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光秀、下天の夢を見る  作者: 狸 寝起
27/72

26 宮津城

久美浜を素通りし、丹後半島の付け根を横切るように宮津へ向う。このコースは古代から使われていたようで、沿道には古墳なども点在している。


「日向守様。『たま』様は如何なさいますか?」


玉姫。光秀の娘で細川忠興に嫁いでいるが、本能寺の変をうけ城下で謹慎しているはずだ。歴史上での行動から勝ち気な性格と思える。


「忠興殿に嫁いだからには敵方として扱うしかあるまい。城攻め前に捕虜にせよ。」


「やれやれ。日向守様はお硬い。では庄兵衛殿に手配させまする。」


また庄兵衛の愚痴が増えるな。まあ、忠興の首は取ろうとは思っていない。朝廷と裏でつながっている藤孝が許せぬだけだ。忠興は生け捕りにして細川の家を残させる名目で許し、わずかな捨て扶持を与えるぐらいが相場だろう。忠興は苛烈な性格だ。武将としての登用は無理と考えたほうが良いからな。無理に登用しても執念深く親父の仇と付け狙われるのがオチだ。


「日向守様、雑賀の土橋重治殿より文が届きおりますぞ。」


わたされた手紙を広げてみる。投石機二基が完成。最短距離の宮津街道を北上中。大焙烙はまだ完成せず…か。よく間に合わせてくれたものだ。しかも山間部の細い宮津街道を通ってくるのであれば、そこそこ機動力も確保出来ているという事になる。かなりの幅になるかと思っていたが、なにか工夫を加えたようだ。


「利三。投石機が間に合いそうだ。」


「ほう、土橋殿は流石ですな。宮津城で試されますか。」


「うむ。射程なども実際に見ておきたいしな。投石機まで持ち出すほどの城ではないが、試しておこう。」


丹後半島を横切り宮津の町が見えてくる。町と言っても村に毛が生えた程度の小さな集落だ。その海側に小さな城がある。


「あれのようですな、日向守様。」


「遠めに包囲してくれ。最初は着弾がそうとうズレるぞ。町の制圧はぼちぼちでよい。『たま』も四の五の言うようであれば捕縛して良い。南から雑賀衆が来るので通れるように開けておけ。」


「…承知。」


宮津城はこの当時の面影が残っていない。だがわずかに古文書の絵図から推測できるのは海沿いに作られた平城で堀も一応有るといった程度。籠城に耐えられる城ではないが、剛強な忠興は大軍を前にしても降伏するまい。


宮津城予想図

挿絵(By みてみん)


外堀は未完成で空堀もない。ますがたも見受けられない。現実問題、細川幽斎が入府してからさほどの年月も無く、元からある旧城に多少手を加えかけた程度だろう。

はんときもせず、小さな宮津城が十重二十重に包囲される。町にも兵が入り制圧してゆくが不満分子は城に籠もっているのか、住民と兵の衝突は無いようだ。


「あとは投石機の到着を待つばかりだな。そうだ利三。黒田殿をこちらに呼んできてくれ。反応がみたい。」


利三が控えていた使番に目配せする。程なくして黒田官兵衛がやってくる。


「日向守様。今回はどのような趣向でございましょうや?」


「なに、せっかくだから、見通しの良い場所で官兵衛殿にも見ていただこうと思ってな。日ノ本ではあまり使用されなかった兵器なのだが…お、どうやら到着したようだ。」


なかなかの高さのある櫓の前後にアームが出ている。後方のアームの先には石を入れる大きなさじがある。中心の軸受け部分は黒光りする鉄製だ。台車は割と細長く作られていて、細めの道でもなんとか通れるように考えられている。投石の時に反動で横に倒れそうに思うがどうなんだろう?


「日向守様、何ですか?あれは!」


「官兵衛殿も初見であろうな。あれが唐土もろこしの書物にでてくる投石器だ。雑賀衆にお願いして造っていたものが、ついに完成した。」


「あれが…しかし、あれでは倒れませぬか?」


流石官兵衛。ひと目見て構造上の問題点に気がついたようだ。


「うむ。それは土橋殿も承知であろう。これからなにか工夫があるのではないかな。」


投石機が城を正面に見る場所まで到着して止まる。わらわらと兵が投石機の左右にとりつき、鳥の羽のように両側にアームをとりつけにかかる。アウトリガーだ。なるほど、要は投石前にしっかりした支えを追加すれば良いわけだ。


「なるほど、ああやって左右を支えてしまえば、問題ないという事でございますか。日向守様。」


「そのようだな…。しかし土橋殿は見事に成されたな。」


見守るうちにも伝令が到着し投石開始の許可を求めてくる。元より降伏勧告など無意味なので即座に発射を許可する。すぐに兵士多数が引き綱にとりつき、掛け声とともに投石機のアームが振り出され大石が宙に舞う。


ヒューーーーーズドーーンーーーー


高い放物線を描いて高空から大石が落下、初弾は内堀の手前の角に当たり内堀の縁をえぐり取って堀の中に沈む。巨大な運動エネルギーの影響で地震の時のようにバラバラと堀のあちこちが崩れ落ちている。

あっけにとられる敵味方の兵達。構わず二弾め三弾めと二基の投石機から次々と大石が連射される。

ゆったりとした速さで高く舞い上がって落ちてくるので誰の目にも良く大石が見える。見えるだけに狙われた側の恐怖は大きくにわかに城内の悲鳴が天を衝く。


「物の怪を見たとてこれほどの悲鳴は出ぬであろうな、官兵衛殿。」


「これでは敵兵に狂い死にする者が出てしまいますぞ。日向守様。」


「そうだな。利三よ。城の西側、川を超えて敵兵が脱走できるように開けておいてやれ。投石の狙いを城の東側から順に本丸に寄せていくように。」


「承知!」


俺の指示を横で官兵衛が興味深そうに見ている。


囲師必闕いしひっけつですかな、日向守様。」


囲師必闕いしひっけつ

孫子軍争篇に出てくる。完全に包囲すると逃げ場を失った敵兵が死兵化して味方にも大きな被害が出るから、適当に逃げ道を開けておいてやれ…そんな意味だ。だが…


「なに、殲滅もできるが敵兵と言っても戦後に自領になる土地だ。無駄に死なせる事も無いからな。」


「ふっ。まあ、そういう事にしておきましょう。」


ちっ。こういう所が嫌われるんだぞ、官兵衛。本能寺の変直後も秀吉の嘘泣きを暴いて睨まれただろうに。


「日向守様。土橋重治殿が来られます。」


投石機を部下に任せた土橋重治が満面の笑顔でやってくる。


「なんとか間に合いました。日向守様。」


「いやいや、流石、土橋重治殿。まさか宮津街道でも通れるように工夫されるとは。」


「はは。なに、小舟によく付ける張り出しを思い出して、付けてみただけでござれば。どうせならやまじろでも狙えるほうが宜しいでしょうし。」


山城は小城が多いが地形が険阻な場合が殆どで道も狭い。標高差もあるので接近せねば投石機の射程に収められないのだ。


「確かに。これなら大抵の山城でも投石できますな。」


「射程もまだまだ伸ばせますぞ。今回は威力をあげるため、高い弾道に調整しましたが、もっと低い弾道にすれば、今回の三倍ぐらいまで届きまする。」


「なんと、弾道調整も出来るのですか、土橋殿!。あ、これは失礼。それがし黒田官兵衛孝高と申します。以後、お見知り置きくだされ。」


「おお、ご貴殿が羽柴様の懐刀の。こちらこそ、雑賀荘の土橋重治でござる。日向守様から羽柴殿は今後お味方になると聞き及んではおりましたが。目の前の官兵衛殿をみても、まだ信じられませぬ…」


「二人共、今宵皆に顔合わせ致すので、今はそれぐらいで良かろう。で、どうだ土橋殿。大型焙烙のほうは。」


「入れ物造りから始めておりますので、今少しかかりますが、なに、ただ大きくなるだけでござれば年明けにはかなりの数ができますぞ。」


焙烙は陶器製の容器が必要だ。投石機で飛ばすほどの大型容器は出来上がり品が無いので焼き上げねばならない。


「! 大型焙烙を投石機で…血の雨が振りますな…日向守様。」


話を聞いただけで用途から戦場のイメージまで即座に描けたようだ。やはり黒田官兵衛、戦術センスは並々ではない。


「うむ。ありがたい。やはり火薬の扱いは雑賀衆が一番であるな。」


「雑賀には水軍もございますぞ。おお、そういえば建造中の南蛮船を雑賀にも一艘戴けるとか。皆その話でもちきりですぞ。」


「雑賀や伊賀、山の民、皆特殊技能の持ち主だ。この日向守は殊のほかそういった者達を重視しておる。いずれ穴太衆にも声を掛けたいと考えているが、そうだ、ちょうどよい、今話にでた新型南蛮船の新装備を一つ考えておいた。」


道中夜間に少しずつ書き上げた図面をいくつか皆に見せる。一つはスクリューの図面だ。


「これはスクリューと申してな。この軸が回転すると羽の部分の水を後方に押し出す事ができる。」


土橋重治のみならず黒田官兵衛も食い入るように見ている。なぜ水が押し出されるのか必至で考えているのだろう。


「スクリューを船の後方にとりつけて回転させる事ができれば、重い櫂を多数装備する必要はなくなるし、船の側面に多数の櫂のための穴も不要になる。スクリューは鉄で造るが多数の櫂の重さに比べれば、ずっと軽い。」


「確かに。櫂を突き出す穴は船の弱点でもありますからな。穴は無いほうが絶対に有利だ。」


土橋重治は運用面の優位性に目が行く。黒田官兵衛はまだ原理の解明で唸っているな。スクリューでその様では残りの図面を見たら倒れるぞ。


「次は軸を回す方法だ。これを見てくれ。」


スクリューシャフトに、ダイエット用のエアロバイクのような装置が串刺しに並んだ図だ。エアロバイクの回転する前輪をスクリューシャフトが貫通している。多人数で一本のスクリューシャフトを回せるようにエアロバイクが並んでいる。チェーンなどは作成困難なので動力伝達はくさりだ。鎖であれば、精巧な鎖帷子くさりかたびらも造れる技術がすでにあるので問題ない。スクリューシャフトは左右2軸推進になっているので、エアロバイクの列も2列ある。変速機もつけたかったがこの時代では無理だ。よって競輪自転車のようなフリーホイールのない踏切タイプだ。


「こ、これは??」


二人共あまりの異様な装置に驚いている。流石に自転車は類似品がこの時代には無い。イメージできないようなので説明する。


「これはこの小さな椅子に座わって、この板、これはペダルと云う、を踏んでぐるぐる回す。すると鎖でつながれた前の輪が回る訳だ。前の輪に固定されている、スクリューの軸をこうすることで回転させられる。足の力は腕の五倍はあるから重い櫂でこぐ数倍の力を伝達できるのだ。」


「なんと…しかも数人がかりで1つのスクリューを回すから、相当早く回りますな。」


「そうですな。それが左右に二列。中央には舵があるから、それで舵を挟んで2本のスクリューなのですな…」


「二人共、仕組みは理解できたようだな。2本のスクリューがあるのは別の利点もある。船を急角度で旋回させたい場合、舵を切るだけでなく、左右のスクリューの回転をわざと揃えないで片方だけ回せば急角度で曲がることも出来るぞ。」


「おお、確かに。それに浅瀬で挫傷して舵が壊れても、これならなんとか寄港させられますな。」


船の舵が海中に深く張り出しているので舵が挫傷して壊れることは結構有る。土橋重治は経験豊富なのですぐに舵故障の場合の保険になる事にも気がついたようだ。


「そのとおり。では土橋殿。すまぬがこの装置一式をとりあえず一艘分準備してくれぬか。一つ造って実際に運用してみれば他にも改良点が見つかるだろう。」


「これは水軍冥利につきますぞ、日向守様。これをジーベックとやらに取り付ければ、まさしく画期的な戦闘艦になりますぞ。」


土橋重治が意気揚々と自陣へ戻ってゆく。根が職人で技術者だ。新しい仕組みに取り憑かれたのか目がキラキラ輝いていた。


「…日向守様。参りました。いや、じつはこの官兵衛、日向守様が天下人へ進まれて居るのを見て、自分も不可能ではない…などと自惚れており申した。が、今はっきりと自分などの器では無いと思い知らされ申した。これからは本心から日向守様にお仕え致しまする。」


「おお、それはありがたい。なにせ相手は南蛮全部の国になるやもしれぬ。優秀な人材はいくらでも必要なのでな。」


それがしの小智慧など、今となっては…お、それより日向守様、粗方あらかた城が砕けた様子ですぞ。」


前線から光春がやってくる。なにもしていないで見ていただけだからか、若干不満顔だ。


「どうした、不機嫌だな、光春。」


「いや。投石機はすばらしい威力でござるが、すこし退屈で…それより不愉快なのは細川忠興でござる。一方的に打ち据えられ目の前で兵が倒れゆくのになんらの策を出すでもなく、一か八か突撃するでもなく。さりとて逃げ出しもせず。あれでは兵が哀れでござる。」


「なるほどのう。それで渋い顔をしておったのか。」


「官兵衛殿も聴いてくだされ。あ奴め、兵に指示もせず、ただ本丸座敷で腕を組みじっと座るだけであったのでござる。はりが折れ、崩れかけの本丸で。阿呆でござるか?将が撤退も降伏も決断をせぬので忠臣ほど無為に死んで居るのですぞ。抵抗もせぬので捕縛は容易でござったが…」


「はっつはっ。光春殿。それは光春殿が日向守様のお側で日々成長されておればこそ。日向守様の斬新さは、この官兵衛も付いて行けぬ。日向守様の投石機を初見で喰らえば頭の中は真っ白でござろうて。かくいう官兵衛もあの『塹壕』にはほとほと困惑させられ申した故。」


「左様でござるか…ならば此度は官兵衛殿に免じて、もう何もいいませぬ。」


「すまぬな、官兵衛殿。頼りになるのだが堅物での。ではその阿呆とやらに会いにゆくか。」


光春の案内で捕えた細川忠興に会いにゆく。忠興は父親の幽斎と異なり、単純な猛将であってさほどの腹芸など無い。官兵衛の言う通り、ただ単に投石機に圧倒されて為すすべが無かったのだろう。

待たせてある陣幕の脇に女性を従えた庄兵衛も居る。あれが『たま』か。呼ぶまで暫し待機するように伝えて陣幕に入る。光春、官兵衛と3人で前に進み床机に座りむしろに座らされている細川忠興に声を掛ける。


「日向守光秀である。なにか申すことがあれば聞こう。」


「無い。殺せ。」


「それで良いのか?まだ田辺城が残って居るぞ。」


「田辺など保つ筈もない。」


「ふふ。それはお父上の幽斎殿を舐めすぎと云うものよ。」


「なに?」


「幽斎殿はの。なにか算段がなければ今頃は京の御所まで逃げ去っておる。そういう御仁よ。」


「…そうやもしれぬ…」


「さらにだ。そなたが死ねば細川のお家は断絶ぞ。それで良いのかのう。」


「?断絶だと?馬鹿な、日向守、貴様、判っているのか?儂は只の武辺者だが我が父は…」


「どうした。そなたの父が何者だと云うのかな。」


「………」


「まあ良い。そなたの父が何者か、如何な策を用意してあるが故に田辺にとどまって居るのか、そして幽斎殿が真に頼りにしている者共の心根、そちもその目で見届けるが良い。庄兵衛!」


庄兵衛に連れられて『たま』が入ってくる。


「…夫を支えよ…。細川のお家はうぬら二人にかかっておる。」


「…お父さまは、どうしても…」


頷いて応える。


「此度の件で幽斎殿の全てが割れた。長期に渡りこの日向守をも謀ってきたのは見事でさえある。が、いささか闇に深入りしすぎたな。忠興殿はまだ引き返せる。玉のお役目、誤るでないぞ。」



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