
「また二人揃ってと云うことは…」
「はっ。先日お話いたしました御側室様の件で御座る。」
「しかし、利三は儂と雑賀に行って居っただろう。やけに早すぎではないか。」
「なに、家臣一同ずっと心配しておりました故、重臣級の者に諮ったところ、すでにそれぞれ思う所がございましてな。あっという間に候補が揃いまして御座る。」
「そうは言っても大名相手ならいざ知らず、河原者や山の民の候補など早々見つかるまい。」
「なに、それも庄兵衛殿に心当たりが御座いましたぞ。山の民のため言い出しにくかっただけで庄兵衛殿は前から機会を伺っていたとか。大喜びで話を纏めてきてござる。」
溝尾茂朝は山の民との折衝に幾度も出向いている。そこで似たような話が山の民からも出ていたのやもしれぬ。
「そうか。ならば既に儂も必要性には納得している。そのまま進めてくれてよい。」
「なにを呑気なことを。すでに五十路の左大弁様なれば、何をさて置き手配して御座る。本日はその面会の段取りを説明に参ってござる。」
「なに?すでに先方が来ておられるのか?ならばこちらにお通しせねば。」
「左大弁様。今は戦前のわずかな時、左様な手順を踏んでいる余裕はありませぬ。すでに大広間に各側室様とお側付きの方々、近在の家臣で登城できる者達、近畿一円の与力の方々や名代の方々、堺の会合衆など集まってござる。お顔合わせの後、即座に輿入れと宴の段取りが整うてござれば、御召替えなされませ。」
「なに!。即座に輿入れとは、あまりに無体ではないか?女性側にも…その…好き嫌いもあろうに。」
「ほう?されば、左大弁様は女性にお会いになられた後に、好みで無いと突き返すのでござるか?」
「そんな事はせぬ。」
「されば、女性にしても同じこと。左大弁様もお覚悟をきめなされ。集まった女性方はとうに覚悟が定まっておりまするぞ。」
これには参った。確かに利三の言う通りだ。相手がたとえ如何なる女性であろうが、受け入れて偏り無く子を為さねばならぬ、そういう立場なのだ。しかたない、50代の俺にとなれば30代といったところか。流石に子を為さねばならぬので40代以降という事はなかろう。あるいはもっと若くとも性格難で離縁された曰く付きもあり得るか…。
「ふう…わかった…。たとえどのような女性であろうが受け入れようぞ。」
「それでこそ我が殿で御座る。なに、殿を失望させるような事はありませぬ。皆よき子を成してくれそうな女性でござればご安堵くだされ。」
かくて大広間に連行されることになった。当時まだ珍しかった湯を張った風呂(憑依後に俺が造らせた。蒸し風呂はあったが湯に浸かりたいので特注した。)にも入り着替えも済ませてスッキリとした気分で会見に望む。
「左大弁光秀である。皆、顔を上げてもらいたい。此度は私事に集まっていただき感謝に耐えぬ。」
平伏していた一同が一斉に顔を上げる。正面には伏し目がちな女性が数名並んでいて、その直ぐ後ろにはお付きの者達と思われる従者が居る。左右には明智累代の重臣や外様。そして譜代同様の扱いになっている細川忠興や島左近の姿も見える。正面後方には与力の大名や小領主、それに国衆、町衆も並んでいるようだ。こうして揃ってみると大きな勢力に急成長したのが実感できる。
「では某斎藤利三から御紹介させて戴きまする。まず、左大弁様の最も右手のお方は『桔梗』様。かねて山の民の御長老の推挙があり話が上がっていたものの戦で延び延びになって居りましたが漸く此処に至りました。」
なに?元々そういう話がでていたのか。山の民に理解のある平地勢力は少ない。結びつきを強めたいと考えるのは当然の成り行きだったと云う事か。
「『桔梗』とお呼び下さいませ。左大弁様。」
山窩の例に漏れずエキゾチックな雰囲気の美人だ。十代後半だろう。良いのか?それ。桔梗というのは本名ではないな。先住民族とも謂われる山窩の固有名詞は大和言葉よりアイヌ語のような響きだ。初耳では聞き取れず、聞き取れてもカタカナで表記しないと表現できない。こちらに合わせての呼び名を決めて来たのだろう。
「流石にお美しい。お世話になっている山の民には常々感謝している。これからも末永く誼を結びたいのでその架け橋になって戴きたい。」
末座からどよめきが漏れる。明智家中の者と羽柴家幹部以外は明智と山の民の繋がりを知らない。しかも側室筆頭に山の民を持ってきた事に驚いているのだ。利三あたりが気を利かせて筆頭に持ってきたのだろうが良い思案だ。相手が山の民では家格もへったくれも無い。ある意味国際結婚のようなもので自分たちの文化で貴賤を争うことは出来ない。
「ありがとうございます。長老も左大弁様によしなにとの事でございます。末永くよろしくおねがいします。」
長老と言っても近在の一部族の長老だ。だが此のやり取りを聞いている与力大名は山の民全てを統べる長老と誤解しているはずだ。そのほうが好都合なので誤解は解かずにそのままにしておく。
「二番めのお方は我が丹波の『さわ』殿で御座る。『さわ』殿のお父上は足軽組頭として先の戦に参戦されその時の傷が為、先月身罷られた。誠に惜しい事だが安らかな最後でござった。此度の話は御父上ご存命中に密かに話を進めていたためそのまま本日に至り申した。」
年の頃は二十前後、特別美人でもないが人並み以下でもない。場違いと感じているのかおどおどしている。
「そうか、『さわ』殿。お父上を死なせてしまい申し訳ない。」
深々と頭を下げるとまたどよめきが起きる。おかしいか?部下を死なせることに慣れてしまってはお終いだぞ…と思ったが、違うな。足軽組頭の娘という低い身分に反応しただけか。なるほど、それも狙って利三は次席にわざと『さわ』殿を据えたな。
「い、いえ。父は常々左大弁様が治められるようになって誰も間引く必要が無くなった、丈夫な防具まで戴いた。暮らしも楽になった。しっかり働かねばと言っていました。あ、あの、本当に私などが此処に居て良いのでしょうか。」
「勿論、居て貰わねば儂が困る。我が陣営も大きくなり丹波だけを治めていた頃のようには目が行き届きにくく成りつつ有る。そなたは我が領民の代表として、気付いたことを何でも良い、儂に直言してもらいたい。」
「あ、ありがとうございます。」
最初のどよめきこそ有れ、話し始めて以降は『さわ』殿への周囲の反応は薄い。そういえば内政上手の君主の側室には平民出身の者が結構居る。俺もその類の一人だと思っているのだろうか。さほど違和感はないのだろう。
「三番めは『亀寿』殿で御座る。『亀寿』殿は九州は島津家の現当主であらせられる島津義久様の実の御子で御座る。」
「かめじゅ です。お願い致します。」
目の前に居るのは中学一年生?としか見えないローティーン。目をキラキラ輝かせてちょこんと座っている。まあ、此の時代は早ければ十三ぐらいから子供を生み始めるので、駄目では無いのだろうが…。
「左大弁様は此処半年に渡り、薩摩の島津様と互いに文を交わし意気投合され、四国の長宗我部様共々、日ノ本の行く末を語り合う入魂の間柄に進展して御座る。以前より内々お話のあったお輿入れでござったが本日実現の運びと成り申した。」
そんな話になっていたのか。
「『亀寿』殿、遠路の急な上洛。お疲れではありませぬか?」
「いえ、長宗我部様のお計らいにて何不自由なく。左大弁さま。薩摩は万金でも叶わぬ左大弁様のお知恵の差し入れで豊かになりますでしょう。飢えを凌ぐための戦はなくなるはずです。」
「あれは薩摩のために有るような物ですからな。したが、お父上はよくぞ手に入れられた。今はまだあの芋の凄さは原産地の異国でもよく理解されて居らぬ。だがその海の物とも山の物ともしれぬ種芋を一片の手紙を信じて入手された島津殿の慧眼は流石で御座る。」
「はい。父ですが文を戴いたその日から動き出しました。周囲は怪しんで異論も出たのですが『これは真以外にありえぬ。このような荒唐無稽な話で謀ったとしてなんの益も明智殿にはあるまい。なればあるのだ、この芋が。』と家臣を説き伏せ、船を八方に出しまして…。今は不毛の大地だったシラスに大規模な畑を準備しており、苗茎が揃う来年には栽培が始まるでしょう。領民一同も期待しています。明智様が九州に来られる日を、お待ちしているとの事でございます。」
「有難きことで御座る。『亀寿』殿が気楽に薩摩と近江を行き来できる日ノ本に早く致したいもの。」
今度はあちこちで、ほう…とか、島津まで…とかヒソヒソ声がする。しかし流石島津の姫。落ち着いたものだ。見た目はただの可愛らしい中学生だが。
「最後、四番目の御方は南蛮商人、ルイス・デ・アルメイダ様の目利きにて募られし異国はポルトガル出身のソニア殿。ソニア殿はアルメイダ様の養女としてお輿入れなさりまする。なお、アルメイダ様同様、ソニア殿もまた南蛮の地にて差別迫害を受けてきたユダヤ人の血を濃く引いておられると聞き及んでおり差別のない我が明智の元へと参られました。」
「そにあ でゴザイマス。わが主さま。」
場の喧騒が最高に達する。これは流石に俺も驚いた。側室の話が出てからでは勿論間に合わぬ。アルメイダが元々近縁の者達を連れて行動していたか、マカオあたりに居を構えていたのだろう。が、善く善く考えてみれば今の欧州にユダヤ系の人々が平穏に暮らせる場所はない。皆身の上を隠してやり過ごしているにすぎない。ならばいっそ明智の領国で嘘偽り無く堂々と過すほうがよほど良いと考えても不思議ではない…か。
「あのような美しい女子は見たことがない…」
「まるで天女さまではないか…」
皆が口々にその洋風の美しさを褒め上げている。外国人からすれば美醜の区別があるのだろうが、日本人の目では見慣れていない白人娘は皆美しく見える。それを割り引いても相当な美形だろう。日本人に比べて老け顔になるのが早いのに、高校生程度にしか見えない。おそらく十四、五だろう。よくぞこんな東の最果てまで来たものだ…。
「アルメイダ殿にはなにかと便宜を戴いており感謝している。ソニア殿には側室としてのみならず、異国人との通訳もかねて側付きをお願いしたい。」
「エウロペの言葉はどこも似てイマス。たいていはわかりまス。お任せクダサイ。」
しかし流石利三だな。俺の思惑を正確に汲み取って必要十分な側室を見事に揃えた。この側室それ自体が俺のメッセージとなって瞬く間に日ノ本中に広まるだろう。山窩や河原者の多くが我が領内を目指して大移動が起こるかもしれぬな。そしてそうなってしまえば…ふふ。驚愕する守旧派領主達の顔が目に浮かぶわ。所詮、農業だけで成り立つ社会などないのだ。