22 来客
月見山から堺に戻る。どうも堺が本拠地のようになっているが、実際一番都合がよい場所であるので仕方がない。今日も長宗我部元親殿の書状を携え重臣であり元親の弟の香宗我部親泰が来ている。大物だ。事実上の長宗我部ナンバー2である。
「これは親泰殿、よくぞお越しくだされた。宮内少輔殿(長曾我部元親)はご壮健かな。」
「日向守様のお陰をもちまして、四国統一も見えてまいりますれば、意気軒昂でございます。」
「その件では随分とご迷惑をかけ申した。」
「なんの、日向守様は御自らの危険も顧みず筋を通されたと家中一同感謝の極みで御座る。」
「四国は長宗我部殿へと羽柴にも話をつけて有りますれば、伊予も程なく御手に収まりましょう。」
「有り難く。しかし、まさかこの短時間で畿内をまとめるだけでなく羽柴まで従属させるとは、恐れ入り申した。これには心底兄も驚いておりますぞ。」
「なに、相手の狙いを正確に見極めれば造作もなきこと。それに羽柴には若手の有望株も多うござればむやみに踏み潰すのは日ノ本の為にならず。真の敵は日ノ本の外でござれば。」
「やはり。兄元親も『日向守殿はなにか遠くの敵に的をあわせて動いて居られるのではないか?』と申しておりました。日ノ本の外であれば、やはり南蛮でござるか。」
「然り。だが一言で南蛮と申しても実は数十の国がござる。それぞれの利害、思惑もバラバラでござる。が、おおむね一致しているのは、南蛮人はきつい差別主義者ゆえ、こちらが強大な力を持たねば対等に渡り合えぬ事でござるな。」
「なるほど。それで日向守様は日ノ本を一つに纏め上げた力を背景に、南蛮と渡り合うべきとのお考えに。」
「左様。天竺をご存知かな。天竺は纏まれば南蛮すべての国の合計に匹敵するだけの人が居り申す。したがバラバラだったが故にほんの一部の南蛮人に多くの土地を占領されておる。さらに天竺から日ノ本へ至る海路の途上にマラッカという国が御座る。ここは小国故すでに全土が南蛮の支配下に占領されて御座る。」
「なんと。南蛮の魔の手はそのような近くまで迫っているとは。」
「日ノ本は戦国で有れば南蛮も迂闊に手出しできず、それ故手先として南蛮坊主が送り込まれている…それが真実でござるよ。」
「南蛮坊主を送り込む事で日ノ本を得られる?のでござるか?」
「南蛮坊主の広めようとしているデウス教は一向宗をさらに煮詰めたような考えでござってな。それに染まれば最早自分ではなにも考えずにひたすらデウスにすがるだけ。そうなればデウスの代弁者を名乗る教皇なるものの命令一つで盲目的に死地へも飛び込む。実際数百年前、南蛮人そのものが教皇にそそのかされて盲目的に異教徒の地に攻め込み大戦になっておる。戦自体は南蛮人も手ひどく痛めつけられ国主も戦死したりしたようだがのう。」
「なんと愚かな。なるほど、それで手強い異教徒には予め南蛮坊主を送り込み民の過半を改宗させてしまおうと…」
「左様。異教徒の狙いは日ノ本の武士共を利用しての唐入りであろうな。」
「よくご教示戴いた。幸い我が分国には南蛮坊主がまだ来ておらず無事。今のお話は兄元親にもとくと言い聞かせましょうぞ。」
「ぜひにお願い致す。そこで…親泰殿。長宗我部殿には四国を纏めた後は九州に目をひからせて戴きたい。すでに承知とおもうが九州の一部の愚かな領主が南蛮坊主に丸め込まれておる。すでに彼の地では寺院や神社の破壊まで行われておるだけでなく、領民が攫われ奴隷として遠い異国に連れ去られている。」
「なに?領民が攫われておるのに、領主が加担しておると?そんな馬鹿な…」
「愚かなことだ。だが、それをなんとも思わなく成ってしまうのがデウス教なのだ。」
「わかり申した。四国を平らげし後は九州への先鋒になる心構えで万事手配りいたしましょうぞ。」
「お願い致す。九州勢は鉄砲も多く難敵でござれば…、ちょうどよい。帰りに鉄砲弾薬、武器や具足を持てるだけお持ちなされ。手配は明智で致す故。」
「真に有難いお心遣い痛み入り申す。なにせ四国は貧しくなかなか武具まで手が回りかねる有様。強兵なれど活かしきれて居り申さぬ。」
「委細承知故安堵めされよ。これからは往来の度に可能な限りの補給をなされよ。紀淡海峡は難所ではあるが往来可能じゃ。定期航路を設け交易されるがよろしかろう。すでに雑賀も淡輪も我が与力でござれば、舟さえ出せばかれらが案内してくれますぞ。なに、代金などなんとでもなる。後日の軍役の先受けとお考えあれ。」
「いかさま。来春の北近江、柴田との戦には我が長宗我部からも、一手与力をだしまする。」
「柴田ごときに四国勢の御手をわずらわせる事もなかろうが、調練のつもりで参陣されるのも良ろしかろう。その時は歓迎いたしましょうぞ。」
長宗我部勢は強兵だが四国以外への遠征経験は殆どない。ここで経験を積むのは後日の糧になる。装備と補給を整えるだけで長宗我部勢は化けるのだ。
明智と長宗我部の会談はトントン拍子に進み即座に攻守同盟が締結される。双方ともに尤も信頼出来る相手である。当然の結果だ。
-しかし、長宗我部の具合次第では早めに九州に手をつけられる可能性が出てきたな。早めに島津にも話を通しておくか…-
いずれ九州最強となり台頭してくる島津はできれば敵対したくない。そもそも島津は独自の判断でキリスト教を排除しているので敵対する理由も必要もない。となれば九州は大友と肥前のキリシタン大名か。
「日向守様、此度はまことに実りが多うござりました。是非一度土佐にも参られよ。焦げるような暑さを馳走いたしますぞ。」
香宗我部親泰の言葉で現実に引き戻される。
「おお、それは楽しみじゃ。いずれお伺い致したいものよ。」
「されば、此度はこれにて。」
香宗我部親泰を見送り利三に補給の手配を託す。席のあたたまる間もなく庄兵衛が入れ替わりにやってくる。
「日向守様よろしゅうござるか。」
「どうした庄兵衛。もう休んで良いのだぞ。」
「はっ。それが…」
「ん、そこな御仁は。」
「お初にお目にかかり申す。某、高羽左兵衛。左とお呼びくだされ。日向守様の繋ぎと守護を長門守(藤林)より命ぜられし者でござる。」
なんと、有名な上野ノ左だ。 幾多の伊賀忍者の中でも文献に名前が残っている稀有な一人だ。おそらく中忍クラスのはずだ。
「うむ。よくぞ来てくれた。儂が留守の時はこの庄兵衛になんなりと図るが良い。して、里の者達は不自由しておらぬか?」
「は。日向守様の前金のおかげにて、今年は一人も間引くこと無く暮らせようかと。」
「取り敢えずはなんとか…という所か。なにか売る物が里にあれば明智が買うのじゃが…そうじゃ、伊賀の者は子供の頃から厳しい修行を山野で行って居ると聞く。これから秋になれば山葡萄の実が成るであろう。修行ついでにそれを集めて樽に詰め、空気に触れぬように保存せよ。一月ほどで酒に成る。それを買い取ろう。」
「!酒…確かに希に木のウロで酒が見つかりまするが。」
「今南蛮人が葡萄から作る酒を日ノ本に持ち込んでおる。京や大坂では高値で取引される。最初から南蛮人の酒と同等の物は出来ずとも、毎年作ればそのうち上物が作れるように成るだろう。どうだ、やってみる価値はあると思うが。」
「有り難く。長門守に伝えまする。」
「うむ。それとそち達、武具や火薬に不自由は無いか?満足な道具が無くては十分に働けまい。明智の命で動くからには明智で支給致す。なんなりと庄兵衛に申付けるが良い。そち達はこれから儂の目であり耳と成るのだからな。だが、くれぐれも無理はするな。己の命をなによりも重視して無理と思えば引け。引くべきときに引けぬのは匹夫の勇ぞ。」
「は。」
下を向いているので表情は見えないが異存は無いようだ。
「時に、服部家と家康はすでにつながっておるのかな?」
「は。家康一行が伊賀越えの折に服部の者達が合力致すもその場限りにて。その後三河守殿より繋ぎが入るもすでに日向守様の仕事を受けておりますればお断り致した由。ただ正成の一派のみは正成が三河守の禄を食んでおります縁で徳川の命で動いております。小物も含めて総勢二十にも至らぬ数かと。」
よし、徳川は情報入手手段が激減する事になる。史実のような機敏な動きは無理になろう。
「ならば良し。これからの明智には忍びがいくら居ても足りぬ事になる。日ノ本全てに目を光らせねばならぬのでな。すでに伝えてある通り、当面は北陸の柴田と三河の家康だ。余裕があれば、九州も手厚めにな。」
「承知。」
返事も必要最小限、顔もほとんど見せない。これが忍びか。これでは歴史に名が残る者は殆ど居まい。
ぼんやり考えていると、まだ左が眼前に控えたままだ。
「まだ何や或る?」
「高槻にて、南蛮坊主と信者に謀叛の気配。密かに武具を集めております。」
「やはりそういう愚か者が出たか。庄兵衛、動きがあり次第取り押さえられるように手配り致せ。斬る必要はなかろう。動いた瞬間その場で押さえれば良い。相手は農民や町民だ。程々にな。」
庄兵衛に指示を出し終えた頃には左の姿は無い。庄兵衛も驚いている。
「流石の手練だな。」
「はあ。とても信雄殿の手に負える相手ではありませぬな。」
織田信雄の伊賀攻めは伊賀衆のゲリラ戦の前に惨敗している。その後の織田信長の伊賀攻めの折は過剰極まる兵力を動員して草木一本余さず焼き尽くす勢いの徹底した掃討戦を行い、伊賀衆を屈服させている。
-愚かなことだ-
丸ごと抱え込めば良かったのだ。いや、あの頃すでに畿内全てを一族で制する算段だったのか。
「庄兵衛、十日後に高槻に出立する。皆にも手配り致せ。紀州や播磨にもその旨伝えよ。京の公家も忘れるな。その後はそのまま丹後へ向う。」
-さて、いよいよ高槻か。ある意味でこれからの日本の行末を決めるイベントだ。その前に、今のうちに一仕事済ませておくか。ふふ、不思議だな、この時代の文も何故か書けてしまうのだな。-
深夜まで一人で机に向う光秀だった。