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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
28/72

27 丹後田辺城包囲

細川忠興と玉の夫婦を下がらせ宮津の戦後処理にかかる。元々さほど大きな都市でもなく、住民も程なく平静を取り戻す。

丹後田辺城は今の舞鶴にある。宮津からは丹後街道でさほど遠くない距離だ。現存の田辺城はえらく立派な城に再建されているが、丹後丸ごと全部で十一万石だから当時は勿論そんなはずがない。しかも細川幽斎が入府してまだ2年なので城は未完成だ。しかし地形自体は左右の川に挟まれておりそれなりに要害である。とはいえ、約20年後の完成した城でも関ヶ原の折は落城寸前に追い込まれ、朝廷の執り成しで細川幽斎は助命され落ち延びているので、遠州の高天神城とか美濃の岩村城、あるいは琵琶湖に突き出た大津城のような小城なのに極端に強靭な城と云う訳ではない。


丹後田辺城予想図(古図面を参照してフリーハンドでコピー)

挿絵(By みてみん)

(しかし米蔵が城内に取り込まれていないがこれで良いのか?そりゃ交易には港の傍が楽だが。)


その田辺城に向けて行軍している中程を官兵衛、利三とともに馬上でゆられている。


「日向守様。田辺城は宮津城よりは要害とはいえ、所詮は小城。外堀として頼む川の手前から余裕で投石がとどきますれば、宮津城の二の舞ですかな。」


「本気でそう思うか?官兵衛。」


「勿論、思っておりませぬが、聞かねばば日向守様が意地悪して教えてくださらぬので。利三殿も聞きたいのを我慢されておりますぞ。」


「か、官兵衛殿…」


「ふふ。全く分からぬ官兵衛でも無かろう。では、まずは自分の考えを申してみよ。」


「左様ですなあ。たぶん、今頃は京から公家衆の誰かが慣れぬ馬を飛ばして田辺に向かっているでしょうなあ。」


「ふむ。だが京と我らとでは、我らのほうがかなり先に着くのではないかな。利三。」


「はっ。どう転んでも、数日は先着いたします。」


「官兵衛、そういう事らしいぞ。」


「なるほど、それは困りますなあ、幽斎殿が。したが、何故かいまだ田辺城に居座られてござる。ということは…」


利三が官兵衛と俺を交互に見てソワソワしている。


「…か、官兵衛殿。焦らさないでくだされ。」


「はは。利三殿。日向守様はいつも考えが纏まってから一気に話されるのでござりますか。それは聞く方はわかりやすく楽でござるが、自分で考える力が付きませぬぞ。利三殿もこれからはこの官兵衛と一緒に考えましょうぞ。」


「…は、はあ…」


官兵衛は得意の読み合いで利三を半ば教え導き、半ばなぶっている。なるほど、大谷吉継などもこうやって鍛えられた口のようだ。


「さて、田辺城でござったな。ということで、すでに居ますな。」


「うむ。つまりは京からの使者は表向き。実際にはすでに田辺の城に元々公家の誰かが既に居る。そういうことだ、利三。」


「なぜにそのような面倒なことを?」


「京から一々指図していては間に合わぬ。だからと言ってまつりごとの表舞台に公家が出ることは元弘の乱以降は禁忌となっている。そこで幕臣の仮面をもった幽斎の出番だ。つまり、幽斎は室町幕府幕臣の皮をかぶってはいるが公家の中にそこそこ居る


 -まつりごとに利権を保持したい- 


そういうなまぐさ公家の一味なのだ。」


「なんと、あの幽斎殿が…」


利三が驚くのも無理はない。長年俺も幽斎を幕臣とばかり考えていたのだから。幽斎を最後まで忠臣と信じ込んでいた13代将軍足利義輝は良い面の皮だ。


「だが、武家が公家の首を刎ねると後々面倒な事になる。三好松永も将軍義輝は討ったが、公家の首に手は掛けれておらぬ。」


「…日向守様。やっとこの利三にも見えてきましたぞ。公家が討てぬのであれば、その手足をことごとく切り捨てれば、今後公家の手足を務める武家は出てこない…そうやって、生臭公家を閉じ込める…そういう事でござるか。」


「おお。利三殿もやれば出来るではござらぬか。」


「虐めないでくだされ。そうか、それで幽斎殿の助命は叶わぬと…」


「うむ。武家が公家に擦り寄りさえせねば、公家はまつりごとへ手を出しようが無いのだ。」


「日向守様のお考えは、公家共を古代の忌部氏いんべうじのような祭祀を担うのみの役目に押し込めようという事ですな。」


「ああ。それでも大いに譲歩したつもりだがな。」


すでに荘園が全国各地で地元の豪族に日々侵食されている公家は立ち行かなくなる者が多くでて没落するだろう。最終的には有職故実と祭祀を司る僅かな公家のみが細々と生き残るだけ…それで十分だ。皇室の存在自体は民族のself-identityに関わるので必要であろうが、公家などのほとんどは無くても問題ない。


「公家とつるむ武家にはこういう結末が待っている…それを世に示し公家と武家の権力をキッチリ線引するのだ。両者にまたがる者は存在してはならぬ。」


官兵衛と利三が頷く。官兵衛も武家同士の争いよりも一回りも二周りも大きい戦略を描けるので楽しんでいるようだ。なにせ官兵衛は戦国武将で元から大名の生まれでない有名所の中では最高の成功者と言っても良い。運と実力を兼ね備えているだけに敵に回すとやっかいだ。俺の傍で楽しんでいてもらうのが一番良い。


「見えてきたな。あれのようだ。…確かに宮津城よりは要害のようだが、穴だらけだな。投石機と正面主力を川の間の大手にむけて配置してくれ。残りは完全包囲だ。付近の小舟をかき集めて海側も封鎖せよ。脱走兵は捕虜にして生かしておいてよいが、公家をかたる不届きなやからは即座に切り捨てろ。」


使番が数人、走り去ってゆく。官兵衛と利三がニヤニヤ笑っている。影でうごめく公家の首を堂々と切れるのだ。楽しくないはずがない。


「鼠があぶりだされて飛び出して来るまでは暇ですな。小高い場所に本陣を据えて見物いたしましょう、日向守様。」


官兵衛が促す。頷いて利三に本陣の手配を託す。京からの使者が城に入らぬように、城の東側、伊佐津川の東岸の丹後街道沿いで小高い場所を選んで本陣を据える。

見る見る城の包囲が完成して程なく海上も封鎖される。通常はここで降伏勧告の手順だが、元より降伏させるつもりがない。投石機の準備ができ次第、本丸以外の構造物を片っ端から潰しにかかる。今回はあまりに早く落城しては面白くない。公家の使者の目の前で幽斎の首を刎ねるのが最大の目的だから使者が来るまでは本丸はあまり破壊しない。だが、こっそり隠れている公家が幽斎の制止を振り切って脱走するよう仕向けねばならないので時々脅しに本丸にも着弾させる。


「日向守様、この投石機、城攻めでの嫌がらせには最高ですな。このジワジワ一寸刻みに城が壊れてゆくのが、堪りませぬなあ。」


「官兵衛殿に気に入って貰えてなによりだ。光春などは『退屈でつまらん…』そうであるが。」


「文武両道の光春殿も利三殿も、根は武人で御座いますからな。儂のような、首から下は有るだけの者とは違いますれば。」


利三が困った顔で居心地が悪そうだ。褒められているのに褒められた気がしないだろう。


「なに。武士の殆どが官兵衛殿のようで有れば、各地の大名共は心労で早死にしてしまうわ、はははっ。そうだ、そろそろ忠興と玉を呼んでおいてくれ。一部始終を見せておきたい。」


利三が目配せして、使番に呼びに行かせる。待っている間に利三の横並びに席を設けさせる。


「来たか。もう見飽きた投石機の攻撃だろうが本番はこれからだ。そち達もしっかり見届けるがよかろう。」


来たは良いが、空いている床机が利三の横に2個あるだけで戸惑っている。


「どうされた、ここに座りなされ。」


利三にも云われて居心地悪そうに座る。


「日向守殿。これはどういう事で御座るや?」


逐一説明するのも面倒なので官兵衛に説明を促す。


「細川忠興殿。この官兵衛が説明いたしましょう。」


「なっ!黒田官兵衛だと!」


「拙者の事は追々明智の重臣方なり小六殿にでも尋ねられなされ。忠興殿の座がそこに有るのは検分役だからですよ。これから面白い茶番が忠興殿のお父上により行われますので、その一部始終を忠興殿も見届けよ…そういう事なので、座がそこに有るのです。」


「?検分…?」


むりやり自分を納得させているのか、ともかく忠興は大人しくなり事の成り行きを見守るようだ。たまは黙って忠興の横で下を向いている。忠興が成敗される感じではないので落ち着いているな。

そうしている間も間欠的に大石が打ち込まれ田辺城が壊されていく。立て続けに大石を打ち込んだ宮津城よりはマシだが、やはり城内あちこちで叫び声があがっている。本丸に時たま着弾させた場合は大きなどよめきが津波のように伝わってくる。


「もうそろそろか…官兵衛…」


「そうですな。投石機側のへいなどが崩れて大石の飛翔がよく見えるようになりましたでな。そろそろかと。」


俺と官兵衛の会話が聞こえる忠興だが、訳が分からず困惑している。この様子では幽斎が政治面で公家に深入りしていることの全容は知らぬようだ。ただの風流人の付き合い程度に思っているはずはないが。幽斎を成敗すると伝えた時の様子からすると、多少は知っているが肝心な部分はまだ聞かされていないのだろう。


「お?日向守様、鼠が飛び出してきて…なにかわめいて居るようですが…はは、即座に切り伏せられましたな。あれでは即死ですな。」


遠目が効く利三が一部始終を見て語ってくれる。


「日向守様、小六殿に首を持ってこさせましょう。」


官兵衛がニヤニヤ笑っているが目が笑っていない。大手正面の備えの蜂須賀正勝隊に官兵衛が使番を出す。なるほど、首を忠興に見せて反応を見ようというのだな。


「日向守様、従四位下をかたる不届き者の首を持ってまいりました!」


首実検の要領で首が晒される。首を見た忠興が叫び声を上げる。


「ば、馬鹿な、この御方は本当の!」


「黙れ!。そこまでだ。…よいか忠興。武家同士のいくさに本物の公家が居る訳がなかろう。そんな馬鹿げたことなど有ってはならぬ事だ。…判るな。」


「そ、それは…そのとおりで御座います…。」


「うむ。ならばこの首は如何なる者であると考えるか?忠興。」


「こ、この首は……落城する城から生きて逃げ出したい脱走兵が…公家の名をかたった…ふ、不届き者の首で御座います。…日向守さ…ま。」


「そのとおりだ。忠興。その事よく噛みしめよ。よいな。たまも此の事、しかと心に刻み置け。………よいな。」


忠興夫婦が青い顔で頷く。その後は本丸への投石は中止し、二の丸、三の丸などを徹底的に破壊、本丸周囲の内堀も破壊して裸城にのんびりと変えていく。京からくる幽斎助命嘆願の使者を待たねばならない。


「さて、日向守様。今日の仕事は此処までですな。京の使者が到着するまでは暇でござれば顔合わせの宴席でも設けませぬか。」


「うむ。官兵衛の申すとおりよ。利三、手配を頼む。忠興と玉もうたげに加われ。官兵衛、すまぬが我が婿むこ殿にこれからの世の有り様を酒の肴に話して聞かせてやってくれ。」


さて、これで官兵衛の力量も計れるな。見事忠興をまことの味方に加えられたならば、丹後一国をそのまま任せられるのだが。期待半分でニヤニヤ顔の官兵衛を見るのであった。

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