40-1 スクリュー
雑賀に来ている。
今日の共周りは利三、そして史実の関ケ原の戦いで奮戦した明石全登に率いられた二百の幹部候補の若武者を従えた宇喜多八郎だ。
土橋重治からスクリューの試作品と自転車型の人力駆動装置が出来たと連絡があった。その検分に来ている。
「お久しぶりでございます、左大弁様。」
「こちらこそ、しかし、よくぞ此の短期間で形になされましたな、重治殿。雑賀衆の底力、見事でござる。」
「はは。まだ最低限度の試作でござる。」
目の前の小舟に横並びにした2つの座が乗っている。直列で貫通しているシャフトの先は海に刺さっていて見えないがスクリューが付いているのだろう。
「ピッチはどうでしたか?上手く防水できましたかな。」
越後から取寄させた原油をざっくり大雑把だが精製させている。
武器として活用するためだが、副産物であるピッチの防水防火剤への利用を提案しておいた。
「は。あれは凄いものですな。油を煮詰めるとあんなものが残るとは。ドロドロですのでどこにでも塗ることが出来、固まるとほとんど隙間がござらぬ。水漏れも殆どありませなんだ。しかも、元は油なのに燃えませぬ。左大弁様はどれほどの知恵を蓄えておられるのやら…で、そちらの軍勢と御児は?」
まんざら世辞というわけでもないのだろう。実際、既存の軍船にピッチを塗りまくるだけで防御力は格段に上がる。
「こちらは備前の宇喜多家現当主の八郎殿でござる。明智の軍容や政の見学にお誘いいたした。軍勢を率いられしは御重臣の明石全登殿でござる。」
「八郎です。宜しくお願い致します。」
「明石全登で御座る。厚かましくも学ばせて戴きに参りました。」
「おお、それはそれは。ご丁寧に痛み入ります。雑賀を纏める土橋重治でござる。」
「宇喜多殿にはすべて見せて構わぬので、早速はじめようか。」
「は、では。」
合図と共に屈強な男が3名小舟に向かう。一人は操舵手のようだ。男たちがガチャガチャ音を鳴らしながらチェーン代わりの鎖がついた自転車のペダルを踏む。
「おお!!」
船の後方が波立ちスクリューが回転しているのが解る。一同から感嘆のどよめきが上がる。最初こそゆっくりだった小舟が見る見る加速して通常ではあり得ない速さにまで至る。あまりの速さに転覆しないかハラハラだ。
「こ、これは凄いです、左大弁様。いったいどうなって居るのですか!」
八郎が目を輝かせている。俺も驚いた。小舟とは言え二人でこれだけ動けば10人も並べれば相当なサイズの船が動くだろう。ジーベックのような大船であれば左右二軸推進も可能だ。ガレー船の重い櫂が不要でその人員も大幅に減らせるから浮いた排水量を積荷や武装に回せる。
「見事成されたな、重治殿!」
「は、某もここまでとは思いませず、最初は船を転覆させてしまいました。今は船底に錘を下げておりますれば転覆は致しませぬ。」
なに?錘を下げてあの速さだったのか。俺の想定よりスクリューがかなり大きいのだろう。
「これならスクリュー推進と帆走の併用で遠洋航海も可能だな…」
「いかにも。無風でも一時程度は余裕で走らせられますぞ。帆走併用で無補給で日ノ本の端までも航海できまする。」
「良し、では早速軍船に装備してくれ。大型のジーベックなどには左右二軸、関船級なら中央に一軸だ。小型船については貴公の判断に任せる。」
「はっ。既にそのつもりで部品造りにかかっております。あと、関船にもジーベック同様の小型のラムもとりつける予定です。この速さですからな。敵の小早などは関船のラムで蹴散らすのが手っ取り早く。」
頷いて細かなことは重治に一任する。
「うむ。そこらは善きに計らってくれ。残るは大筒だな。」
「は。大筒はなかなかに難しゅうござる。一度は鋳物で筒を造りましたが駄目でした。大筒に使う量の火薬に耐えられませぬ。」
やはりな。流石に冶金の知識までは持っていない。アドバイス出来るとすれば…
「思いつきだが、刀鍛冶なら鍛造の鉄が打てるだろう。鋳物よりは相当に強度が勝るはずだ。問題は筒状でない事だが補強材として使えるのではないか?」
鋳物の砲身でも十分な厚さがあれば耐えられるのだが、艦載砲である事を考慮して軽めに作ろうとしたのだろう。補強材で補強しても数射で砲身が変形して撃てなくなるだろうが、逆に言えば数射撃てれば十分なのだ。冶金技術が上がるまでは使い捨てに近い砲身でも良い。鋳物なので撃てなくなった砲身はまた鋳潰して再利用できる。
「なるほど、雑な打ち手の刀でも鋳物よりは遥かに強いですからな。刃も不要ですし補強だけなら直ぐにも出来ましょう。」
「大筒で思い出した。これは本当に暇なときで良いが、後装砲の研究もしてほしい。」
「後装砲?」
「ああ。今の鉄砲も大筒も、玉を出口から押し込む、前から玉を入れるので前装砲だな。だが玉を後ろ側から入れて、蓋をするように出来れば装填が倍ほど早くなる。大筒だと砲身が長くなると玉込めが難しくなるが、後装砲なら、砲身がながくても気にならぬ。」
「なるほど、銃身や砲身が長くできればそれだけ遠くまで飛びますからな。」
「その通りだ。後ろの蓋、俺は尾栓と名付けたが、これをどうやって密閉して火薬の爆発に耐えられるようにするか、これが難しいが。将来的には火砲はすべて後装砲になってゆくと思う。」
「実現できれば、確実にすべて後装砲になるでしょうな…確かに。判り申した。やってみましょう。なに、使い古して精度が落ちた古い鉄砲で試せばさほど手間ではありませぬ。最初は暴発ばかりでしょうから少量の火薬で試しつつ改良しましょう。」
「安全第一にたのむ。」
横で宇喜多の者達が話に付いて行けぬようで不安げな顔をしている。
利三は慣れたもので理解できなくとも平然としている。
「どうされた、八郎殿も明石殿も。ご気分でも崩されたかな?」
「いえ、恥ずかしながらお話が我らにはほとんど理解できぬ事で、困惑しておりました。その、ラムとは何のことでしょう?銃身が長いほうが遠くまで飛ぶ…とか…。」
「ああ、これは専門知識が必要だから解らぬでも仕方ないのだ。武士が鍛冶の技や操船が専門外であるのと同じこと。だが上に立つ者は専門家と共に考えられる程度の知識は身につけるほうがよろしいですぞ。それでないと専門家に依頼する中身が漠然としたものになり、作る側も困ってしまいましょうからの。」
「明智の武将の方々も皆そのように一通りの事を学ばれているのでしょうや?」
「勿論、全く知ってなど居らぬわ、はっはっはっ。そこな利三などさも存じ上げておるように泰然としておるが、なにも知らぬですぞ。自分の仕事ではないと割り切っている。が、八郎殿は宇喜多の棟梁であればゆっくりとで良い、色々なことを学ばねばなりませぬぞ。そのかわり槍働きなど個々人の戦闘技量はそこそこで十分。ま、好きであれば足利義輝公のように武の技を極めなさるもご自由だが。」
八郎がゆっくりと頷く。いろいろ考えているのだろう、上の空だ。ま、今はこれで十分だ。もともと高い素養のある八郎だし若い。すぐに粗方の新知識も吸収するだろう。