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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
34/72

33 昇官

御所。

言うまでもなく皇室の館である。が、此の時代、つい暫く前までは上位貴族といえども近在の支援者の元を転々とするありさまだった。だが、信長などの援助の結果、今では御所も再整備されている。山崎の戦いの直前にこの光秀も多額の献金もしている。

今、俺はその御所の紫宸殿に居る。べつに俺が望んだことではないが。で遮られた正面には正親町天皇がおわすはずだ。(平伏しているため未確認だが。)


「明智日向守光秀、此度…」


「よい。直接話がしたい。今までの忠勤に報い、そなたを従四位上左大弁に任ずる。」


側付きの公家を遮って声をかけられる。落ち着いた声音だ。まあ、50半ばであるはずの俺が云うのもおかしなものだが。

左大弁…か。幾多の肩書の中でも弁官はより実務色が強い職掌だ。

っと、暫しの間が空いたな。俺が答弁せねばならないようだ。


「有難く。」


「そなたは下々の者にも気を配りまつりごとに重きを置くと聞く。左大弁の肩書、今となっては器に過ぎぬがそなたなら中身のある肩書にもなろう。」


「必ずや。ひいてはお願いの儀…」


「左大弁殿!」


「よい。願いの事とは?」


いちいち側付きの公家がくちばしをはさむが正親町天皇、御自らそれを制される。


「は、お耳汚しなれど。昨今西国では南蛮人に奴隷として売られたり連れ去られたりする領民が増えておりまする。奴隷売買を禁ずる御綸りんを賜りたく。」


「それならば、すでに聞き及んでおるゆえ造らせておいた。だが、すでに禁教令がでておるが従わぬ者が多い。」


御綸りんに実効を持たせるのがそれがしのお役目にて。」


帝が頷く。そのまま無言でさがられるようだ。察して再び平服する。


「左大弁殿。宴の席を設けておじゃる。こちらへ。」


公家に連れられ別室に案内される。公家にとってはこれからが本番といったところか。小ぢんまりとした部屋にはかべしろが張られ、精一杯頑張ったと思える調度品も配置されている。文化人の側面もあった光秀に見下されまいと苦労した事だろう。


「これはご丁寧に痛み入りまする。」


見知った顔は居ないようだ。オリジナル光秀にも反応が無い。まあ、わざわざ問いただすまでもない。献金目当てで口利き役になりたいのだろう。


「左大弁殿には初見でおじゃるが、ゆるりとなされませ。まずはささでおじゃる。」


「有り難く。おお、酔ってしまわぬうちに献金の話をすませましょうぞ。くらんど様は居られましょうや?」


ふじわらの左少将でおじゃるか?」


怪訝な顔で公家共が目を見合わせている。中山(藤原)よしちかは当代の蔵人頭でまだ16歳だ。ここらの情報は予め小西隆佐から仕込んでいる。


「蔵人頭様が居られぬでは困りましたな…」


献金が出来ない風情を装うと公家共が慌てだす。


「い、いや、おっつけ参られる。暫し待たれよ。」


公家の一人に目配せして呼びに行かせる。献金が先送りになっては元も子もない。若い蔵人頭など、後で如何用にも丸め込めるととっに考えたのだろう。

暫くして若い公家が入室してきた。場の面々を見てわずかに顔が歪むがすぐに平静に戻る。即座に平伏して必要以上に相手を立ててみる。


「お呼び立て致した形になってしまい、申し訳ございませぬ。」


「ん?もしやそなたが…」


「は。此度、従四位上左大弁に任ぜられました、明智光秀にござります。」


「ほう、そなたが。神速で畿内を平らげ、いまや飛ぶ鳥も落とすと噂の明智殿。で、その今天下人がこの肩書だけは蔵人頭の若造に何用でおじゃる?」


「恐れながら。この左大弁光秀、蔵人様の職をないがしろにする気など毛頭ございませぬ。いくさ場ですら、いまや武勇のみでは成り立たず補給が勝敗を決しかねませぬ。補給とは、平たく申せば資金の流れであり使い道で有り申す。そのおおもとべる蔵人様をないがしろにする事はまつりごとないがしろにする事と心得まする。」


「ふむ。筋ではそのとおりでおじゃるの。」


「は。されば、この光秀、以後の献金を全て蔵人様へ直接致す所存にて。」


これを聞いて場の公家が一斉に騒ぎ出す。まあ、騒ぐよな。政治献金を全廃して全額納税すると経済界に云われたら今の政治家の過半は廃業だろう。


「! 左大弁殿。本当にそれで良いのでおじゃるな?」


「は。できますれば直ちにすいとう殿をお呼び戴きたく。」


出納とは金銭資産の出入りを統べるくろうどころの実務職だ。出納を呼び出させて記帳させてしまえば、献金が公金となり口利きの入る余地は無い。周囲の公家がおろおろしているが無視してよしちかとどんどん話を勧めてしまう。


「うむ。出納を。誰でも良い。直ちにこれに。」


有無を言わせず出納を呼び出し、その場で献金を記帳してしまう。記帳が終わる頃には集まっていた公家は塩をかけられたナメクジのようになっていた。いつのまにか人数も減りほとんど居なくなっている。


「左大弁殿、ささが冷めてしもうて居りますな。急の事ゆえ大した事も出来申さぬが、我が屋敷へ参られぬか。」


この若い蔵人頭には少し興味が湧いている。環境さえ整えれば実行力もありそうなので誘いにのる事にする。


「これも御縁、伺わせて頂きまする。」


左少将 よしちかがおおきく頷く。

すでに此の時代、大内裏の施設の多くは消失しもとの大内裏の土地はうちと呼ばれるようになる。京の町中にある空き地…という意味らしい。だが、ごく一部の施設は残っていたようで神祇官、太政官などは維持されていたようだ。

その太政官の横を通り鴨川を越え東山の方に歩を進めてゆく。貴族といえば牛車のイメージだが、すでに此の時代そんな余裕はない。僅かな供回りと共に近在にある左少将の別邸に向かう。


「はは。驚かれたであろう、左大弁殿。これが貧乏貴族の有様よ。」


たしかに邸宅であるが維持整備されているのは全体の2割程度で他は荒れ放題だ。羽振りがよく見えるのは世渡りが上手いごく一部の公家だけなのだ。


「………」


「如何かな、すみのくらなどの豪商の物置のほうがよほど立派よのう。」


「これからは変えられまする。」


「変えられるかの。」


「は。勿論、なくすべきもの、廃すべきものはござりますが。」


「ふむ。」


「朝廷より禄を支給なされませ。職掌に応じた禄を。」


「ほう、荘園ではなく禄か。」


「は。公家が荘園を持つから政が混乱いたしまする。公家だけでなく、寺社の荘園もすべて廃されませ。」


「ふむ。政は全て武士が責任を持つと。」


「は。すでに実態ではそうなっておりまする。公家も寺社も野盗や追い剥ぎの討伐など致しませねば。」


「はは。それは無理じゃのう。」


「荘園の代わりに朝廷から適切な禄を出して必要な職掌と必要な寺社は維持いたせば良いのです。」


「うむ。武家が皆左大弁殿同様であれば、それも叶うか。」


「それがこれからの左大弁光秀のお役目でもあれば。されば、左少将様は無用の官職の整理や適切な人材の任官、寺社も適切な規模と数へのしゅうれんをお願いいたしたく。」


「!…そのような大仕事が我になせようや?」


「左少将様はすでにその道具を得られておりまする。いまや朝廷のすべての財は左少将様の管理する所。わずかに漏れたる穴も見つけ次第この光秀が埋めていきまする。左少将様の御判断で禄を絞ってゆけば時間はかかれど二十年を待たずして実現されましょう。左少将様にはそれだけの時間もこざいますれば。」


「…ふ…気の長い話ではあるが…なるほど。それならば出来るやも知れぬが、どのように絞るが良いと左大弁殿はお考えか?」


「は。されば、朝廷の職掌のうち政に携わる職は全て実際に政を為す者を任ぜなされませ。」


「全てを武士に?」


「武士だけでは有りませぬ。それこそ蔵人出納などは商人が得手で御座います。神祇官には寺社の心利きたる者を配せば、寺社と朝廷で領分争いをする事もなくなりまする。」


「なるほど、あちこちで重なっておる部分、名目だけで実態の無い部分を廃して整理する、そのかわり、実態を伴う職には禄を出すのじゃな。」


「は。それも時間をかけてすこしずつ…」


「公家の領分はかなり狭くなりそうじゃの。」


「は。日ノ本の御旗としての朝廷、日ノ本の祭祀、日ノ本の有職故実、古来より伝えられし雅の道などでありましょうか。」


「うむ。たしかにそれらは今も公家が掌握しておるの。だがそこまで規模をちいさくするとかなりの公家が廃される…」


「武士の起こりも元々は公家でござれば。それに、二十年かけてゆるゆると整理する事で。」


「自分の足で立って歩くには十分の時間…か…」


「は。下々の民草は皆そのようにして日々生き抜いて居るのです。」


左少将が頷きつつも、暫し荒れ庭を寂しく眺める。


「これ、誰や有る。膳をもて。」


左少将の心尽くしの質素な膳と酒が持ち込まれる。遠慮なく平らげ別れを告げる。


「今日は参内させていただき、ようござりました。実は日を改めて左少将様をお尋ねするつもりでした。これからも末永く。これは当座の潰えでございます。」


砂金袋を一つさしだす。


「む、正直喉から手が出るほどだが…」


「はは。お案じめさるな。まいないなどではござらぬ。これは蔵人所を充実させるための献金なれば。これでまず、蔵人所の諸役に禄をだされませ。勿論、蔵人頭の左少将様も含めて。」


「…わかった。必ず出納に記帳させてから分配致す。」


左少将に別れを告げ山科から坂本へと帰路につく。


「待たせたな、光春。」


「うまく運んだようですな。」


「まあ、これからが大変だが。あの左少将はなかなかに骨のある御仁のようだ。小西殿の目に止まるだけの事はある。」


「ほう、公家にもそのような方も居られるのですな。日向守様。」


「あっと。言い忘れていたな。実は昇官してしまってな。今日からは従四位上左大弁だそうだ。」


「おお、それは御目出度うござります。」


「うむ。そうそう、もう一つある。きんじょうのおおきみもまた、気さくな御方であったぞ。」


「それは良う御座いましたな。ならば義昭公がごとき無用の策謀もなさりませぬでしょう。」


光春の言に頷きつつ、ふと思い出し 左 を呼ぶ。


「左、おるや?密かに左少将様に護衛を付けよ。毒に秀でし者も含めるよう。」


- 承知 -


せっかく見出した得難い公家の ぎょく だ。次代まで担ってもらわねば採算が合わぬ。

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