34 瀬田の山岡
京での根回しを終え光春と五千の供回りを連れ、大津から東近江路に入る。本能寺の変では瀬田の山岡景隆の足止めを受けたが、今回はすでに景隆自ら蟄居しており反抗の気配はない。山岡景隆は南近江が地盤であり当初六角氏に臣従していた。信長上洛のときは六角氏側として抵抗もしている。後に信長に臣従した。本能寺の変では主である信長の側に立って光秀に抵抗したわけで、要はその時点時点での主に忠誠を示しているわけだ。行動自体は筋が通っている。
「左大弁(光秀)様。山岡景隆殿の遣いが来ております。」
行軍を止め、急いで会見の体裁をととのえ、使者を招き入れる。
「左大弁様。お初にお目にかかります、山岡景佐にござります。兄、景隆に反抗の意思はござりませぬ。軍列の一端でも戴ければ幸いにござります。」
「山岡景隆殿の忠義はこの左大弁光秀、よく存じ上げて居る。陣借りを申し出られたとなれば、以後はこの左大弁とともに戦ってくれると?」
「はっ。さしたる手勢もない山岡勢ですが、いささか甲賀にも顔が効きまする。また、同じ南近江の日野の蒲生とも入魂でございますれば、蒲生の調略も可能かと。」
蒲生賢秀、賦秀(後の蒲生氏郷)の父子か。たしかに山岡景隆の口利きが有れば話ぐらいは聞いてもらえようが…とても調略は無理だろう。なにせ蒲生賢秀は戦国随一の石頭で評判の男だ、一度決めたらテコでも動かぬ。その子の賦秀は喉から手がでるほど欲しい人材だが、これまたちょっとやそっとでは転ばぬ筋の通った男の上、信長の娘婿ときている。山岡景隆もそこらは百も承知のハズなのに、何故にこのような申し出を…と山岡景佐をなにげに見ると、平伏こそしているが俺の反応を伺っている。
「ふふ。なるほど、さすが甲賀に御縁のある山岡景隆殿よ。良禽は木を択んで棲む…というわけか。一見不可能な難題を示し、この左大弁光秀の器量を量るとは、良い度胸よな。」
「恐れ多き事ながら…景隆は『左大弁様なれば必ずや読み解かれ、この難題も手立てを講じられるはずだ。』と申しておりました。」
ほう…景隆はなにか知っているのだな。あの頑固親爺を動かす手綱を…
「よかろう。前右府にも劣らぬ所を見せよと云われては否やはないのう。日時の余裕もある。日野に向かい膝詰めで蒲生父子と談判しようではないか。繋ぎは山岡殿にお任せ致す。」
「はっ。されば早速に。」
「待たれよ。日野の蒲生の件はそれで良いとして、こちらの希望をまだ伝えておらぬ。」
「あっ、これはしたり。まさか本当にこうなるとは思いもよらぬ事にて、先走りました。」
「うむ。すでに山岡殿も予想されていようが春には柴田勢との決戦になる。その際に美濃・尾張の織田勢が関ケ原を超えて西進してくると面倒だ。だが関ケ原で迎撃するのは効率が悪い上、縁起も良くない。古来関ケ原、まあ当時は不破関だが、この地での迎撃は成功した例があまり無いのだ。壬申の乱がよい実例だな。よって関ケ原そのものでなく、その近江側、中山道と北国脇往還の隘路に迎撃陣を造り、美濃から出てくる敵勢を叩く。山岡殿には予め現地の下調べをお願いしたい。なお迎撃は徹底した射撃戦を想定している。騎馬や徒士武者の突撃は一切行わない新しい戦だ。そのつもりで縦深陣を作りたい。蜂矢の陣形で突進してくる敵勢をまるごと包み込み打ち竦めると考えてほしい。」
「射撃戦のみで万余の軍勢を撃退できるものでしょうか?」
「疑問は尤もだ。従来は射撃戦で足を止め混乱に乗じて突撃する事で戦果をあげてきた。それは勿論知っている。だがそれは鉄砲の数と精度、弾薬に限りがあったからだ。わが明智勢と与力の軍勢はすでに鉄砲の数が兵の二割五分に達している。また明智勢の武者は鉄砲も打てる。この光秀自身が打つのはすでにご存知であろう。さらに新編成の大和勢は二千全騎が鉄砲騎馬だ。鉄砲そのものの改良も進めており、数はまだ少ないがライフリング…と申しても解らぬだろうが…新式銃も多少は配備できる。根来、雑賀の名手達も加わる。それだけの質と量の銃撃を、堺商人が準備した日ノ本全体の七割に達する弾薬で後押しするのだ。万余の敵勢といえども文字通り一兵も残さず殲滅できよう。」
「…一兵も余さず殲滅…」
山岡景佐の言葉が詰まる。その光景を思い浮かべて怯えているようだ。実際、初めてこの射撃戦を受けた場合文字通り殲滅に近い大被害が出るだろう。徴兵された美濃、尾張の生産力が激減し社会不安も発生、実質石高も半減するかもしれない。だが、一度は実行して見せねば脅しも効かぬのでやるしかない。
「なに、一度殲滅された事実があれば二度と同じことはせずに済むだろう。まあ、一度でも実行したなら確実に、この光秀には地獄が待っていようがな。」
「…と、とにかく仰せのままに復命いたしまする。」
「うむ。聞き及んでいるかも知れぬが、日ノ本にあまり残された時間はない。いつまでも日ノ本の内側で争っている場合ではないのだ。もう目の前まで南蛮の魔の手が迫っておるのでな。山岡殿の帰順は日ノ本の行く末に大きく貢献する事になるやもしれぬ。」
実際、攻め滅ぼすしか無いと諦めていたからな。蒲生父子については。だが蒲生氏郷を説得できれば非常に大きい。説得出来ずとも中立化させる事が出来れば面倒事が一つ減る上に、日本統一後の若手幹部に抜擢もできる。差し引き大差だ。もしかすると山岡景隆も蒲生氏郷を惜しんだか?
おっと、山岡景佐がどうして良いか困っているな。
「まあ、今は良い。何れ解る時も来よう。では景隆殿には良しなにお伝え下されよ。」
やっと開放されたと安堵したのか、ほっとため息を残して山岡景佐が下がってゆく。
「左大弁様。これは瓢箪から駒でございますな。」
「うむ。まさか山岡景隆が蒲生と会わせようとするとはな。」
「…見込みは有るのでしょうや?羽柴殿をお味方に致すより数段困難のように思えまするが。」
「まあ、味方に引き入れるのは無理かもしれぬ。だが、取り敢えず中立までなら不可能でもない…と言いたいが、五分五分、いや四分六で分が悪いか。だがやってみる価値はありそうだ。」
そう言えば日野は近江商人がこれから勃興してくる。フットワークの軽い商売で江戸時代には商店ネットワークをいち早く造った連中だ。将来の地方発展のためにもやるしかないか。