表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
39/72

38 余呉湖西岸

光春と勝家別働隊予想来冦地点の余呉湖西岸に来ている。真北には余呉湖北岸の開けた場所にバナナのように突き出した明神山と堂木山が有る。これが有るので勝家が布陣するであろう柳ヶ瀬方面からの見通しが有る程度遮断できるのだ。


「本当に、こんなさんかいを突き抜けて西から襲ってくるのでしょうか、左大弁様…」


「確かにな。普通では無理と考える場所だ。しかし、だからこそ此処に来る。塩津まで下ってしまっては我らに察知されてしまう。山を突き抜けて余呉湖岸に出てしまえば、狭いながらも湖岸の平地沿いに部隊を動かせられる。」


「我が隊の逃走路は湖岸伝いになりますな。」


「ああ。しかも南一択だな。勝家本隊が居るのは北側だ。見せかけでも北に備えて布陣しているのに北に逃げたのでは理屈に合わぬ。」


「確かに。ですが、南岸に逃げると余呉湖の東側までは逃げられませぬ。東まで行くと柳ケ瀬方面から見通せますので別働隊が戦闘に入った事を察知されまする。」


「そのとおりだ。余呉湖中央付近の南岸で再編成せねばならぬ。なので敵勢が余呉湖岸にでた瞬間から足止めできる伏兵を配す。」


「周囲は山ですので伏兵は容易に配置できまするが、真西は敵の進撃路ですので開けておく事になりますな。」


「当然だな。よって南西側から敵勢の斜め側面を撃ち据える形に成るしかない。」


「南西からだけですと止まりませぬぞ。撃ち据える距離が長ければ良いですが、余呉湖中央付近の南岸までではふところが浅すぎまする。」


「ああ。そこで余呉湖側からも撃ち据えて両側から削る。」


「!余呉湖側! 余呉湖に船を浮かべて準備しておくと…」


「余呉湖南岸のせまい平地を縦列突撃する敵だ。両側から側面を撃たれては流石にこたえるだろう。さらに…」


「さらに?」


「さらにそれでも突撃してくる剛の者をとどめるため、光慶に準備させる街道閉塞の新装備をここでも用いる。」


「ああ、あの左大弁様の奥の手とやらを…私にも教えて頂けぬ新兵器ですか。」


「新兵器という程でもない。ネタがわかれば単純な物だ。当然直前には使い方を教える。あれは此度の切り札になるのでな。ギリギリまで味方にも秘匿する。」


「わかり申した。そういう事であればこれ以上は問いませぬ。なに、万が一其れが上手く働かずとも両側から打ち据えられて痩せ細った敵勢など、この光春が押し返してみせましょうぞ。」


「流石、光春だ。それでこそ安心して任せられる。では光春は手勢が到着したら、南西岸の伏兵部隊の選別と秘匿準備、余呉湖に浮かべる小舟集めと射手の手配などを任せる。勿論、光春の主力の集結地点の準備と道の整備、初期配置での北向きに備える偽装陣地などもな。」


「承知。しかし、ここから曽々木までの一気の追撃は心躍りますな。できれば西の山中を通る道を敵勢が造りつつ来襲してくれると追撃が楽ですが。」


「光春、ここだけの話だが、敵の主将は恐らく佐久間盛政だ。形勢が不利とみれば起死回生の一騎打ちを持ちかけてくるやもしれぬが乗るなよ。一騎打ちなど勝とうが負けようが問題ないが、お主が負傷しては戦局全体にかかわる大損だ。その場合は、これからの戦は鉛玉だと教えてやれ。」


「はっ。いささか残念ではありますが、判っておるつもりです。四の五の云わせず鉛玉で応えることと致しまする。」


「うむ。それから佐久間の後詰は前田利家のはずだ。」


「利家殿でござるか。利家殿は筑前殿とじっこんでござれば如何致しまする?手加減が必要でしょうや?」


「いや。そんな事をする余裕はなかろう。曽々木までは遠い。一切のしんしゃく無しで全力で追撃でよい。それが味方に勢いをもたらす。」


本当は余裕十分だろう。だが此処ではっきりと前田利家の敗戦を印象付けて、たとえ打ち取れなくとも隠居においこまねばならない。手加減ということであれば、むしろ佐久間盛政を生かしたほうが後々無害なぐらいだ。


「判り申した。佐久間殿と前田殿相手に手加減無用の戦、流石左大弁様でござる。戦はこうでなければ。筑前殿(秀吉)のように、敵方の兵糧を買い占めたり片っ端から調略で寝返らせたりと、商人の如き戦は性に会いませぬ。」


「ふ。そうよな。だがそれは此処だけの話にしておけ。あのやり方は兵を死なせぬ。実はあれが一番正しいのかもしれぬのでな。」


光春も頷く。頭では判って居るのだろう。それでも好きにはなれない。そういう事もある。


「官兵衛様が参られました。」


使番からの知らせがはいる。

官兵衛には勝家勢が柳ヶ瀬から余呉湖北岸に出てきた場合に対応できるように、明神山と堂木山、さらに東近江路の東の山塊に史実に近い配置で砦を建造する手配りを頼んである。射撃戦を重視して一点突破されないように横の連携と標高差を利用した落石や大木落としの準備などだ。

史実と異なるのは余呉湖西岸に配置する明神山と堂木山砦の後詰を装った光春の部隊の存在。宇喜多と長曾我部の援軍。それと最初から東近江路の余呉湖東岸北東あたりの平地付近に居座って動かない明智本隊の大軍になる。

史実と異なり本体を他方面に動かして誘いのすきをわざわざ作るようなことはしない。


「ふぅ、ふぅ…もう夏はとうに過ぎたとは言え、こうも山登りばかりではきつうござるぞ、左大弁様。」


おとり役を買って出た官兵衛とも思えぬ泣き言だな。」


「左大弁様こそでござろうに、こうも差があるとは。」


「で、どうなのだ官兵衛。しっかり受け止められそうか?」


「そうか…も何も。兵数で上回り、装備も兵糧もまさっていて、その上待ち伏せですぞ。子猫一匹たりとも通れる道理はござらぬ。問題はその後でござる。」


「…その後?」


「光春殿。いくら東近江路がよく整備された三間半の大道とは言え、追撃する明智の軍勢は数万で御座る。無秩序に殺到すれば思わぬ不覚をとりかねませぬ。」


「おお、なるほど。」


「しかも最初に押し出すのは平地に布陣されている左大弁様の本軍なれば、どこかで別の部隊といれかわり左大弁様の本陣を中軍に下げねばなりませぬ。」


なんだ、そんな事を心配していたのか。


「儂(光秀)は別に越前まで先鋒でもかまわぬぞ。越後の龍(上杉謙信)も常に先陣を切っていた事であるし。」


「それ、それが左大弁様の悪い所ですぞ。左大弁様は部下に楽をさせてやろうと思うて御座ろうが、諸将はここで大いに働いて手柄にしたいので御座る。追撃戦が確定したなら先陣は功にはやる若手や存在感を示したいざまに譲って上げなされ。」


「うむ。これは一本取られたな。官兵衛の申す通りよ。流石官兵衛、抜かり無いな。」


「で、そこも踏まえて配置を考えていたので御座る。一番挑発を受けそうな柳ヶ瀬正面の堂木山砦には池田輝政殿。」


これは適任だ。猛将ながら心にやみを飼っているような男で場に居るだけで周囲が重苦しくなる。あの者であれば、いかなる挑発にもまつ一本動くまい。


「隣の明神山砦は後方の光春様の作戦に引きずられて浮足だたぬように可児吉長殿。」


これも納得だ。光春と吉長であればお互いに信頼感が有る。平然と双方を見送る事ができるだろう。


「東近江路の東側、最先端に当たる東野山砦には実利にさとく、常日頃から補給で苦労をかけ手柄の機会が少ない小西行長殿。」


ほう、ここに行長を抜擢するか。たしかに行長にいくら罵詈雑言を浴びせても”阿呆が何か騒いでおる”ぐらいにしか思わぬだろうな。


「この三箇所が最前線となりましょう。」


挿絵(By みてみん)


最前線と言っても先に仕掛けた側が一方的に不利になる地形だ。本格的に仕掛けてくるのは別働隊が衝突したのを確認してからになるだろう。万が一別働隊が光春を突破して余呉湖東岸まで進出すると堂木山と明神山の砦は前後に敵を受け窮地に陥る。この2つの砦が放棄された場合、東野山砦が突出しすぎになり撤退を余儀なくされる。史実で行われた佐久間盛政の攻撃はたしかに急所を突いているのだ。


「堂木山砦と明神山砦のつめになる余呉湖東岸の岩崎山砦には、この黒田官兵衛が入りまする。左右前方を勇将に囲まれた一番安全な場所ですからなあ。一つ楽をさせて戴きまする。」


西の別働隊への備えと正面の後詰の両方に目を光らせる難しい役目で決して楽な部署ではない。一番難しい場所とも言えるので作戦の全容を理解している官兵衛自身がはいってくれるのは有り難い。


「すまぬな。面倒な場所だが頼む。折々に入手した敵状はつなぎをいれよう。」


官兵衛が頷く。光春は官兵衛が全面的に協力しているので少し意外のようだ。


「はは。光春殿、官兵衛はこんな奴だったかと疑問がお顔に出ておりますぞ。」


「う、いや、そういう訳では…」


「よいですから、この官兵衛、かつては秀吉殿に姫路城はじめ全財産を掛けてござる。今は左大弁殿に全部掛けたのでござる。掛けたからには全力で支えねば元が取れませぬ。おわかり戴けますかな?」


「…まるで博打打ちですな…」


「おお、左様左様。そう考えて戴ければ結構。」


実際、史実でも黒田官兵衛は大博打の連発だった。迫りくる大勢力の毛利でなく、新興勢力の織田に賭け、その西部方面担当の秀吉に有り金全部を居城ごと賭ける。荒木村重の件では賭けが裏目に出て足を失いかける。本能寺の変後は中国大返しで一発を狙わせる。関ケ原では東西何れにも属さず第三勢力からの成り上がりを狙う(関ケ原の戦いが短期で終わってしまい目論見は崩れるが。)よくぞ生き残れたものだ。


「で、それがしの岩崎山砦の後方、余呉湖東岸中央付近ですな、大岩山砦には某と顔見知りで剛直無比の中川清秀殿。」


自分の真後ろに中川清秀を置いたのは、変事に官兵衛自身の判断で余呉湖の戦線に清秀を投入するためだろう。要は光春ですら支えきれないと見た場合の後詰部隊であり正面北への予備部隊でもある。


「さらにその後方、光春殿が追撃に転じて以降のづめとなる、余呉湖南東の賤ケ岳砦には細川忠興殿。」


これは細川忠興に手柄を立てさせて一門に取り込む配慮だ。光春が追撃に入った場合に追随し途中で交代、戦果拡大を図る事になる。本来細川は娘婿であり、信頼できる勢力で当たり前。ここで立場をはっきりさせて内外に一門衆と認識させるという訳だ。流石に良く考えられている。


「東近江路、東野山砦のうしまきは宇喜多殿、さらにその後方に長曾我部様から来援の香宗我部親泰殿。この2隊には最前線の東野山砦へつめの工夫を施します。」


宇喜多と長宗我部は各五千の大部隊だがこの二隊は遠隔地での手伝い戦なのであまり負担はかけたくない。それで一番単純かつ居るだけで役目が果たせる部署であるものの、それなりに参戦もありうる配置だ。大部隊であるため砦ではなく、大きな面積を取った駐屯地を造る。


「後ろ備えであり、また北国脇往還への最終予備隊でもある田上山砦には、明智光忠様にお願い致したく。」


ここは最も手柄と縁遠い部署なので、いまさら手柄など不必要な明智光忠を持ってきたようだ。


「そして本陣となる左大弁様の大軍は余呉湖北東の隘路の出口付近の平地でござる。柴田側が動揺をみせた場合に真っ先に東近江路を突撃、柴田勢本体を突き崩して戴きまする。」


予め街道に突撃隊形で待機しておくのだ。当然本軍が反攻の先鋒になる。またそうでなければ与力の軍勢の意気も上がらない。


「されど、左大弁様の本軍の追撃は柳ヶ瀬まででござる。柳ケ瀬以降の追撃は小西殿や宇喜多殿、そして長宗我部殿に譲っていただきまする。」


勝ち確定後のボーナスタイムは援軍に譲る配慮だ。また宇喜多と長宗我部にとって湖北や越前は飛び地になって好ましくないので報奨は銭や物品になる。そのほうが戦後処理がやりやすい。


「うむ。よく練れている。さすが官兵衛だ。宇喜多殿と長宗我部殿にも配置の概要を知らせておいてくれ。とくに、新しく考案した後詰の工夫を丁寧に頼む。」


光春がげんな顔をしているが、自分の持ち場と無関係であるため追求はしてこない。が、


「官兵衛殿。無いとは存ずるが、柴田の真正面に左大弁様がおわす。しかも平地に。されば相打ち覚悟で柴田勢が損害無視の突撃をしてくる事も有りえましょう。突撃を確実に止める手立ては?」


官兵衛が俺に目配せする。


「光春、それは無用の心配だ。中山道や北国脇往還と同じ手立てを準備するのでその突撃は不可能だから安堵せよ。」


まあ、これは秘策の詳細を教えていない俺が悪いのだが、事前に漏れるとすべてが瓦解しかねないので信じてもらうしかない。


「判り申した。くれぐれも一か八かの突撃も頭の隅に置いておいて下され。物分りの良い侍ばかりではございませぬ。理よりも勢いと勘で動く者も多うござれば。」


「そのとおりだ。忠言しかと心に刻んでおく。」


これで迎撃準備は完了する。

柴田勝家に恨みはないが…はたして北之庄まで帰りつけるか?











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ