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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
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36 中山道封鎖

誤字、脱字など見つけられた場合はご指摘戴けると助かります。

よろしくおねがいします。

日野で寄り道をしたが中山道に戻り近江と美濃の国境へ向かう。中山道は関ケ原から近江側へ抜けようとすると山中(宿)で急激に狭くなる。暫く西に行くと柏原(宿)で少し開けるが、すぐにまた狭くなり醒ヶ井まで出てやっと開けてくる。つまり、柏原(宿)を挟んで東西両側に窮屈な箇所がある。


挿絵(By みてみん)


上図のような構想になる。この迎撃ポイントは中山道の両側に山が迫り幅が狭く大軍が展開できない上、道と両脇の山との標高差も大きく格好の狙撃ポイントだ。たとえスナイパーが見つかってもすぐには追討もできないので見つかったスナイパーは余裕で離脱できる。


「さて、山岡殿は甲賀者とも縁が深いと聞くが、どのような迎撃陣をつくりつつ有るのか楽しみだな、光春。」


「いかにも。甲賀衆は鉄砲に精通していると聞きます。きっと効果的な中山道封鎖を準備されて居るでしょう。」


「賦秀殿。そなたの勇猛は既に鳴り響いているが、戦の七割は戦う前の準備で決まっている。こういう事前準備は入念になさるが良い。無駄に家臣を死なせるのが猛将と勘違いしている連中が多いがそういう愚将共に染まらぬようにの。」


「はい、わきまえて居るつもりです。左大弁様。『善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。』 孫子ですな。」


「おお、流石でござるな。」


「なんの。自分など、ただ学問として学んでいるだけ。武田信玄公の孫子の旗が世に知られるようになり、皆こぞって孫子を読み漁ってはおりますが実践できる者などほとんど居りませぬ。具体的な形に現されて居られる左大弁様には到底及びませぬ。」


なるほど、信長が惚れ込む訳だ。歯の浮くようなセリフだが真にそう思っていると思わせる真摯さが伝わってくる。後世の歴史家が、秀吉は蒲生氏郷を恐れて会津に飛ばして畿内から遠ざけたという説も、あながち的外れとも言えぬか。だが俺の視る限り、乱を起こして天下をひっくり返し我が物にしようという、家康のような生臭さは無い。やはり、家康のお目付け役として関東の背後に配置されたと考えるほうが妥当か。


「うむ。儂はそなたなら次世代の日ノ本の舵取りをも任せられる一人と思っている。精進なされよ。」


賦秀がなにか言いかけたがちょうど山岡景隆の使番が来たようで話が途切れる。


「左大弁様。主、山岡景隆が検分願いたいと申しております。奥地の美濃寄りに一基試作致しました。」


「承知。」


中山道側は非常に深い縦深陣地になるので敵に近い美濃側から造って改良していくのは合理的だ。現場を探しつつかなり美濃側まで入ったが見つからない。


「おーい、ここでござーる。」


見上げると木々の隙間からわずかに木造の踊り場が設けてある高所が見える。あそこから狙撃するのか。


「そちらからは見えるのかー?」


「丸見えですぞー。」


まあ、上から見下ろすからな。それなりによく見えるのだろう。


「わかったー。降りてきてくれー。」


そう言えば杉谷善住坊が信長を狙撃したのも千種街道の峠付近だったか。まあ、俺には『左』配下の腕利きが付いている。心配は無用だろう。


「如何でしょうや?左大弁様。」


「見事な配置だ。あれでは打たれても何処から打たれたか判るまい。声をかけられてもすぐには何処か解らなかった。下から昇るのも困難な場所だが、どうやって行くのだ?」


「下からでは登れませぬ。全く違う場所から山に登り、上から降りてあの場所に行くのです。」


「! なるほど、それなら狙撃されてもなかなか撃退も出来ぬな。」


「あれと同様の条件の場所を中山道左右に造れるだけ作れば如何かと。」


「うむ。だが、打ち下ろしになるが、大丈夫か?」


当時の火縄銃は先込め式だ。下手に下を向けると玉がこぼれ落ちかねない。


「それは確認しました。打ち下ろしと言いましても実際にはさほど下向きでは有りませぬ。見上げるとすごく高く見えまするが上から見れば結構横向きですぞ。」


「なるほど、そういうものかもしれぬな。あとは、そこそこの期間その場で待機せねばならぬので、弾薬以外にも食料と水、防寒具の準備が必要になるな。」


「あと、太いつなが欲しいですな。上から降りるときも、上に逃げるときも綱を予め張っておけば倍ほど楽に移動できますれば。」


「なるほど、つなか。」


話に出てくる備品を光春が帳簿に記入している。あとで小西隆佐ら、商人に手配してもらうためだ。


「山中から柏原までの難所にはこのような狙撃地点を造れるだけ造ってくれ。物資は後ほど届けさせる。人夫を出してもあのような場所だ。普通の者では作業できまい。甲賀衆に渡す賃金も資材とともに届けさせよう。山岡殿にはその差配をお願いしたい。」


「はっ。」


「西の、柏原から醒ヶ井までの難所には同様の狙撃場だけでなく、積み上げた石や丸太を落として街道封鎖ができるようにしてほしい。一箇所でなく、醒ヶ井寄りと柏原よりの二箇所だ。意味はわかるな?」


「先鋒を殲滅なさるのですか?」


「いや、兵は見逃しても良い。織田方で戦意旺盛な将はここで討ち取っておくほうが後の展開が読みやすいのでな。」


「うーん…されど、それほど戦意旺盛な将であれば街道を封鎖されようが、よじ登ってでも醒ヶ井側に突進してきますぞ。この機を逃せば北近江の決戦に間に合いませぬので。」


「だろうな。だから街道封鎖だけでなく、醒ヶ井側には正面から大量の銃弾を打ち込めるように砦を急造する準備をしておく。なに、移動用の車付きのやぐらだ。それを複数用意しておいていつでも街道に並べられるように隠しておく。櫓は下段、中段、上段と三層構造にして、それぞれに射撃兵を詰める。横にはあまり展開できないとはいえ、隘路を数基の櫓で囲んで集中射すれば細い縦列で突進してくる部隊など、どんな精鋭でも殲滅できよう。」


横に展開する余地が少ないなら縦にも展開すれば良い理屈だ。元々狭い出口を半包囲する上に垂直展開も加えて射撃密度を上げる。出てきた者から即座に蜂の巣になるだろう。かりに運良く一人や二人が鉄砲隊にとりついたところで寄って集っておうさつされるだけだ。鉄砲隊は白兵戦になれば鉄砲放り捨てて逃げ惑うだけ…と云うのは全くの誤解で当時の鉄砲足軽は白兵戦になれば鉄砲を棍棒代わりにして乱闘に加わる兵だ。僅かな高級武将が来ようものなら高額装備を剥ぎ取る好機と目の色変えて襲いかかるだろう。


「…縦にも3段…」


横で賦秀が冷や汗を流している。自分が突撃する立場だったとして突破できるかどうか、想像しているのだろう。


「さ、左大弁様。羽柴殿を苦しめた塹壕とか申すものは使われないのでしょうや?」


「賦秀殿も聞き及んでいたのか。残念だが塹壕はここでは使えぬ。民衆の荷車が通れなくなってしまう。戦までの間は普通に通行させねば民に迷惑がかかるのでな。」


「なるほど、左様でしたか…。」


賦秀が考え込む。よしよし、良い反応だ。得てして非常時だから民間活動など二の次で良い…などという輩が居るが大間違いだ。そもそも軍隊は民間の経済活動を保護するために存在している。民を犠牲にしての軍事活動など本末転倒なのだ。太平洋戦争での日本海軍が商船保護をおざなりにして、結局自分たちの艦を動かす油にすら困る状況になるなど阿呆の極みの実例だ。海軍の使命は商船保護であって敵艦隊との決戦ではない。敗戦間近にやっと商船護衛総隊が設立され商船護衛専門の部隊が作られたのだが、その護衛隊用に確保されていた油までむしり取って菊水作戦に投入されたとき、護衛総隊の指揮官が「これで日本は自分で自分の首を締めた。」と愚痴ったという逸話ももっともな話である。


「では山岡殿。中山道の作事はお頼み申す。甲賀衆で明智に同陣いただける方にはお声をかけて下され。伊賀衆と同等の条件で受け入れます故。」


「おお、それは皆喜びますぞ。隣の伊賀の暮らしぶりが随分と良くなって結構噂になっておりましたので。で、中山道はこれで万全でしょうが、北国脇往還は如何致しましょうや?」


「それよ。北国脇往還はそのまま予定戦場まで直通で正面に明智の主力部隊が居る。後方撹乱したい美濃勢が北国脇往還をやってくる可能性はかなり低いが、柴田勢と挟み撃ちできると勘違いした連中が来る可能性も少しはある。」


「?左大弁様、挟み撃ちはできぬのでしょうや?」


「賦秀殿。確かに絵図面の上では挟み撃ちのように見えようが、そもそも挟み撃ちとは北の柴田勢と南東の美濃勢が時を同じくして攻め寄せねば成り立たぬ。バラバラで攻めてくるのでは、ただの2つの突撃でしかない。だが、近江を明智に抑えられている以上、越前と美濃の連絡は越前大野郡から郡上を経由しての美濃街道しかない。この道は儂自身が朝倉家に身を寄せる時に通った道だが、山また山の難路でな。速やかな連絡など到底出来ぬ。美濃街道を大回りしての連絡で時を合わせての挟み撃ちなど絵空事でしかないのだ。」


「そうか、緻密な連携ができない以上、それぞれの方面軍が独自に動くしか無いのですな…左大弁様。」


「そうなのだが、返ってそこが難しい。確かな戦略眼があるか、猪武者でも危険を本能的に察知できる者であれば、北国脇往還からの突進は無理だと最初から考慮せぬ。が、とりあえず北国脇往還で明智勢主力の横に出てみて、その場でどうするか考えれば良い…と大雑把な事しか考えぬ輩もゴロゴロ居るのでのう。北国脇往還も別案で封鎖せねばならぬのだ。念のためにな。」


「そうなると意外と面倒ですぞ。北国脇往還のほうは中山道ほどの狭い場所は少のうござる。ずっとやまあいを通っては居るのですが、両側の山との標高差も小さく、道にもさほど迫っておりませぬ。」


賦秀が言う通り、北国脇往還の方は地図で見ると険しそうな山中に見えるが実際にはそこまでの難所は少ない。だが唯一、現在の藤川児童公園の東側、現:円通寺の西に狭い切り通しがある。ここであれば少数の兵で封鎖が可能だ。


「切通になっている部分の長さがあまり長くはないが、藤川の東に隘路がある。ここで封鎖しようと考えている。」


「左大弁様。確かにあそこなら多数の兵は展開できませぬ。ですが、切通の長さが狭く左右に狙撃地点をつくるにしても、あまり多くは作れませぬ。」


「賦秀殿の申すとおりだ。左右の狙撃は嫌がらせにはなっても、決定打にはならぬな。正面から重層的な射撃で大打撃を与えても損害無視で突撃されると数に圧倒されるおそれがある。かと言って、塹壕を掘るわけにもいかぬ。」


賦秀と光春を見る。ふたりとも真面目に考えているが案が浮かばぬようだ。


「ふふ。わからぬか。敵の突撃を阻む物は堀や石垣だけではないぞ。」


「…」


「まあよい、お主ら二人でも考えつかぬのであれば、儂の手立ては成功するだろう。そうさな、北国脇往還の封鎖は賦秀殿と我が嫡男の光慶に任せよう。」


「 ! さ、左大弁様、蒲生殿は織田家との戦いには加わらぬと…」


「光春。よくよく思い返してみよ。蒲生賢秀殿が何と申したか。『織田家諸将の争いには儂はいずれにも加担せぬ。』こう賢秀殿は申したのだ。賦秀殿については何も言及されておらぬ。」


「そ、それはそうでござるが……」


「光春殿。あれは父が自分の意地を通したのでござる。父が自分を左大弁様に同行させた時点で蒲生の家としての去就はすでに定まってござれば、その点はご懸念にお及びませぬ。」


「のちほど正面突撃を阻む資材を持たせて光慶を向かわせる故、賦秀殿は中山道同様の狙撃場所と移動式のやぐらを造っておいてくれ。賦秀殿の指揮に従うように申しておくので経験の浅い光慶を引き回してやってくれ。」


「 ! 良いのでござるか?この賦秀が主将で。」


「ふっ。蒲生の者が天に恥じる行いなどするはずがなかろう。」


賦秀は互角の条件の戦場なら負ける可能性はほとんど無い。しっかり策を練って敵を引きずり込む戦場だ。現実問題、戦果がどこまで大きくなるかが焦点になる。


「 左 。」


左を呼び出し光慶に準備させる資材の種類と量を紙に書いて封じ、花押で閉める。


「これを光慶にとどけてくれ。」


「左大弁様。今の御仁は…いつから居たのか…去り際しかわかりませなんだ。」


「ほう、賦秀殿は去り際を確認されたか。流石よな。彼の者は伊賀衆のなかでも腕利きでな。儂の側付きを任されている。通り名を『こうずけひだり』という者だ。」


「 ! あれが。伊賀衆がまるごと明智様に同心しているとは聞いておりましたが、半信半疑でした。これでは明智様の裏をかく事はまったく不可能でございますな…」


「過信は禁物だ。いくら腕利きでも配置される場所が悪ければ力がだせぬ。状況状況に応じて重要な場所、相手を指定するのは将の役目ぞ。まあ、賦秀殿にいまさら云う事ではないがな。」


賦秀は優秀だし運も良いがプライドが高い。しっかり持ち上げ信頼を形で示しておく事が重要だ。


「では、正面突撃を阻止する手立ては楽しみにしていてくれ。まあ、賦秀殿なればそんなものがなくとも撃退してしまいそうだが。」


「突撃を阻止したとして追撃はどこまで?」


「好きなだけ…と言いたい所だが、中山道の敵も戻ってこよう。挟まれぬように関ケ原への出口、笹尾山の手前までに致すのが無難だろう。」


「承知。」


さて、これで美濃方面の手当は万全だ。いよいよ主戦場の北近江だ。ここは戦場が広範囲になるので漏れがないように手立せねばな。




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